【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢

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38話・傷を負った理由

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 休憩を終え、探索を再開した。
 第四階層からはモンスターが強くなるため、無視して進むことは難しい。それに、今回は大穴越えが目的だ。穴に降りている最中に襲われないよう、遭遇したモンスターは全て倒している。

 刀身にこびりついたモンスターの体液を振り払って飛ばし、ゼルドさんは背中の鞘に大剣を戻した。しっかり休んだおかげでまだ余裕がありそうだ。とはいえ、一人でモンスターを倒さねばならないのだから彼の負担は大きい。

「僕も戦えればいいんですけど」
「自衛ができれば問題ないと思うが」

 並んで歩きながらポツリとこぼすと、ゼルドさんが首を傾げた。今の状態に不満はなさそうだ。

「ゼルドさんに守られてばかりじゃイヤなんです。頼ってもらえるようになりたくて」
「今も十分頼りにしている」

 戦闘時、僕にできるのはモンスターの突進をかわしたり走って逃げることだけ。倒したり追い払ったりはできない。腰に差した短剣を抜いたことすらない。

「その、おこがましいですけど、ゼルドさんの隣に立てるくらい強くなりたいんです。この先もずっと一緒にいるなら、頼りっぱなしじゃいられないので」

 言ってるうちに恥ずかしくなってしまい、語尾が小さくなっていく。きっとゼルドさんには聞き取れなかっただろう。それでも言いたいことは伝わったようで、隣を歩くゼルドさんは目を細めて笑った。

「……この先も私と共にいるために?」

 真っ赤になりながら何度も頷くと、ゼルドさんはいっそう笑みを深くした。普段の無表情からは考えられない、僕にしか見せない甘い微笑みに、更に顔が熱くなる。

「真剣に考えてくれているのだな」
「は、はいっ」
「だが、君に戦わせるのは私の本意ではない」

 短剣を持たせたのは、あくまでお守り。
 積極的に戦闘に参加させたいわけではないようだ。

「じゃあ、やっぱり仲間を増やします?」
「可能な限り避けたいと思っている」

 ゼルドさんは他者との関わりを持ちたがらない。それは一方的に恐れられたり、意思の疎通がうまくいかないからか。
 理由を探るように見上げれば、バツが悪そうに顔をそらされた。更にしつこく覗き込むと、観念したように口を開いた。

「前にも言ったが、私は一つの町に居着かない。今回のように一ヶ月以上も留まることのほうが珍しい。仲間を増やせばそれぞれの都合もある。移動先の希望も食い違うだろうし、身軽に動けなくなっては意味がない」

 確かに、冒険者によって活動の目的は異なる。頻繁な拠点移動は負担が大きく、嫌がる人も多い。町ごとに仲間を募集するのもアリだけど、社交的とは言い難いゼルドさんには非常に難しい。

「それに、君が私以外の者に甲斐甲斐しく世話を焼く姿はあまり見たくない」
「え」

 まさか、嫉妬?
 タバクさんの加入話をすぐに断った理由は僕が怯えていたからではなかった。他の人に尽くす僕を見るのが嫌だったんだ。

 仲間が増えれば、支援役サポーターの僕はどうしたって世話を焼く。

「……済まない。勝手なことを言った」
「いえ、嬉しいです!」

 必要とされて嬉しくないわけがない。
 好きな人からの嫉妬や独占欲なら尚更。






 問題の大穴に到着した。
 第四階層を真っ二つに分断する穴はもはや亀裂と呼んだほうが適切かもしれない。

 付近のモンスターは排除済みだが、のんびりしているとどこからともなく集まってくる。さっさと降りて、対岸に渡らなくてはならない。

「どこから降りましょうか」
「そうだな……」

 担いでいた縄はしごを下ろし、ゼルドさんは大穴の周囲を見渡した。
 多少の凹凸はあれど、穴の深さは大体同じ。重要なのは、切り立った部分の強度。縄はしごの鉤爪を引っ掛け、更に大の大人の体重にも耐え得る場所を見定めねばならない。

「この辺りにしよう」

 多少の衝撃では崩れそうにないことを確認してから鉤爪を引っ掛け、反対側を穴へと垂らした。

「じゃあ、まず僕が降りてみますね」
「危なくないか」
「見た感じ何もいませんし」

 下を覗き込んでみる。
 見える範囲にモンスターの姿はない。

「僕、中層って行ったことなかったんですよ。他の町のダンジョンも中層以降はこんな地形の所があるんですか」
「ないことはない、といった程度だ」
「つまり珍しいんですね」

 全てのダンジョンにこんな障害があるとしたら、探索に必要な道具を持ってくるだけで大変だ。滅多にないならそのほうがいい。

「じゃ、降りてみます」

 地面に手をつき、後ろ向きになって足を踏み板に乗せる。軽量化のため、板というよりただの棒に近いそれに身体を預けるのは勇気が要った。体重をかけても鉤爪が外れないことを確認してから降り、なんとか大穴の底に到着する。
 ゼルドさんも僕に続いて縄はしごに足を掛けた。細い踏み板がギシリと軋んだ音を立てるが、もちろん折れることもなく無事に降りられた。

 大穴の底に立って辺りを見回す。
 両端の岩壁がややえぐれているからか上から見るより穴の内部は広く、声や靴音が反響して聞こえた。
 照明代わりの光る苔はまばらにしか生えておらず、薄暗いが歩き回るのに不自由はない。

「何にもないですね」
「ああ。ただの穴だな」

 ひと通り見て回り、宝箱がないことを確認する。モンスターもいないので、ここで少し休憩を取ってから先に進むことにした。

 シートを敷き、壁にもたれるようにして並んで腰を下ろして水分を補給する。

「そういえば、ゼルドさんはどうして色んなダンジョンを見て回ってるんですか」

 何の気なしに訊ねると、ゼルドさんは黙り込んだ。眉間にシワが寄っている。悪いことを聞いてしまっただろうかと慌てて質問を撤回しようとしたら、その前にゼルドさんが口を開いた。

「ダンジョンの『大暴走』を防ぐためだ」

 いつもより低く険しい声色に、僕は何も言えなくなった。無言で横顔を見つめていると、ゼルドさんは更に言葉を続けた。

「私は十年前、とある村のダンジョンの大暴走に遭遇した。顔の傷はその際に負ったものだ」

 十年前。
 ダンジョンの大暴走。

 覚えのある言葉に目の前が暗くなった。

 
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