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27話・一緒が当たり前

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 部屋の床に座り込み、リュックを開けて荷物の仕分けをする。使い終えた汗取り布や手拭い、下着類は後で洗濯しなければならない。余った携帯食は机の上に置き、小腹がすいた時用のおやつにする。
 戦利品は買い取ってもらったが、実は今回採集した薬草は全て手元に残している。

「ライルくん、その薬草はどうする?」

 椅子に腰掛けたゼルドさんが、僕の作業を見下ろしながら不思議そうに尋ねてくる。
 本来薬草は煎じて飲んだり軟膏に加工して傷口に塗ったりして使うものだ。無加工で食べたらしばらく口の中に味が残るほど苦くて渋い。ちなみに、劇的に怪我が治るといった効能はなく、傷口の化膿を防いだり、消毒や血止めなどの効果があるくらい。

「ちょっと試してみたいことがあって」
「ほう、どんな?」
「えへへ。明日教えますね」

 薬草の使い道について色々考えて、良さそうな案を思いついたのだ。実際にうまくいくかは分からないので堂々とは言えないけど。

 洗濯するもの、捨てるもの、保管するものに分け終えて顔を上げると、ゼルドさんがじっと僕の手元を見ていた。

「いつも思っていたが、やはり君の荷物は多いな。こんなに背負ってよくあそこまで動けるものだ」
「慣れてますから。……ああ、でも、もっと荷物が持てたらもっと役に立てるのに、とは思います」

 僕が背負えるのは愛用のリュックに入るぶんだけ。野営用の毛布やシートなどはメーゲンさんが現役時代に使っていたものを譲ってもらったので、普通の市販品より軽くて性能が良い。

 ちなみに、僕が着ているベストもアルマさんが昔使っていた防具を仕立て直したもの。革製ベストの裏に金属板を縫い付けて強度を高めた軽量鎧だ。
 本当はもっと防具を装備するべきなんだろうけど、そうすると僕の唯一の長所である身軽さがなくなってしまうので敢えて軽装を貫いている。

「荷解きが終わったら風呂に行こう」
「あの、……やっぱり一緒に?」
「嫌なのか」

 そんなことはない、とすぐに否定する。今までは、僕でなければ鎧の下が洗えなかった。だからお風呂も一緒に入っていた。

「でも、『偉大なる神の手』がありますよ」

 そう言いながら、ポーチから折り畳み式の金属製の筒を取り出した。戦利品を鑑定してもらう際、アルマさんから買い取ったものだ。これを伸ばせば細長い棒になり、狭いところに届く。つまり、手伝わなくても一人で鎧の下を洗うこともできる。

 しかし、ゼルドさんは首を縦には振らなかった。

「別々に入ったら湯が冷めてしまう」
「そうですね……わかりました」

 僕もダンジョン探索で疲れている。
 温かい湯に浸かって癒されたい。
 癒されたいけど一緒に入るとか無理!
 今までなんで平気でいられたんだろう。
 いや、今までも恥ずかしかったけど。

「鎧の下の服を脱がせてくれるか」
「は、はいっ」

 いつものように鎧の隙間に手を突っ込み、服のパーツを繋いでいる留め具を一つずつ外していく。どうしても身体が密着してしまうが、僕もゼルドさんも服を着ているから平気だ。

 問題はこの後。

 部屋から階下に降り、女将さんから浴室の鍵を受け取る。先に頼んでおいたので、石造りの浴槽はお湯で満たされていた。ゼルドさんに背を向け、手早く脱いで腰に手拭いを巻く。ここから先は二人とも裸だ。
 洗い場で軽く身体を流してから、二人で湯に浸かる。石造りの狭い浴槽の中ではくっつくしかなく、ゼルドさんの脚の間に収まる体勢となる

