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44話・こいねがう

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 宿屋の部屋の中、ベッドに座る僕の前に膝をつくゼルドさん。うつむいているから見えないけれど、きっと彼の眉間には深いシワが刻まれているのだろう。

「第五階層は安全とは言い難い。そろそろ強い者を仲間に引き入れたほうが良いと分かってはいるが……」

 何やらブツブツと呟いている。
 今回のダンジョン探索で限界を感じたのは僕も同じだ。ここから先、非戦闘職の支援役サポーターを守りながら進むのは難しい、と。それでも仲間を増やすことには慎重になる。前にゼルドさんが言った理由もあるけど、そもそも僕はタバクさんが怖い。

「タバクさんと組みたいなんて思ってませんよ」
「本当か?あんなに褒め称えていたのに?」

 もしや拗ねてる?
 僕が他の冒険者を褒めたから?

「第四階層を探索する冒険者が増えれば『対となる剣』が見つかる可能性が高くなるじゃないですか」

 今までは僕たち二人だけで探し回っていた。何度も探索しているが、全ての道を通ったわけではないし、全ての宝箱を発見できたわけでもない。人手が増えれば見落としが減り、発見されやすくなる。願ってもないことだ。

 それに、僕たちの目標は踏破じゃない。『対となる剣』さえ見つかればオクトのダンジョンに潜る必要はない。

「確かにそうだ」
「でしょう?」

 僕の言葉に、ゼルドさんは顔を上げて数度瞬いてから深いため息を吐き出した。そのまま片手で自分の口元を覆い、視線を横へとそらす。

「……ダンジョンであの話をしてから、君の態度がよそよそしくなった」

 ぽつりとこぼされた声は小さく、自信なさげに聞こえた。どんな時も堂々としているのに、今のゼルドさんは大きな身体に見合わないほど気弱に見える。

「これからも共に行動するのなら話しておかなければ、と……それが原因で君が距離を取る可能性には思い至らなかった」

 暗に貴族出身だと明かしたのだ。その後、急に態度が変われば身分を気にしたと思うだろう。

 ゼルドさんが話をしてくれたのは、冒険者となった経緯と旅の目的を正しく伝えるため。行動を共にすると約束したからこそ話してくれた。

 彼の誠実さが隠すことを良しとしなかった。
 僕を信頼しているという証。

「……ご、ごめんなさい」
「ライルくん?」

 それなのに、僕は自分を守ることばかり考えていた。今の関係が壊れるのが怖かったからだ。ゼルドさんは全部話してくれたのに、こうして悲しい思いをさせてしまった。
 これ以上黙っているなんてできない。

「ぼ、僕なんです。……スルトの生き残りで、無茶なお願いをしてしまったのは、僕だったんです……」

 無理やり声を絞り出し、僕は真実を告げた。

 ダンジョンでゼルドさんの話を聞いてからずっと黙っていた。このまま何も言わずに隠し通そうとすら思っていた。嫌われたくない一心で、僕はゼルドさんを騙そうとした。

「すぐに言えなくてごめんなさい」

 ぼろぼろと涙がこぼれ、視界がにじむ。
 きっと僕を見ているであろうゼルドさんが今どんな顔をしているか確認できないことだけが救いだ。

 驚いているか。
 呆れているか。

 どちらにせよ今まで通りではいられない。

「ライルくん」

 名前を呼ばれ、ビクッと肩が揺れた。
 どんな反応が返ってくるかが恐ろしくて両耳を覆いたくなる。まぶたを固く閉じると目の端に溜まっていた涙の粒が頬を伝い、膝の上に組んだ手に落ちた。首をすくめ、審判を待つ罪人のような気持ちでゼルドさんの言葉を待つ。

 しばらくの沈黙の後、僕の手に大きな手のひらが重ねられた。小刻みに震える僕の指先をなだめるように撫で、包み込む。いつもと変わらぬ優しい手付きに、瞑っていた目を開けた。目の前にいるのに、涙でぼやけた視界ではゼルドさんの表情は分からない。

「知っている」
「……え?」

 意外な言葉に、思わず間の抜けた声が出る。

「君がスルトの生き残りだと私は知っている。もっとも、確証がなかったから少し調べさせてもらったが」
「え、え?なんで。いつ?」
「最初は君が王都の孤児院出身だと聞いた時。それと、君の年齢を聞いた時だ」
「あ……」

 騎士団に連れられて王都の孤児院に預けられたのだから、当時騎士団に所属していたゼルドさんは当然『生き残りの少年』の名前も年齢も知っている。この国では『ライル』という名前は大して珍しくもない。スルトや王都から遠く離れたオクトで、たまたま紹介された同名の支援役サポーターが本人だとは思わなかっただろう。

 当初ゼルドさんは僕の年齢を勘違いしていた。本当に二十歳だと分かった時に妙に驚いていたのは僕が成人男性に見えなかったからではなく、十年前に助けた『生き残りの少年』と名前と年齢が一致したからだったのか。

「お、怒ってませんか。むかし僕があんなお願いをしたせいで、ゼルドさん責任感じちゃったんですよね。僕、そんなことになるなんて思いもしなくて」
「君の頼みは我が儘ではない。友人の身を案じるのは当たり前のことだ」
「でも、ゼルドさんが怪我をして左耳が聴こえづらくなったのも、騎士をやめちゃったのも、ご実家を出て冒険者になったのも」
「──ライルくん」

 僕の言葉を遮るように、ゼルドさんが少しだけ大きな声を上げる。びっくりして黙ると、彼は大きな溜め息を吐き出し、首を横に振った。

「怪我を負ったのは任務上のことだ。前にも言ったが、家を出た理由は他にもある。様々な要因のうちの一つに過ぎない。私は自分の意志で今の選択をした。君が責任を感じる必要はない」
「でも、だって」
「私は何一つ後悔していない。むしろ過去の自分を褒めてやりたいほどだ。冒険者となったことで君に出逢えたのだから」

 騎士を辞め。
 貴族の地位を捨て。
 根無草の冒険者になって。
 後悔していない理由が、僕?

 驚き過ぎて涙が止まった。
 何度か瞬きをして、ようやく視界が開けた。

 目の前に膝をつくゼルドさんは真っ直ぐこちらを見つめている。切れ長の目が僕を射抜き、心の内を暴こうとしているようだった。

「そ、それって」

 どういうことだろう。
 さっきから頭が全然働かない。
 バクバクと心臓の鼓動がうるさい。
 息がうまく吸えなくなって少し苦しい。

 僕の手の上に重ねられていた大きな手がするりと動き、指先を包むようにして持ち上げる。

「私は君と共に生きたい。冒険者と支援役サポーターというだけでなく、人生の伴侶として」

 ゼルドさんはそのまま僕の手の甲に唇を押し当てた。

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