44 / 118
44話・こいねがう
しおりを挟む宿屋の部屋の中、ベッドに座る僕の前に膝をつくゼルドさん。うつむいているから見えないけれど、きっと彼の眉間には深いシワが刻まれているのだろう。
「第五階層は安全とは言い難い。そろそろ強い者を仲間に引き入れたほうが良いと分かってはいるが……」
何やらブツブツと呟いている。
今回のダンジョン探索で限界を感じたのは僕も同じだ。ここから先、非戦闘職の支援役を守りながら進むのは難しい、と。それでも仲間を増やすことには慎重になる。前にゼルドさんが言った理由もあるけど、そもそも僕はタバクさんが怖い。
「タバクさんと組みたいなんて思ってませんよ」
「本当か?あんなに褒め称えていたのに?」
もしや拗ねてる?
僕が他の冒険者を褒めたから?
「第四階層を探索する冒険者が増えれば『対となる剣』が見つかる可能性が高くなるじゃないですか」
今までは僕たち二人だけで探し回っていた。何度も探索しているが、全ての道を通ったわけではないし、全ての宝箱を発見できたわけでもない。人手が増えれば見落としが減り、発見されやすくなる。願ってもないことだ。
それに、僕たちの目標は踏破じゃない。『対となる剣』さえ見つかればオクトのダンジョンに潜る必要はない。
「確かにそうだ」
「でしょう?」
僕の言葉に、ゼルドさんは顔を上げて数度瞬いてから深いため息を吐き出した。そのまま片手で自分の口元を覆い、視線を横へとそらす。
「……ダンジョンであの話をしてから、君の態度がよそよそしくなった」
ぽつりとこぼされた声は小さく、自信なさげに聞こえた。どんな時も堂々としているのに、今のゼルドさんは大きな身体に見合わないほど気弱に見える。
「これからも共に行動するのなら話しておかなければ、と……それが原因で君が距離を取る可能性には思い至らなかった」
暗に貴族出身だと明かしたのだ。その後、急に態度が変われば身分を気にしたと思うだろう。
ゼルドさんが話をしてくれたのは、冒険者となった経緯と旅の目的を正しく伝えるため。行動を共にすると約束したからこそ話してくれた。
彼の誠実さが隠すことを良しとしなかった。
僕を信頼しているという証。
「……ご、ごめんなさい」
「ライルくん?」
それなのに、僕は自分を守ることばかり考えていた。今の関係が壊れるのが怖かったからだ。ゼルドさんは全部話してくれたのに、こうして悲しい思いをさせてしまった。
これ以上黙っているなんてできない。
「ぼ、僕なんです。……スルトの生き残りで、無茶なお願いをしてしまったのは、僕だったんです……」
無理やり声を絞り出し、僕は真実を告げた。
ダンジョンでゼルドさんの話を聞いてからずっと黙っていた。このまま何も言わずに隠し通そうとすら思っていた。嫌われたくない一心で、僕はゼルドさんを騙そうとした。
「すぐに言えなくてごめんなさい」
ぼろぼろと涙がこぼれ、視界がにじむ。
きっと僕を見ているであろうゼルドさんが今どんな顔をしているか確認できないことだけが救いだ。
驚いているか。
呆れているか。
どちらにせよ今まで通りではいられない。
「ライルくん」
名前を呼ばれ、ビクッと肩が揺れた。
どんな反応が返ってくるかが恐ろしくて両耳を覆いたくなる。まぶたを固く閉じると目の端に溜まっていた涙の粒が頬を伝い、膝の上に組んだ手に落ちた。首をすくめ、審判を待つ罪人のような気持ちでゼルドさんの言葉を待つ。
しばらくの沈黙の後、僕の手に大きな手のひらが重ねられた。小刻みに震える僕の指先をなだめるように撫で、包み込む。いつもと変わらぬ優しい手付きに、瞑っていた目を開けた。目の前にいるのに、涙でぼやけた視界ではゼルドさんの表情は分からない。
「知っている」
「……え?」
意外な言葉に、思わず間の抜けた声が出る。
「君がスルトの生き残りだと私は知っている。もっとも、確証がなかったから少し調べさせてもらったが」
「え、え?なんで。いつ?」
「最初は君が王都の孤児院出身だと聞いた時。それと、君の年齢を聞いた時だ」
「あ……」
騎士団に連れられて王都の孤児院に預けられたのだから、当時騎士団に所属していたゼルドさんは当然『生き残りの少年』の名前も年齢も知っている。この国では『ライル』という名前は大して珍しくもない。スルトや王都から遠く離れたオクトで、たまたま紹介された同名の支援役が本人だとは思わなかっただろう。
