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45話・告白

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「私は君と共に生きたい。冒険者と支援役サポーターというだけでなく、人生の伴侶として」

 僕の手の甲に口付けを落とし、ゼルドさんはスッと顔を上げた。真剣な眼差しが僕を見据えている。

 まるで主に忠誠を誓う騎士のような所作に見惚れ、身動き一つできない。自分の身に何が起きているのか、何を言われたのか、その意味が頭の中に浸透するまでかなりの時間を要した。

 ゼルドさんは決して急かさず、ただ僕の前に跪いて返答を待っている。

「ぼ、僕……」

 早く何か言わなくては、と思えば思うほど何も言葉が出てこない。戸惑いと焦りで回らない頭を必死に動かし、動揺で乱れた呼吸を整える努力をする。

 ゼルドさんは恨むどころか、全てを知ってもまだ僕を必要としてくれている。嫌わないでいてくれる。言い表せないほどの歓喜で心が震えた。

「一緒にいてもいいんですか……?」

 ようやく口から出たのは返事ですらなく彼の真意を問う言葉で、どれだけ自分は疑り深いんだろうと即座に後悔する。
 でも、確認せずにはいられなかった。

「約束してくれただろう?」

 あの日の約束は冒険者と支援役サポーターの契約のようなものだと思っていた。もしかして、ゼルドさんは最初からそういう意味で言っていた?

「私はライルくんが好きだ。君の全てが愛おしい。私が嫌いではないのなら、どうかこの手を取ってほしい」

 僕の前にゼルドさんの右手が差し出された。
 ゴツゴツとした指には無数の傷痕が薄っすらと残っている。長年剣を握ってきたからか、手のひらは分厚く硬い。
 この手に何度も守られた。剣の一振りでモンスターを屠るほど強いのに、僕に触れる時はすごく優しい。自分を卑下してばかりの僕を撫でて慰めてくれたのもこの手だ。

「僕も、ゼルドさんが好き。好きです」

 震える両手を膝から持ち上げ、差し出されたゼルドさんの右手を包む。指先から伝わるあたたかな体温に、緊張の糸が少しずつ解けていった。

 右手を僕に預けたまま、泣き過ぎて赤くなっているであろう目元にゼルドさんが唇を寄せた。驚いて顔を上げると、空いていた左手が頬に添えられて固定される。
 間近で視線が交わり、声を上げることもできないうちに唇が重ねられた。軽く触れただけですぐに離れていくそれを目で追い、ゼルドさんの右手を握る両手に自然と力が入る。

「嫌ではないか」
「そんなわけ、」

 拒絶の意思がないと判断したのだろう。今度は先ほどより強く深く唇が重ねられた。いつのまにか手は離れ、僕の身体はゼルドさんの両腕にしっかりと抱きしめられていた。

「んむ、……っ」

 塞がれ続けて息が吸えず、耐え兼ねて開いた口の隙間に割り入ってきたのはゼルドさんの舌だった。口内を舐められ、ぞくりと背筋が震えた。

 今までのような優しい手付きではない。遠慮や気遣いをされるたびに不満を抱くこともあったけれど、これはダメだ。油断したら意識を持っていかれてしまう。
 恐怖や嫌悪はない。ただ、初めてゼルドさんが感情を剥き出しにしてぶつけているのだと悟り、全てを受け止めきれるか不安になった。この人は大人の男だ。穏やかで優しいだけじゃない。僕は今までずっと手加減されていたのだと思い知った。

「っふ……ぁ」

 何度も何度も角度を変えて口付けをして、僕の息が完全に上がった頃、ゼルドさんはようやく唇を離した。

「すまない。やり過ぎた」
「い、いえ……」

 頬にそっと添えられた右手。その親指の腹が僕の下唇をなぞるように拭う。あんなに激しい口付けをした直後だというのに、ゼルドさんの呼吸は少しも乱れていなかった。さすが冒険者、肩で息をする僕とは鍛えかたが違う。

「君にはもっと考える時間を与えるつもりだった」

 再び抱きしめられ、ゼルドさんの首筋に顔を埋める体勢となる。耳元で囁くように話しかけられると、さっきみたいに背筋を何かが這い上がってくるような感覚に襲われた。

「スルトのことも、君の心の傷を思えばダンジョンあんなところで話すべきではなかった」
「もう平気なのに」
「それでも、君が不快に思うような真似は避けねばならなかった」

 僕が気にしていないと主張しても、ゼルドさんは自分の言動を振り返って反省する。本当に誠実な人だ。

「僕はいつも守られてます。ゼルドさんに不快な気持ちにさせられたことなんて一度もありません」
「本当に?」
「はい」

 腕の中で顔を上げれば、目を細めて笑いながらゼルドさんが触れるだけの口付けを落とした。さっき初めてキスしたばかりなのに、今は当たり前のように唇を寄せてくる。深い口付けにはしばらく慣れそうにないけれど、軽く触れるだけなら何とか逃げずに受け入れられた。

「こんなことを言うのは狭量だと理解しているが」
「はい?」
「タバクという青年には近付かないでくれ。できれば、二人きりにならないように」

 タバクさんの名を出され、首を傾げる。
 王都時代の知人だと紹介しただけで、警戒するようなことはなかったはずだ。ゼルドさんは二年前のことを知らない。さっき廊下で睨み合ったのは僕が絡まれていると勘違いしたから。内心困ってはいたけれど、オクトで再会してからは特に何もされていない。

 だとすると、理由はやはり。

「もしかして、妬いてます?」
「……っ…………その通りだ」

 指摘すると、ゼルドさんは顔をそらした。

 こんな頼みを口にするなんて女々しいとか情けないとか考えているようで、眉間にシワを寄せている。他の人が見たら絶対怖がるくらい険しい表情なのに何だかものすごく愛しく思えて、僕は胸の奥に甘い痛みを覚えた。
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