26 / 118
26話・ひとりにしないで
しおりを挟む「ひさしぶりだな、ライル」
「お、おひさしぶり……です……」
テーブルに手を付き、にこやかな笑顔で再会を喜ぶタバクさん。表情も声もあの頃と同じで、僕は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。咄嗟に愛想笑いを浮かべて平静を装う。
胸部を覆う金属製の鎧と肩当て、手甲。二年前より良い装備に変わっているところをみると、きっと冒険者として成功しているのだろう。彼の収入源はそれだけではないから実際のところは分からないけれど。
「おまえ、急に居なくなったから心配したんだぞ。院長に聞いても行き先知らないとか言うし、悪いヤツに誘拐でもされたんじゃないかって」
「ご、ごめんなさい。その、急に遠くの町で働くことに決まって、それで」
「あんだけ王都にこだわってたのに?」
「う、……はい」
「ふうん、まぁいいけど」
しどろもどろな返答をする僕を一瞥してから、タバクさんはチラリと対面に座るゼルドさんを見た。先ほどから会話の邪魔にならないようにしているみたいだけど、沈黙したゼルドさんは雰囲気が怖い。タバクさんもテーブルから手を離し、姿勢を正す。
「ライル、この人は?」
「え、ええと……」
紹介するよう促されたのにうまく説明できない僕に代わり、ゼルドさんが椅子から立った。目線ひとつぶん低いタバクさんを真顔で見下ろす。
「ライルくんと組んでいる冒険者のゼルドだ」
「どうも。俺はタバク。今日この町に着いたばっかの冒険者だ。よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
簡単な自己紹介と握手をしてからゼルドさんは再び椅子に座り直す。そのタイミングで店員さんが注文の品を運んできたため、タバクさんは自分のテーブルに戻った。既に食事を終えていたようで、荷物を手に「またな、ライル」と手を振りながら店から出て行った。
タバクさんが扉の向こうに消えてから、ゼルドさんの手が僕の頬に伸びる。驚いて顔を上げると、気遣わしげな表情で見つめられていた。
「大丈夫か」
「え?はい、大丈夫です!」
笑顔で答えると、ゼルドさんの眉間に深いシワが刻まれた。
「震えている」
「あ……」
指摘されて視線を下に向けると、テーブルの上に置かれた僕の手が小刻みに震えていた。たぶん顔色も悪いんだろう。僕を見つめる目が険しい。
「先ほどの男は知り合いか」
「はい、王都にいた頃にお世話になった人で」
「あの男に声を掛けられてから様子がおかしくなった。君が知人相手にあんな風に言い澱むなんて珍しい」
気心が知れた相手ならば、僕はどんな強面だろうと臆せず話せる。例えば、ゼルドさんやメーゲンさんみたいな。それなのに、タバクさんに対しては妙に歯切れが悪かったことを不審に思っているようだ。
「ええと、久々だったので、緊張してうまく話せなくて……すみません」
「謝ることはない」
元気付けようとしてか、ゼルドさんは自分の皿から鹿肉のソテーを何切れか僕の皿に移している。何かにつけてたくさん食べさせようとする姿がおかしくて、僕は思わず吹き出してしまった。
「やっと笑った」
ふっと口元をほころばせ、目を細めて笑うゼルドさんに心臓が大きく跳ねた。
動揺してうまく話せない僕の代わりに応対してくれて、本当に心強かった。ゼルドさんがいない時に再会していたらどうなっていたことか。
さっきのタバクさんの言動からみて、僕が王都からいなくなった理由には気付いていない様子だった。離れた場所で偶然顔見知りに会ったから声を掛けてきただけかもしれない。拠点をオクトに移したと言っていたし、町で買い出ししてる時にばったり顔を合わせたらどうしよう。想像しただけで再び身体が強張った。
「食事を終えたら、私は武器屋に剣の研ぎを頼みに行く。ライルくんはどうする?」
普段なら別行動を選択するところだけど、今は離れたくない。一人になるのが怖い。
「僕も一緒に行っていいですか」
「構わないが……」
いつもと違う返答にゼルドさんが首を傾げる。
「あ、えっと、ダンジョンで手に入れた短剣!これを研ぎ直してもらおうかなって」
「そうか。分かった」
「あと、縄はしごも買わなきゃ」
宝箱から出てきた装飾のない短剣は今、僕の腰ベルトに差してある。護身用にとゼルドさんが持たせてくれたものだ。一緒に行動する理由があって良かった。
それと、今後のダンジョン探索に必要となるであろう縄はしご。もし売っていないのなら特注で作ってもらうか取り寄せてもらわねばならない。
食事を終え、武器屋に向かう。
通りを歩いている間、ゼルドさんの後ろにぴったりくっついて周りをキョロキョロ見ながら足を進めた。武器屋にいる間も、何をするでもなく隣に居続ける僕に対し、ゼルドさんは特に何も言わなかった。
「もうこんな時間か」
「日が暮れちゃいましたね」
大剣と短剣を研ぎ直してもらい、ついでに隣の防具屋さんで腰ベルトに短剣の鞘を固定する留め具を取り付けてもらったら予想以上に時間がかかってしまった。縄はしごは在庫がなかったので特注で作ってもらうことになった。
宿屋に帰ると、女将さんがカウンターで頬杖をついて不貞腐れているところだった。数日ぶりに戻った僕たちを見てすぐに顔を上げ、笑顔で出迎えてくれた。どうしたのかと尋ねれば、何人かの宿泊客が新しくできた宿屋に移ったという。
「まさか、アンタたちまで新しい宿に移るなんて言わないだろうね?」
「そんな予定はないですよ。ね、ゼルドさん」
「ああ。女将には世話になっている。今さら他の宿に移る気はない」
「そうかい、安心したよ」
女将さんの機嫌が治ったので、お風呂のお湯を沸かしてくれるように頼んだ。
新しい宿屋が気にならないと言えば嘘になる。でも、通りから一本外れた場所にあるからギルドや他の店から離れてしまう。
この宿屋は造りは古いけど手入れが行き届いてるし、部屋もお風呂も気に入っている。女将さんの料理も美味しい。出て行くつもりは微塵もない。
