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40話・限界点

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 ゼルドさんが騎士を辞めて冒険者になったのは、十年前にスルトで起きた悲劇が切っ掛けだった。

 悲惨な現場を目の当たりにして色々と思うところがあったんだろう。何不自由なく暮らせるはずの貴族の生活を捨て、冒険者として各地のダンジョンを巡る旅をするようになった、と。

 でも、なぜ彼がそこまでするのか理解できない。
 ダンジョンの調査なんて各地の冒険者ギルドに任せてしまえば済む話だ。ゼルドさん自身が直接出向く必要はない。

「私はあの子の頼みを聞いてやれなかった」
「え?」
「生き残りの少年に『友だちを見つけて』と泣きながら頼まれた。結局見つけられずに終わり、申し訳ない気持ちでいっぱいになった」

 そうだ、思い出した。
 僕は助け出される際、友だちの捜索を周りの騎士たちに訴え続けた。きっとどこかで生きているはずだから、と。

 当時はそれどころじゃなかったはずだ。
 駆けつけた騎士団はダンジョンからあふれた無数のモンスターを殲滅するだけで精一杯。無事かどうかも分からないような子どもを探す余裕なんて誰にもなかった。でも、僕にはお願いし続けることしかできなかった。

「自ら動くことで埋め合わせをしたいだけかもしれないな。単なる自己満足の行為に過ぎない。もっとも、家を出た理由はそれだけではないが……」

 ゼルドさんが怪我を負ったのは、僕が無茶なお願いをしたからではないか。
 冒険者となり各地を旅するようになったのも、僕が彼に自責の念を植え付けてしまったからではないか。

 そう思った瞬間、全身を巡る血がザッと冷えたような錯覚を覚えた。足の先から徐々に感覚が失われ、呼吸を忘れた。開きかけたままの口からは言葉を発することができず、もし問題なく喋れたとしても何を言えばいいのかすら分からない。

「ライルくん」
「っ、はい」

 声を掛けられた途端、急激に意識が引き戻された。心臓が早鐘を打つ。慌てて吸い込んだ空気が喉に張り付き、うまく声が出せなかった。
 顔を上げれば、心配そうな顔のゼルドさんと視線が交わる。

「そろそろ探索を再開しようと思ったんだが、大丈夫か?顔色が良くない」

 そんなに酷い顔をしていただろうか。
 ゼルドさんは僕の前髪を指先で軽く直し、そっと頬に触れてから手を離した。さりげない仕草の中に気遣いが感じられて、ほっと安堵の息をつく。

「いえ、平気です。大穴の底ここは少し暗いからそう見えるだけですよ」

 普段通りの笑顔を作って明るい声で答えれば、ゼルドさんは「それならいいんだが」と納得してくれた。

 荷物を担ぎ直し、回収した縄はしごを今度は反対側へと設置する。ゼルドさんが鉤爪が付いている側を水平に持ち、勢いをつけて上へと投げた。ガチリと岸壁の端に鉤爪が食い込み、縄はしごの設置はすんなり完了した。

 今度はゼルドさんが先に登った。もしモンスターが現れたら僕一人では対処できないからだ。

「……こういうところなんだよな……」

 自分の耳にも届かないほどの声でボヤく。
 役に立たないと感じる瞬間なんて幾らでもある。ゼルドさんと同じくらい強ければ、こんな風に登る順番一つで申し訳なさを感じなくて済んだのに。特に、今は。

「頼んだら橋を作ってもらえないかな」
「橋があれば随分と助かるが、必要な資材をここまで持ち込むのに苦労しそうだ」
「無理そうですね」

 橋をかけるとなれば、資材だけでなく職人も連れてこなければならない。工事中モンスターから職人を守るための人員も要るし、食料も要る。オクトのギルドに所属している冒険者を総動員すれば何とかなるかも?という規模の話だ。

 縄はしごを常時設置しておくという手段が一番簡単で現実的な話だ。しかし、当てにして来てみたらモンスターに壊されてました、なんてことも十分有り得る。毎回ちゃんと回収しておかなければ、向こう岸から帰れなくなる可能性だってある。
 メーゲンさんが何か対策を考えてくれることを期待しておこう。

 対岸に渡り、探索を再開する。
 同じ第四階層なので景色に変化はない。宝箱がある場所も、やはり地面ではなく天井に近い位置にある窪みだった。ゼルドさんが周辺のモンスターをあらかた倒してくれた後、宝箱の回収に勤しむ。

「あれ?なんだろう」
「どうした、ライルくん」
「変な瓶が出てきました」

 『偉大なる神の手』を用いて宝箱を開けると、手のひらに収まる程度の小さな瓶が出てきた。
 薬草採集に使う円筒形の飾り気のないものではなく、まるで高貴な女性が使う小物のような美しい色形をしている。封がされ、中に何やら液体が入っていた。恐らく薬か香水ではないかと予想をつけ、リュックにしまいこむ。

 しばらく探索を続け、幾つか宝箱を見つけたけれど、残念ながら『対となる剣』は出てこなかった。

 その代わり、第五階層へと降りる階段を発見した。
 階下から響くモンスターの唸り声に息を飲む。隣に立つゼルドさんに視線を向ければ、難しい顔で何やら考え込んでいた。

「もう少し第四階層を探索してから帰還しよう」
「……はい」

 怖気付く僕に配慮してくれたのだろう。
 食料と水はまだ余裕がある。今までなら「もっと探索を続けましょう!」と主張していたところだ。でも、そんなこと言えない。非戦闘職の僕を守りながら進むには難しい段階に来たのだと、ゼルドさんの表情で分かってしまった。

 もともと僕たちは踏破を目的とはしていないのだから、第四階層を探し尽くしてからでも遅くない。

 結局、今回の探索でも『対となる剣』は見つからなかった。

 
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