「はぁ、気持ちいい……」

 緊張はするけど、六日ぶりのお風呂はやはり気持ちが良い。大きく息を吐き出しながら身体の力を抜くと、背中に硬いものが当たった。ゼルドさんの金属鎧だ。

「すみません。凭れかかっちゃいました」
「楽にすればいい」

 背筋を伸ばして離れようとしたら、ゼルドさんの腕が僕の肩に回され、ぐいっと引き寄せられた。まるで大きな椅子の背もたれ部分に寄り掛かるような体勢になる。

「ほら、このほうが肩までしっかり湯に浸かれるだろう」
「は、はい……」

 すぐ後ろから聞こえる低く優しい声が耳をくすぐり、背筋にぞくぞくとした感覚が走った。ゼルドさんが好きだと自覚してから、事あるごとに妙に意識してしまう。

 ていうか、ゼルドさんの距離感がおかしい。いくら仲間だからって、ここまで密着するものだろうか。『普通』がどんなものかは知らないけれど、さすがにコレはおかしいんじゃないかと思う。

 嫌なわけじゃない。
 ただただ恥ずかしい。

 一緒に湯に浸かりながら、何かを思い出したように「そういえば」とゼルドさんが口を開いた。

「ライルくんがギルドで酔い潰れた日のことだが」
「アッすみません!あの時は大変ご迷惑を!」

 一週間も前の話だが、今でもめちゃくちゃ反省してるし申し訳なく思っている。
 夜に出掛けて戻らない僕を、ゼルドさんが迎えに来てくれたのだ。ひどく酔っていたので当時の記憶はまったく無いが、翌朝何があったかを聞いて真っ青になった。少し注意されただけで、その後は特に何も言われなかったんだけど、もしや逃げられない状況下で再度説教するつもりだろうか。

「結局、ギルドには何の用で?」
「へ?」

 なぜ今それを聞く?

「飲み会に参加するだけなら、私が一緒でも問題はなかっただろう」
「え、えーと……」

 あれ、もしかして拗ねてる?ゼルドさんを除け者にして飲み会開いたみたいに思われてない?

 慌てて上半身を捻って振り返ると、俯くゼルドさんの顔が間近にあった。いつもは力強い意志を宿す瞳が悲しげに伏せられている。

「ち、違うんです!僕はただ……」
「ただ?」

 ゼルドさんが顔を上げ、真っ直ぐ見つめ返してきた。太い眉は下がり、覇気が感じられない。悲しませるためにしたことじゃないのに。

「……ゼルドさんに、その、一人の時間を作ってあげたくて……」
「私に?なぜ」

 首を傾げ、更に問うゼルドさん。僕の肩に回されている彼の腕にぐっと力がこもる。答えるまで離さないつもりだ。

 まさか一人で抜くか娼婦のお姉さんを連れ込んでもいいように、ワザと部屋を空けたなんて言えない。……自分のしたことながら、今考えると複雑な気持ちになるなぁ。

「僕と組んでから昼も夜もずっと一緒に行動してるし、たまには一人になりたいんじゃないかと思って」

 僕の言葉に、ゼルドさんは小さく息をついた。悲しげな表情のまま再び口を開く。

「君は私と一緒だと気詰まりするのか?」
「そんなことないです!」

 すぐさま否定すると、腕の拘束がややゆるんだ。
 
「ならば変に気を使わなくていい。私は今の状況に満足しているし、ライルくんと過ごすことが当たり前になっている」
「あ、当たり前……?」
「そうだ。あの日ギルドに迎えに行ったのは、君がそばに居ないことが不自然に思えたからだ。ほんの数時間ほどしか離れていなかっただけだというのにな」

 あまり役に立ててないのに、仲間として認めてくれて、一緒にいることが当たり前だと言ってくれた。僕を喜ばせる天才かな?

「そっそろそろ身体を洗います?」
「ああ、頼む。……おや」

 ただでさえも近いのに、ゼルドさんが更に顔を近付けてきた。肩に置かれていた手が僕の両頬を挟んで持ち上げる。

「顔が赤い。のぼせたか?」
「ふぇっ?」

 好きな人とお風呂で密着してるんだから赤くもなりますよ、なんて言えない。心配するゼルドさんに平気だからと弁解してから、体勢を変えて身体を洗い始める。

 直接手で洗っていたら、色んな意味で本当にのぼせてしまうところだった。『偉大なる神の手』があって良かった、と心から思う。

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