「あ、そうそう。幾つか部屋が空いたから一人部屋にもできるよ。どうする?」
思い出したかのように厨房から顔を出して提案する女将さんに、僕はちょっと悩んだ。
欲求不満気味なゼルドさんのことを思えば、一人部屋にしたほうが色々と都合が良いだろう。それに、自分の気持ちを自覚した今、二人部屋で寝起きを共にすると思うと緊張してしまう。
「じゃあ……、むぐ」
お願いします、と言おうとした僕の口が何かに塞がれ、言葉を封じられた。あたたかくて大きなソレが手のひらだと気付いて視線を斜め上に向けると、僕の隣に立つゼルドさんと目が合った。切れ長の目を僅かに細め、それから女将さんのほうに向き直る。
「いや、二人部屋のままで頼む」
「はいよ」
まさかそんな返答をするとは予想外だった。
再び女将さんが厨房に引っ込んでから、僕は自分の口を覆う手のひらを剥がしてゼルドさんを見た。
「一人部屋にしなくていいんですか」
「君は嫌なのか」
「嫌なんかじゃ」
嫌なわけがない。
でも、平気ではない。
「じゃあ今のままで構わないな」
「~~っ、はい……」
ゼルドさんは僕の気持ちを知らないからそんなことが言えるのだ。
42
お気に入りに追加
1,048
あなたにおすすめの小説
【完結】君に愛を教えたい
隅枝 輝羽
BL
何もかもに疲れた自己評価低め30代社畜サラリーマンが保護した猫と幸せになる現代ファンタジーBL短編。
◇◇◇
2023年のお祭りに参加してみたくてなんとなく投稿。
エブリスタさんに転載するために、少し改稿したのでこちらも修正してます。
大幅改稿はしてなくて、語尾を整えるくらいですかね……。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~
芽吹鹿
BL
夢を追い求める三男坊×無気力なひとりっ子
孤独な幼少期を過ごしていたルイ。虫や花だけが友だちで、同年代とは縁がない。王国の一人っ子として立派になろうと努力を続けた、そんな彼が隣国への「嫁入り」を言いつけられる。理不尽な運命を受けたせいで胸にぽっかりと穴を空けたまま、失意のうちに18歳で故郷を離れることになる。
行き着いた隣国で待っていたのは、まさかの10歳の夫となる王子だった、、、、
8歳差。※性描写は成長してから(およそ35、36話目から)となります
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。
白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。
僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。
けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。
どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。
「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」
神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。
これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。
本編は三人称です。
R−18に該当するページには※を付けます。
毎日20時更新
登場人物
ラファエル・ローデン
金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。
ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。
首筋で脈を取るのがクセ。
アルフレッド
茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。
剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。
神様
ガラが悪い大男。
悪役令息になる前に自由に生きることにしました
asagi
BL
【本編完結。番外編更新予定】
目覚めた時、アリエルは七歳から十五歳までの記憶を失っていた。
父親から冷遇され、一人領地に追いやられた悲しみに、人格が眠りについていたようだ。
失った記憶を探る中で、将来自分が【悪役令息】と呼ばれる可能性があることを知る。
父親への愛情も、家族への未練もなくなったアリエルは、自由に生きることを求めて行動を始めた。
そんなアリエルを支えてくれるのは、父親から家庭教師として送られてきたブラッド。
一心に愛を告げるブラッドに、アリエルの心が動かされていく。
※家庭教師×貴族令息。
※短編なのでサクサク進んでいきます。
聖女の力を搾取される偽物の侯爵令息は本物でした。隠された王子と僕は幸せになります!もうお父様なんて知りません!
竜鳴躍
BL
密かに匿われていた王子×偽物として迫害され『聖女』の力を搾取されてきた侯爵令息。
侯爵令息リリー=ホワイトは、真っ白な髪と白い肌、赤い目の美しい天使のような少年で、類まれなる癒しの力を持っている。温和な父と厳しくも優しい女侯爵の母、そして母が養子にと引き取ってきた凛々しい少年、チャーリーと4人で幸せに暮らしていた。
母が亡くなるまでは。
母が亡くなると、父は二人を血の繋がらない子として閉じ込め、使用人のように扱い始めた。
すぐに父の愛人が後妻となり娘を連れて現れ、我が物顔に侯爵家で暮らし始め、リリーの力を娘の力と偽って娘は王子の婚約者に登り詰める。
実は隣国の王子だったチャーリーを助けるために侯爵家に忍び込んでいた騎士に助けられ、二人は家から逃げて隣国へ…。
2人の幸せの始まりであり、侯爵家にいた者たちの破滅の始まりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる