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35話・この町を出ても

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「一つの町に長居するつもりはない」

 ゼルドさんの言葉に少なからずショックを受けている自分に気付き、見上げていた視線を下ろした。

 これまで単独ソロで色んな町のダンジョンを渡り歩いてきたと以前聞いたことがある。拠点を移す冒険者は珍しくない。ゼルドさんがオクトに来たのもそのためだ。

「そう、ですよね。……そっかぁ」

 なんだか悲しい気持ちになってきた。
 当たり前のように、この先もずっと一緒にオクトで活動していくのだと思い込んでいた。そんなわけないのに。

 沈んだ声に気付いたのだろう。ゼルドさんは僕の頭に軽く手のひらを乗せた。

「しばらくはオクトを出る予定はない。まだ『対となる剣』を見つけていないからな」

 そうだ。脱げない鎧を外すためのアイテムはまだ見つかっていない。見つかるまで、ゼルドさんはオクトのダンジョンから離れられない。
 パッと顔を上げたら視線が合った。わずかに細められた目に、一喜一憂する様を見られていたことが恥ずかしくなって再び顔を伏せる。

「でも、『対となる剣』が見つかって鎧が外せたら別の町に行くんですよね」
「ああ」
「……そうなったら、……」

 お別れですね、と続けようとしたのに声にならず、たた唇を噛む。肯定されたら泣いてしまいそうだったからだ。

 しばらく無言で歩き続けるうちに宿屋に着いた。女将さんに昼食を頼み、支度ができたら呼ぶからと言われて部屋に戻る。

 扉を閉めた瞬間、ゼルドさんに両肩を掴まれて強制的に向き合う体勢にさせられる。びっくりして身体をこわばらせると、肩の上に置かれた手がするりと降り、宥めるように二の腕を撫でた。

「私の目的は各地のダンジョンを見て回ること。踏破を目指しているわけではない」
「見て回る……?」
「そうだ。何度か探索して異常がなければ次へ行く。それの繰り返しだ」

 ゼルドさんがオクトに滞在し続けている理由は『対となる剣』を見つけるため。鎧が脱げたらどこかへ行く。これは決定事項だ。

 ならば、いっそ見つからなくていいなんて一度でも考えてしまった僕はなんて自分勝手で我が儘なんだろう。それは、ゼルドさんに『不便な生活を続けろ』と言っているのと同じこと。

 離れたくない一心で我慢を強いる。
 僕は本当にダメな支援役サポーターだ。

「……君を彼らから引き離すのは忍びないが」

 真剣な眼差しが僕を正面から見据えている。
 何を言われるのか分からなくて怖い。
 でも、目がそらせなかった。

「私が他へ移る時は君も来てくれないか」
「ふぇ!?」

 どういう意味?
 思わぬ申し出に変な声を上げてしまった。困惑し過ぎて返事もできない僕に、ゼルドさんは更に言葉を続ける。

「単なる作業に過ぎなかったダンジョン探索が、君と組んでからは楽しく感じるようになった。もう一人で活動するなんて考えられない。この先も私を支えてくれると助かる」

 言葉にならない。ぽかんと口を開けたまま、言われた言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。

 ゼルドさんが僕と組んだのは、マージさんから探索許可を貰うため。左耳が聞こえにくくて索敵と戦闘時にやや不安があるから、戦力にもならない僕を仕方なく同行させているのだと思っていた。
 オクトに来るまでは単独ソロで活動していた。つまり、他の町のギルドでは問題なく探索許可が貰えたということ。足手まといの支援役ぼくなんかと組む必要はない。

──必要ないはずなのに。

「ギルド長たちから反対されるかもしれないが、君を連れて行くことを許してもらえるよう説得する」

 さっきの『彼ら』ってメーゲンさんたちのことか。
 確かに、あの三人には心配ばかりかけてしまった。僕が一番ボロボロだった時期を知っているから過保護になっている。

「もちろん、君が頷いてくれたらの話だが」
「ぼ、僕なんか……」

 自分を卑下する言葉が口からこぼれた。
 誰にでもできる程度のことしかできない。
 そこまで言ってもらえる程の価値なんかない。

「君を必要とする私の気持ちを否定しないでくれ」
「……っ」

 泣き顔を見られたくなくて、ゼルドさんの胸に飛び込む。そのまま抱きついたら背中に腕を回され、あやすようにポンポンと軽く叩かれた。

「ぼ、僕も、ゼルドさんと行きたいです……!」
「そうか。良かった」

 安堵したように小さく息を吐く様子に、ゼルドさんも緊張していたのだと今更ながらに気付く。涙を拭って顔を上げれば、穏やかな笑みを浮かべたゼルドさんの顔が見えた。こんな表情を向けてもらえるのは僕だけ。そう思ったら胸がぎゅっと苦しくなった。

「ずっと支援サポートさせてください」
「ああ。頼りにしている」

 なんとなく抱き合ったまま見つめ合う。
 背中に回されていたゼルドさんの手が僕の頬に触れ、更に上へと顔を上げさせられた。

 ゼルドさんがわずかに背を屈めた瞬間、

「お昼ごはんできたよー!降りといでー!!」

 階下から宿屋の女将さんの大きな声が響いた。他の部屋の扉が開き、僕たちと同じく昼食を頼んでいた宿泊客がガヤガヤと階段を降りていく音が聞こえる。

「……ごはん食べにいきましょうか」
「……ああ」

 なんだか妙な空気になっていた気がする。

 
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