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28話・悪い夢 1

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 お風呂を済ませ、夕食を食べ、部屋のランプを消して、それぞれのベッドに入った後もゼルドさんとの会話は続いた。

 ダンジョンで見つけた戦利品のこと。
 第四階層を分断する大きな穴のこと。
 特注で作らせている縄はしごのこと。
 僕がいつも採集している薬草のこと。

 いつも通りに過ごしたはずだった。わざと明るく振る舞ったつもりはないけれど、たぶん昼間からずっと気を張っていたんだと思う。

 眠りに落ちてから、僕は自分がどれだけ今日の出来事にショックを受けていたのかを知る。




***



『面接、落ちちゃいました』
『前に言ってた建設屋か?』
『大人になってから出直してこいって』
『ハハ、そりゃそう言われるだろうな』
『高い所の作業は平気だからいけるかと』
『肉体労働にゃ身長タッパと腕力が必要なんだよ』
『うう……そうですけど』

 通りから一本奥に入った路地に積まれた丸太の上で膝を抱えて嘆く。その隣に立つのは若い冒険者の男の人だ。何度も何度も就活に失敗する僕を励ますでもなく、ただ愚痴を聞いてくれている。

『ライルは別の町に行かねーの?』
『あんまり王都から離れたくなくて』
『……ふうん』

 男の人……タバクさんは建物の石壁にもたれかかっていた身体を起こし、俯く僕の前にしゃがみ込んで笑う。

『どうにもダメだったら俺が仕事紹介してやるよ。こう見えても顔は広いんだぜ』
『ありがとうございます、タバクさん』
『メソメソしてたって仕方ねーしな。もう今日は日雇いの仕事ないんだろ?また俺の装備の手入れでもしてくれよ』
『はいっ、わかりました』

 タバクさんは王都を拠点とする冒険者だ。四人でパーティーを組み、王都の四方を囲むように存在するダンジョンに潜って生計を立てている。
 王都の家賃や物価は高い。そんな場所でずっと宿屋の部屋を借りていられる彼らはかなり腕の立つ冒険者なのだろう。

 いつだったか日雇いの仕事をしている最中に転びかけたところを助けられ、それから顔を合わせれば時々話す仲になった。

 彼は自信に満ちあふれていて、前向きで、社交的で、僕がなりたい大人の男のイメージを具現化したような人だった。冒険者という仕事に対する憧れもあったと思う。気さくに声を掛けてくれる彼に、少しずつ惹かれていった。

『ライル、短剣磨いとけよ』
『シャツのシミ抜き頼むわ』
『煙草買ってきて、今すぐ』
『は、はいっ!』

 タバクさんたちが定宿にしている部屋に上がり、仲間の三人から次々に雑用を言い付けられる。少ないながらも手間賃がもらえるので、頑張って作業に取り掛かる。

『コラ、おまえらライルをコキ使うんじゃねー!ライルは俺のために来てるんだぞ!』
『だっ大丈夫です!僕、やります』
『ホントかぁ?無理してない?』
『タバクさ……皆さんの役に立ちたいので』
『良い子だなーライルは。撫でてやろ』

 こんな感じで、タバクさんは他の三人から庇ってくれた。帰りにお菓子を持たせてくれたりして、特別扱いされているみたいで嬉しかった。

 でも、少し変だなと思うことがあった。

 タバクさんたちはあまりダンジョンに行かないのだ。全く行かないわけではないけれど、月に一、二度。それも三、四日で帰ってくる。そんな短い探索で生活が成り立つなんて、よほど高く売れる戦利品を効率よく見つけているんだな、くらいに思っていた。

 面接に落とされること十数回、落ち込む僕にタバクさんがとある話を持ち込んできた。

『仕事の紹介、ですか』
『ああ、王都のすぐ隣にある町の領主の屋敷で住み込みの使用人を探してるんだと』
『うーん……王都から離れるのはちょっと』
『日帰りで行き来できる距離だぞ?』

 確かに、王都と隣の町は街道で繋がっていて片道一時間ほどで着く。休みの日には王都の孤児院に顔が出せるし、タバクさんにも会える。今より頻度が下がるのはちょっと嫌だけど、選り好みできるような立場ではない。

『滅多に出ない好条件の求人だ。早くしないと他の奴に取られちまうかもしれないぜ』
『で、でも、僕なんかが領主さまのお屋敷で働くなんて畏れ多いというか』

 ぐずぐずと煮え切らない僕に、タバクさんは優しく笑い掛ける。

『ライルは働き者だよ。だから俺も自信を持って紹介できる』
『タバクさん……』

 今まで愚痴を聞いてもらったことは何度もあったけど励まされたのは初めてで、それだけで嬉しくなってしまった。

『領主とは顔見知りでな。面接には他にも何人か連れてくつもりだが、おまえは俺の紹介だから採用は確実だ』
『ほ、ほんとですか?』
『ああ。その代わり、採用されたら逃げ出さずに働けよ。俺が文句言われちまうからな』
『もちろんです!』
『ライルがしっかり働いてくれれば俺も鼻が高い。期待してるからな』
『はいっ!』

 面接は数日後に行われるという。本決まりするまで誰にも言わないようにと念を押され、孤児院の仲間や院長先生にも黙っていた。

 面接の二日前。
 あることに気が付いた。

『領主さまのお屋敷で面接するのに、こんな服じゃダメだよね……』

 自分の姿を見下ろし、ため息をつく。
 やや丈が短い襟なしシャツとズボン。肘と膝部分は補強のために当て布がされている。いつもは気にならないけど、薄汚れた服のままではダメだろう。紹介してくれたタバクさんに恥をかかせてしまう。

 孤児院は本来十五で卒院する決まりだ。そこを何とか頼み込んで三年近くも延長して置いてもらい、日雇い仕事で稼いだお金のうち半分は食費と宿賃代わりに渡している。ちなみに院長先生からは「気を使わなくていいのに」と毎回言われている。

 服は何着かあるけれど、どれも卒院生が置いていった着古したお下がりばかり。せめて今まで貯めてきたお金で新しいシャツを買おうと決めたまではいいけれど、何を買えばいいのかが分からない。というか、服を買ったことがないのでお店も相場も分からない。

『そうだ、タバクさんに聞こう』

 相談して、何かアドバイスがもらえたら。時間が合えば買い物に付き合ってもらえるかもしれない。一緒に出掛けられたら嬉しい。

 そう思い立ち、彼らが定宿にしている宿屋へと向かう。



 当時の僕は本当に世間知らずで、タバクさんの話を鵜呑みにして信じていた。彼を悪く思ったことなんか一度たりともなかった。


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