【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢

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29話・悪い夢 2

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 アドバイスをもらうため、タバクさんたちが滞在している宿屋へとやってきた。

 気後れするほど高級な宿ではないが王都の中心街にほど近い立地で、宿代はそれなりに高い。ふだん雑用を頼まれて何度か出入りをしたことがあるから、勝手知ったる何とやらで裏口から入る。

 そして、目的の部屋の前に立った時だった。

『──もうちょい厳しくやれよ。でないと効果ないだろ』

 部屋の中から漏れ聞こえる声に、ノックしかけた手を止める。声の主はタバクさんだ。他の三人もいるみたいで、何やら話をしている。

『だってよぉ、あんな子どもにツラく当たれっつーのがそもそも無理なんだよ。かわいそーじゃん』
『ホントそれ。オレら鬼じゃねーし』
『ライル可愛いもんな。こき使われても文句ひとつ言わねーし、今どき珍しく健気を絵に描いたような子でさぁ』

 会話の中に自分の名前が出て、僕はそのまま動けなくなってしまった。いつも僕を睨み付け、乱暴に雑用を言いつけてくる三人がタバクさんに対して抗議している。

『ライルの奴めっちゃおまえに懐いてるじゃん。罪悪感とかないワケ?』
『ないね。あいつだって好条件の仕事に就けるんだ。俺に感謝するだろうよ』

 罪悪感?
 何の話だろう。

『ひっでぇ!だいたい面接受からねーように裏で手ェ回したのおまえじゃん』
『つーか何人目だよ、あの変態領主にオモチャ差し出すの。七人?八人目か?』
『どっから見つけてくんのかねえ、カモ』
『文句あんなら分け前やんねーぞ』
『『『すんませんっしたァ!』』』

 ……え?
 ほんとに何の話?

 聞こえた話の内容が理解できず、ただその場に立ち尽くす。扉を叩くために上げていた右手が固まり、微かに震えた。

『この前連れてった子、もう下町の娼館に落とされてたぞ。安かったから一晩買ったけど』
『あー、なんかもう女には飽きたってさ。すぐユルくなるから』
『んで次は男を用意しろって?金持ちの考えることマジで意味不明過ぎ』
『そう言うなよ。金払いはいいんだ』
『え、じゃあライル変態領主に喰われちまうの?うわあ、女も知らんうちに……かわいそー』
『領主の相手をしている間は衣食住に不自由しないんだ。身寄りのない孤児にゃ過ぎた勤め先だろ?』
『それマジで言ってる?ライル絶対おまえにホレてんのに』

 気持ちを言い当てられ、どきりとする。
 確かに僕はタバクさんに惹かれていた。たぶん、こんな会話さえ聞かなければずっと好きだったと思う。

『んじゃ領主が飽きて捨てた頃に拾ってやるかな。その頃には後ろもこなれてるだろーから、女の代わりに遊ぶとするか』

 部屋の中で、どっと笑いが起きる。

『え~、じゃあオレも~!』
『おまえ裏で可愛い可愛い言ってたもんな。男もイケんのかよ』
『ライルなら余裕で抱ける!』

 ギャハハ、と下卑た笑い声に我に返った。
 踵を返して階段を駆け下り、裏口から外に転がり出る。宿屋の裏手の通りを一心不乱に走り抜け、時折人にぶつかりそうになりながら、なんとか孤児院へと帰りついた。誰もいない部屋の片隅で、冷たくて硬い床に座り込み、震える身体を抱きしめる。

『さっきの、なに?どういうこと?』

 耳にした会話は本当に信じ難い内容だった。理解できない部分もあったけど、納得できた部分もあった。

 王都を拠点とする冒険者パーティーでありながらダンジョンに潜る頻度が低い理由は、彼らに別の収入源があるから。

 それは、領主に『玩具』を斡旋すること。

 身寄りのない者……主に若い女の子を狙って近付き、仕事を紹介するからと騙して領主に売っていたのだ。ダンジョンに潜っても、必ず高価なアイテムが手に入るわけではない。その辺にいる子を言いくるめて領主の屋敷に連れて行くだけで報酬が得られるのなら、そちらのほうが楽に稼げる。

 今回から領主の注文が変わったから男の僕に白羽の矢が立ったんだろう。孤児院出身の僕には家族も頼れる人もいないから、親身になって話を聞くだけで簡単に懐柔できる。

 実際、何も知らずに領主の屋敷に行っていたら、タバクさんに迷惑をかけてしまうからと逃げることすらしなかったと思う。

 誰にも言うなと念を押してきたのは、条件のいい仕事を他の人に奪われないようにするためだと思っていたけど、違った。領主とタバクさんの関わりを周りに悟られないようにするためだった。

『どうしよう、どうしよう』

 震えが止まらない。明後日には面接だ。僕以外にも何人か連れて行くとタバクさんは言っていた。その人たちも僕みたいに身寄りがないのかもしれないし、同じ目的で紹介されるのだとしたら助けたい。でも、どこの誰かもわからない。
 役人に教えたら何とかしてくれないだろうか、と考えて頭を横に振る。単なる孤児の言い分なんかまともに取り合ってもらえるはずがない。そもそも、現場を見たわけではない。たまたま話を盗み聞いてしまっただけ。

 かと言って、このまま面接に行ったら、きっと領主が飽きるまで散々な目に遭わされる。

 領主の玩具になんかなりたくない。
 好きでもない人に触れられたくない。

 立ち上がり、院長先生の部屋に駆け込む。

『今日で孤児院ここを出ます。お世話になりました』
『随分と急な話ね。もしかしてお仕事決まった?』
『ええと、それはまだ。でも、もうこれ以上ご迷惑を掛けられないし、とりあえず王都を出ます』
『でも、あなた、故郷のことはいいの?』
『……もう八年です。僕以外は、たぶん』

 自分で自分に言い聞かせるように口にした言葉に胸が痛む。王都にこだわり続けた理由を、僕は自ら放棄しなくてはならない。そうしなければ、きっと壊れてしまうから。

『わかったわ。でも、落ち着いたら必ず手紙をちょうだい。あなたがずっと気に掛けていたこと……『スルトの生き残り』が他にいないか情報が入ったら教えるから』

 こうして僕は孤児院を出た。
 荷物は小さな荷袋ひとつだけ。

 城門に向かう途中、市場を横切る。
 ここで初めてタバクさんに出会った。石畳の段差につまづいた僕を咄嗟に支えてくれたのだ。それ以来、顔を合わせるたびに話すようになった。

 市場を通り過ぎて広場に差し掛かる。
 何度かここでタバクさんと屋台で買い食いした。他愛ない話をしながら食べた一番安いパンはすごく美味しかった。

 賑やかな大通りから一本はずれた路地。
 ここで怖い人たちに絡まれていたら、タバクさんが偶然通り掛かって蹴散らしてくれた。すごく格好良くて、彼の強さに憧れた。

 思い出の場所を通り過ぎるたびに涙があふれ、足が止まりそうになる。



「……タバクさん、どうして……?」



──あれは、ぜんぶ僕を騙すためのお芝居だったんだ。



 全てを捨てて彼から逃げる。
 住み慣れた孤児院と王都から出て、自分の尊厳を守るためだけに生きることを選んだ。

 
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