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30話・心の支え
しおりを挟む「……、……くん、ライルくん!」
身体を揺り動かされ、低い声に名前を呼ばれて目を開けると、ベッドのすぐそばにゼルドさんが膝をついてこちらを見ていた。寝る時に消したはずのランプが灯されていて、室内は明るい。
「あれ、どうしたんですか」
何かあったのかと思い、上半身を起こす。寝起きのせいか、声がかすれてうまく出ないし視界はぼやけている。ゼルドさんは何やら困惑したような表情で僕を見下ろしていた。
「うなされていたから起こしたんだが」
「え?あっ、もしかして僕、寝言とか言ってました?うるさくしてすみません!」
「いや、もし悪い夢を見ているのなら目を覚ましたほうが良いかと思ったまでだ」
慌てて謝ると、ゼルドさんは首を横に振った。わざわざ起こすほど僕は酷いうなされかたをしていたんだろうか。
「ありがとうございます。実は、ちょっと怖い夢を見てました」
「ほう、どんな?」
「ええと……、……たくさんのモンスターに追いかけられる夢、を」
「はは、それは悪夢だ」
僕の返答に、ゼルドさんが表情を和らげた。
実際に見た夢の内容とは違うけど、本当のことを話してもどうにもならない。昼間タバクさんと再会したことがきっかけで、二年前の記憶を鮮明に思い出してしまっただけなんだから。
「夢の中のモンスターはそんなに恐ろしかったか?」
「え」
そう言いながら、ゼルドさんが僕の目の下をそっと撫でる。視界に映る彼の指先は濡れていて、ランプの光を反射して僅かに光った。
なんだろう、と自分で頬に触れてみる。
「あれ……?」
どうやら寝ながら涙を流していたようだ。視界がぼやけていたのは寝起きだからではなく、涙の膜が張っていたせいだった。
夜中にうなされ、泣いていたからゼルドさんは心配して起こしてくれたのだ。
「うわあ、恥ずかしい!寝ながら泣くなんて子どもみたいですね、僕」
苦笑いを浮かべ、慌てて服の袖で目元を拭う。思った以上に泣いていたようで、袖口が水分を吸って肌にべたりと張り付いた。自分では見れないけれど、きっと目の周りが赤くなっているのだろう。大人なのに恥ずかしい。今さらとは思いながらも下を向き、顔を隠した。
「夢の中に私はいなかったのか」
低い声に問われ、目を瞬かせる。
先ほどの夢にゼルドさんが登場するわけがない。だってあれは過去の話で、あの頃はゼルドさんとは出会っていなかったんだから。
頷いて肯定したらため息をつかれた。
恐る恐る横目でゼルドさんを見れば、ややムスッとした表情で数秒黙り込んでから、何かを思いついたように口を開いた。
「次に悪い夢を見たら私を思い出せ。私がいれば、モンスターに後れをとることはない。必ず君を助ける」
「え……」
思いもよらぬ言葉に俯いていた顔を上げる。
ベッド脇の床に膝をつき、真っ直ぐ僕を見つめるゼルドさんと視線が交わった。揺らぐランプの明かりが照らす彼の表情は真剣そのもので、本気でそう言っているのだと分かった。
あの頃、もしゼルドさんがそばにいたら。
タバクさんから騙されてショックは受けただろうけど、何もかも捨てて逃げるほどではない。だって、親身になってくれる人がいるのだから。ゼルドさんがいてくれたら、悲しみはしても早くに立ち直れたはずだ。
「……ふふっ、そうですね。ゼルドさんなら何があっても助けてくれそう」
「だから、もう安心していい」
「心強いです」
安心したら眠気が襲ってきた。うなされていたとはいえ、寝ているところを起こされたのだ。朝陽が昇るまでまだ数時間ある。
「夜中に騒がせてすみませんでした。もう大丈夫です」
ベッドから出て、机の上に置かれたランプの炎を吹き消す。明るかった室内が一気に暗くなった。窓から差し込む月の光が板張りの床に濃い影を映している。
再び自分のベッドに潜り込み、肩までしっかり布団を被る。眠りに落ちそうになった瞬間、先ほど見た夢の光景がまぶたの裏にチラつき、ヒュッと喉が鳴った。
またあの夢を見たらどうしよう。
眠いのに、眠るのが怖い。
「ライルくん」
布団の中で身体を震わせていたら、不意に名前を呼ばれた。顔を向けると、隣のベッドに横になっているゼルドさんの姿があった。
彼は自分の上掛け布団をめくり、もう片方の手をこちらに差し出している。
「眠るのが怖いのならこちらへ」
「え、いや、そんな」
「私が一緒なら怖い夢は見ない」
「……っ」
力強く断言され、心臓がぎゅっと痛くなった。
何か言おうと開いた唇は、はくはくと空気を食むだけで言葉を発することすらできない。思考が止まり、招かれるままに、ただあちらに行かねばと身体が動いた。するりと布団から抜け出し、冷たい床に足をつく。わずか二歩、隣のベッドまでの距離がもどかしく感じた。
「おいで」
ゼルドさんの言葉に応えるようにベッドに入り、腕の中に収まる。彼の上半身を覆う金属鎧は先ほどまで布団から出ていたからか、ひんやりと冷たい。触れた部分からじわじわ体温が伝わり、徐々にあたたまっていく。受け入れてもらえたように感じて目を細め、強張らせていた身体の緊張を解いた。
酔い潰れていたり無理やり引っ張り込まれたりしたことはあったけど、自分の意思でゼルドさんのベッドに入るなんてことはこれまでなかった。
今、招かれて受け入れたのは僕の意志だ。
「君を害する存在は私が全て排除する」
耳元で聞こえる低い声が心地良くて、まぶたが自然とおりてゆく。恐怖はもう感じない。包み込むように回された腕に両手を添え、離れないようしっかりと固定する。
「おやすみ、ライルくん」
「……おやすみなさい、ゼルドさん……」
あたたかなぬくもりが不安をかき消してくれる。眠りに落ちる前にゼルドさんが何か言った気がしたけれど、僕には聞き取れなかった。
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