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36話・ギルドの洗礼
しおりを挟む「ライルちゃん!うまく出来たから食べてみて!」
翌日、パン屋さんに顔を出してみると、興奮した様子のおばさんが試作したパンを差し出してきた。キツネ色に焼きあがったパンは手のひらに収まるほどの大きさで、ほんのりと温かい。
両側を掴んで二つに割ってみると、パンの真ん中に緑色の具が入っていた。昨日預けた薬草だ。他にも挽き肉や野菜が入っている。
「ゼルドさん」
「ああ」
片割れをゼルドさんに渡してから、ひと口かじってみた。パン生地は柔らかく、中の具は塩胡椒で濃いめに味が付けられている。薬草特有の苦味はわずかに感じる程度。一緒に調理された野菜の甘味と挽き肉の旨味が活きている。
「何これ、おいしい!」
「だろ~?わたしもビックリしたよ」
パン屋のおばさんは得意げに胸を張っている。
「その辺の薬草とは質が違うんだろうね。ダンジョンで採れる薬草は食用に向いているみたい。効能が薄れないように加熱は最低限にしてみたんだけど」
「予想以上の出来映えですね!」
「ライルちゃんのおかげだよ~」
ただ、木の実入り堅パンと違ってあまり日持ちがしないという。それでも二日ほどは保つから、探索序盤の食料にすれば問題はないだろう。
ちなみに劇的な効能はない。
腹痛や傷の化膿の予防など、一般的な薬よりやや落ちる程度の効き目だろう。
一番大事なことは、美味しいものがダンジョンでも食べられること。味気ない携帯食ばかりではやる気も出ないが、美味しいパンがあると思えば頑張れる。
「木の実ぎっしり堅パンに続く定番商品にしたいところだけど、薬草の入手が難しいんだよねぇ」
「ですね。あんまり薬草採集してる人っていないみたいです」
薬草採集は報酬が安いので依頼を受ける冒険者は滅多にいない。定期的に採集しているのは僕だけかもしれない。しかも常設依頼は薬の加工用。そもそも市場に出回らない。
「薬草が手に入った時限定のメニューってところかねぇ」
「たくさん採れたらまた持ってきていいですか」
「もちろん!いつでも大歓迎だよ」
薬草提供の御礼がわりに幾つか貰ったので、明日からの探索の食料として持っていくことにした。追加で木の実たっぷり堅パンも購入しておく。
次に防具屋さんに立ち寄り、頼んでいた縄はしごの進捗を訪ねてみた。手持ちの材料で作ってみたというので見せてもらう。
軽くて丈夫な踏み板の両端が縄で固定され、片側の端には鉤爪が付けられている。丸めておけば持ち運びも楽にできる。鉤爪は専用の紐を引くと形状が変化して外れるようになっている。これはゼルドさんが頼んだ仕掛けだ。
「ギルドから頼まれて他所の工房から幾つか取り寄せてるが、届くのは一週間後だ」
「そうか。では、これを貰おう」
「毎度ありィ」
何もせず一週間も待機するわけにはいかない。ゼルドさんは手間賃を含めて多めに支払い、縄はしごの試作品を受け取った。
明朝、まだ朝もやがけむる通りを歩いてギルドへと向かう。大抵の冒険者は朝早くから行動を開始するため、フロアには既に数組のパーティーがいた。みな装備を固め、緊張した面持ちで受付カウンターに並んでいる。
「飲用の水が足りないわ。出直して」
「ンな重いモン持っていけるか!ダンジョンの水場で汲むんだよ!」
「じゃあ薬は用意した?ないでしょう。ダンジョン内の水なんか飲んだらオナカ壊すわよ」
「そっ……なっ……」
「はい、次の方どうぞー」
今日も探索許可がもらえないパーティーがちらほら見受けられた。恐らく最近移ってきた冒険者たちだろう。他の町とは違い、この町の冒険者ギルドの受付嬢マージさんは容赦がない。少しでも荷物に不備があれば探索計画書を突き返してしまう。
かわいそうだけど、きちんと準備をせずにダンジョンに潜ったら大変な目に遭うのは本人だ。町にいる間に揃えておくほうがいい。
ちなみに、ダンジョン内の水場というのは綺麗な湧き水ではなく、泥混じりの水溜まりだ。たまにモンスターが飲んでいるところを見かけるので、毒はないけど衛生的には良くないと予想される。小鍋に汲んで沸騰させれば何とか飲めるかな?
「おはようございますマージさん」
「おはよう。今日から探索?」
「はいっ。また六日間ほど」
「わかったわ、気を付けてね」
僕たちの順番になり、探索計画書を提出する。いつもならカウンターに荷物を広げて見てもらうんだけど、今回はチェックなしでアッサリ許可が降りた。
「オイッ、なんでコイツはいいんだよ!」
さっき許可されなかった冒険者の男の人が僕を指差して抗議してきたが、ゼルドさんにひと睨みされて数歩後退していく。
「ライルくんの事前準備は毎回完璧だもの。見るまでもないわ」
マージさんがキッパリ言い放つと、フロアから「エコひいきだ!」「差別反対!」とブーイングが起きた。ゼルドさんがいるからやや控えめではあるけれど。
「悔しかったら、あんたたちもしっかり準備してきなさい!何回か続けて合格したら顔パスで通してあげるわよ!」
「言ったな?見てろよ!」
「チクショー!またカネがかかる!」
挑発に乗り、全員が捨てゼリフと共にギルドから出て行った。今から雑貨屋さんやパン屋さん、薬屋さんで足りないものを買い足すのだろう。ちょっと微笑ましい。
「君の支援を受けられる私は幸運なのだろうな」
彼らを見送っていたゼルドさんがぽつりと呟く。
「えっ、そ、そんなこと」
「現に今、とても鼻が高い」
また褒め殺しするつもりか。
マージさんも微笑ましい表情でこちらを見守りながら、うんうんと何度も頷いている。
「もう行きますからね!」
居た堪れなくなったので、カウンターに背を向けて出口へと向かう。すると、僕が開けようとするより先に扉が開き、入ってきた人とぶつかってしまった。慌てて飛び退き、頭を下げる。
「す、すみません!」
「いーよいーよ、気にすんな」
「申し訳な……あれ、タバクさん」
なんと、入ってきたのはタバクさんだった。昨日とは違い、きっちり装備で身を固めている。
「ライルも今からダンジョンか?」
「は、はい」
「奇遇だな、俺らも今からなんだよ」
タバクさんの後ろには数人の冒険者がいた。彼らと組んで探索する予定だという。見掛けない顔ばかりだから、この人たちも別の町から移ってきた冒険者だろう。
しかし。
「荷物が足りない!買い足してらっしゃい!」
「はあぁ?厳しくねぇ!?」
「この町のギルドでは私が法律よ!」
マージさんの洗礼を受けて足止めを食らっていた。
別のパーティーとはいえ、同時にダンジョンに潜るのはちょっと抵抗があったので助かった。この調子で半日くらい足止めされていてほしい。
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