当初ゼルドさんは僕の年齢を勘違いしていた。本当に二十歳だと分かった時に妙に驚いていたのは僕が成人男性に見えなかったからではなく、十年前に助けた『生き残りの少年』と名前と年齢が一致したからだったのか。
「お、怒ってませんか。むかし僕があんなお願いをしたせいで、ゼルドさん責任感じちゃったんですよね。僕、そんなことになるなんて思いもしなくて」
「君の頼みは我が儘ではない。友人の身を案じるのは当たり前のことだ」
「でも、ゼルドさんが怪我をして左耳が聴こえづらくなったのも、騎士をやめちゃったのも、ご実家を出て冒険者になったのも」
「──ライルくん」
僕の言葉を遮るように、ゼルドさんが少しだけ大きな声を上げる。びっくりして黙ると、彼は大きな溜め息を吐き出し、首を横に振った。
「怪我を負ったのは任務上のことだ。前にも言ったが、家を出た理由は他にもある。様々な要因のうちの一つに過ぎない。私は自分の意志で今の選択をした。君が責任を感じる必要はない」
「でも、だって」
「私は何一つ後悔していない。むしろ過去の自分を褒めてやりたいほどだ。冒険者となったことで君に出逢えたのだから」
騎士を辞め。
貴族の地位を捨て。
根無草の冒険者になって。
後悔していない理由が、僕?
驚き過ぎて涙が止まった。
何度か瞬きをして、ようやく視界が開けた。
目の前に膝をつくゼルドさんは真っ直ぐこちらを見つめている。切れ長の目が僕を射抜き、心の内を暴こうとしているようだった。
「そ、それって」
どういうことだろう。
さっきから頭が全然働かない。
バクバクと心臓の鼓動がうるさい。
息がうまく吸えなくなって少し苦しい。
僕の手の上に重ねられていた大きな手がするりと動き、指先を包むようにして持ち上げる。
「私は君と共に生きたい。冒険者と支援役というだけでなく、人生の伴侶として」
ゼルドさんはそのまま僕の手の甲に唇を押し当てた。
33
お気に入りに追加
1,036
あなたにおすすめの小説
僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
本日のディナーは勇者さんです。
木樫
BL
〈12/8 完結〉
純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。
【あらすじ】
異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。
死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。
「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」
「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」
「か、噛むのか!?」
※ただいまレイアウト修正中!
途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します
バナナ男さん
BL
享年59歳、ハッピーエンドで人生の幕を閉じた大樹は、生前の善行から神様の幹部候補に選ばれたがそれを断りあの世に行く事を望んだ。
しかし自分の人生を変えてくれた「アルバード英雄記」がこれから起こる未来を綴った予言書であった事を知り、その本の主人公である呪われた英雄<レオンハルト>を助けたいと望むも、運命を変えることはできないときっぱり告げられてしまう。
しかしそれでも自分なりのハッピーエンドを目指すと誓い転生───しかし平凡の代名詞である大樹が転生したのは平凡な平民ではなく……?
少年マンガとBLの半々の作品が読みたくてコツコツ書いていたら物凄い量になってしまったため投稿してみることにしました。
(後に)美形の英雄 ✕ (中身おじいちゃん)平凡、攻ヤンデレ注意です。
文章を書くことに関して素人ですので、変な言い回しや文章はソッと目を滑らして頂けると幸いです。
また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる