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26話・ひとりにしないで
しおりを挟む「ひさしぶりだな、ライル」
「お、おひさしぶり……です……」
テーブルに手を付き、にこやかな笑顔で再会を喜ぶタバクさん。表情も声もあの頃と同じで、僕は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。咄嗟に愛想笑いを浮かべて平静を装う。
胸部を覆う金属製の鎧と肩当て、手甲。二年前より良い装備に変わっているところをみると、きっと冒険者として成功しているのだろう。彼の収入源はそれだけではないから実際のところは分からないけれど。
「おまえ、急に居なくなったから心配したんだぞ。院長に聞いても行き先知らないとか言うし、悪いヤツに誘拐でもされたんじゃないかって」
「ご、ごめんなさい。その、急に遠くの町で働くことに決まって、それで」
「あんだけ王都にこだわってたのに?」
「う、……はい」
「ふうん、まぁいいけど」
しどろもどろな返答をする僕を一瞥してから、タバクさんはチラリと対面に座るゼルドさんを見た。先ほどから会話の邪魔にならないようにしているみたいだけど、沈黙したゼルドさんは雰囲気が怖い。タバクさんもテーブルから手を離し、姿勢を正す。
「ライル、この人は?」
「え、ええと……」
紹介するよう促されたのにうまく説明できない僕に代わり、ゼルドさんが椅子から立った。目線ひとつぶん低いタバクさんを真顔で見下ろす。
「ライルくんと組んでいる冒険者のゼルドだ」
「どうも。俺はタバク。今日この町に着いたばっかの冒険者だ。よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
簡単な自己紹介と握手をしてからゼルドさんは再び椅子に座り直す。そのタイミングで店員さんが注文の品を運んできたため、タバクさんは自分のテーブルに戻った。既に食事を終えていたようで、荷物を手に「またな、ライル」と手を振りながら店から出て行った。
タバクさんが扉の向こうに消えてから、ゼルドさんの手が僕の頬に伸びる。驚いて顔を上げると、気遣わしげな表情で見つめられていた。
「大丈夫か」
「え?はい、大丈夫です!」
笑顔で答えると、ゼルドさんの眉間に深いシワが刻まれた。
「震えている」
「あ……」
指摘されて視線を下に向けると、テーブルの上に置かれた僕の手が小刻みに震えていた。たぶん顔色も悪いんだろう。僕を見つめる目が険しい。
「先ほどの男は知り合いか」
「はい、王都にいた頃にお世話になった人で」
「あの男に声を掛けられてから様子がおかしくなった。君が知人相手にあんな風に言い澱むなんて珍しい」
気心が知れた相手ならば、僕はどんな強面だろうと臆せず話せる。例えば、ゼルドさんやメーゲンさんみたいな。それなのに、タバクさんに対しては妙に歯切れが悪かったことを不審に思っているようだ。
「ええと、久々だったので、緊張してうまく話せなくて……すみません」
「謝ることはない」
元気付けようとしてか、ゼルドさんは自分の皿から鹿肉のソテーを何切れか僕の皿に移している。何かにつけてたくさん食べさせようとする姿がおかしくて、僕は思わず吹き出してしまった。
「やっと笑った」
ふっと口元をほころばせ、目を細めて笑うゼルドさんに心臓が大きく跳ねた。
動揺してうまく話せない僕の代わりに応対してくれて、本当に心強かった。ゼルドさんがいない時に再会していたらどうなっていたことか。
さっきのタバクさんの言動からみて、僕が王都からいなくなった理由には気付いていない様子だった。離れた場所で偶然顔見知りに会ったから声を掛けてきただけかもしれない。拠点をオクトに移したと言っていたし、町で買い出ししてる時にばったり顔を合わせたらどうしよう。想像しただけで再び身体が強張った。
「食事を終えたら、私は武器屋に剣の研ぎを頼みに行く。ライルくんはどうする?」
普段なら別行動を選択するところだけど、今は離れたくない。一人になるのが怖い。
「僕も一緒に行っていいですか」
「構わないが……」
いつもと違う返答にゼルドさんが首を傾げる。
「あ、えっと、ダンジョンで手に入れた短剣!これを研ぎ直してもらおうかなって」
「そうか。分かった」
「あと、縄はしごも買わなきゃ」
宝箱から出てきた装飾のない短剣は今、僕の腰ベルトに差してある。護身用にとゼルドさんが持たせてくれたものだ。一緒に行動する理由があって良かった。
それと、今後のダンジョン探索に必要となるであろう縄はしご。もし売っていないのなら特注で作ってもらうか取り寄せてもらわねばならない。
食事を終え、武器屋に向かう。
通りを歩いている間、ゼルドさんの後ろにぴったりくっついて周りをキョロキョロ見ながら足を進めた。武器屋にいる間も、何をするでもなく隣に居続ける僕に対し、ゼルドさんは特に何も言わなかった。
「もうこんな時間か」
「日が暮れちゃいましたね」
大剣と短剣を研ぎ直してもらい、ついでに隣の防具屋さんで腰ベルトに短剣の鞘を固定する留め具を取り付けてもらったら予想以上に時間がかかってしまった。縄はしごは在庫がなかったので特注で作ってもらうことになった。
宿屋に帰ると、女将さんがカウンターで頬杖をついて不貞腐れているところだった。数日ぶりに戻った僕たちを見てすぐに顔を上げ、笑顔で出迎えてくれた。どうしたのかと尋ねれば、何人かの宿泊客が新しくできた宿屋に移ったという。
「まさか、アンタたちまで新しい宿に移るなんて言わないだろうね?」
「そんな予定はないですよ。ね、ゼルドさん」
「ああ。女将には世話になっている。今さら他の宿に移る気はない」
「そうかい、安心したよ」
女将さんの機嫌が治ったので、お風呂のお湯を沸かしてくれるように頼んだ。
新しい宿屋が気にならないと言えば嘘になる。でも、通りから一本外れた場所にあるからギルドや他の店から離れてしまう。
この宿屋は造りは古いけど手入れが行き届いてるし、部屋もお風呂も気に入っている。女将さんの料理も美味しい。出て行くつもりは微塵もない。
「あ、そうそう。幾つか部屋が空いたから一人部屋にもできるよ。どうする?」
思い出したかのように厨房から顔を出して提案する女将さんに、僕はちょっと悩んだ。
欲求不満気味なゼルドさんのことを思えば、一人部屋にしたほうが色々と都合が良いだろう。それに、自分の気持ちを自覚した今、二人部屋で寝起きを共にすると思うと緊張してしまう。
「じゃあ……、むぐ」
お願いします、と言おうとした僕の口が何かに塞がれ、言葉を封じられた。あたたかくて大きなソレが手のひらだと気付いて視線を斜め上に向けると、僕の隣に立つゼルドさんと目が合った。切れ長の目を僅かに細め、それから女将さんのほうに向き直る。
「いや、二人部屋のままで頼む」
「はいよ」
まさかそんな返答をするとは予想外だった。
再び女将さんが厨房に引っ込んでから、僕は自分の口を覆う手のひらを剥がしてゼルドさんを見た。
「一人部屋にしなくていいんですか」
「君は嫌なのか」
「嫌なんかじゃ」
嫌なわけがない。
でも、平気ではない。
「じゃあ今のままで構わないな」
「~~っ、はい……」
ゼルドさんは僕の気持ちを知らないからそんなことが言えるのだ。
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