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23話・偉大なる神の手

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 今回のダンジョン探索は最短で第四階層を目指す。
 ゼルドさんの鎧を外す鍵である『対となる剣』を探すためだ。

 モンスターとの戦闘を可能な限り避け、一気に駆け抜ける。ダンジョン内部はアリの巣のような複雑な構造だが、何度も探索する間に大体の道は覚えた。
 他の冒険者たちはモンスターに追い回されたりして元来た道が分からなくなったりするらしいが、僕たちはその心配がない。その理由は簡単。ゼルドさんが一撃で倒してくれるから。

「やっぱり強さがいちばん大事なんだな~」
「うん?何か言ったか」
「いえ別に。先に進みましょう」

 行く手を遮るモンスターにそのまま斬り掛かり、足を止めずに先へ進む。何組かの冒険者パーティーを追い抜き、彼らを置いてきぼりにして更に先へ。そんな感じで進んだら、いつもなら二日はかかるところを僅か半日で第四階層手前まで到達した。

「第四階層に降りる前に休憩しましょう」
「ああ」

 ずっと走り続けていたから僕もゼルドさんも汗だくだ。あらかじめ仕込んでおいた汗取り用の布を引き抜き、さっぱりしてから腰を下ろして休憩をとる。

「前々から思っていたが、君は意外と体力があるな」
「田舎育ちなので」

 生まれ育った村は森に囲まれていて、そこが子どもの遊び場だった。野を駆け、木に登り、川で泳ぐ。他に遊ぶ場所がなかったからというのが大きな理由。おかげで今でも割と身軽に動ける。
 あの頃一緒に遊んだ友だちはもういないけど。

「荷物を担いで走れるのだからすごいことだ」
「ゼルドさんが重いものを持ってくれているからですよ」

 今回は一番重いもの……二人分の水筒をゼルドさんが持ってくれている。いつものように僕が全ての荷物を背負っていたら走れない。

「普段から私が持っても構わないのだが」
「駄目です!今日は速さ重視だから仕方ないけど、モンスターと戦う時に余計なものを持ってたら戦いにくいじゃないですか」
「……そうか」

 しゅんと肩を落とす姿を見て、少し決意がぐらついた。いや、僕は荷運びと索敵くらいしかできないんだから、荷物を任せちゃったら支援役サポーターとしての存在意義を失ってしまう。優しくされるのは嬉しいけど、心を鬼にして断らなくては。

「あ、そうそう。今回はコレを使ってみたいんですが」

 僕がリュックから取り出したものを見て、ゼルドさんが目を丸くした。手のひらサイズの金属製の筒で、先端部分がくるりと曲げられている。

「これは?」
「出発前にアルマさんが貸してくれたんですよ。『偉大なる神の手』というアイテムらしいです」
「神の……随分と大層な名だ」

 大袈裟すぎる名前だと僕も思う。それほどに素晴らしいアイテムなのだろう。

「僕も使うのは初めてなんですけど」

 アルマさんの説明を思い出しながら金属製の筒を握って振り下ろす。ジャキッという音と共に長さが伸び、元の三倍ほどの棒になった。携帯に便利な伸縮タイプのアイテムだ。
 座るゼルドさんの後ろに回り、背筋を伸ばしてもらう。棒の先端部分にある切れ込みに汗取り用の布の端を挟み、鎧の下の服と肌の隙間に棒を突っ込んだ。

「うっ……」
「ごめんなさい。冷たかったですか」
「いや、問題ない」

 人肌にあたためてから突っ込むべきだったか。
 上から差し込み、腰の辺りに棒の先端が出たら切れ込みから布を外し、棒だけを引き抜く。今まで僕が腕を突っ込むしかなかったけど、この棒さえあれば汗取り用の布が簡単に仕込める。

「なるほど、これは便利だ」
「本来は手が届かないところを掻くために使うものらしいです。『背掻き棒』とか『天女の指先』とか、地域によっていろんな呼び名があるってアルマさんが言ってました」

 かゆいところに手が届くことに感動した人が『偉大なる神の手』と名付けたのだろう。

「手拭いを挟めば、汗を拭いたり身体を洗う時にも使えそうですね。一人でお風呂に入れるようになりますよ」
「えっ」

 僕の言葉に、ゼルドさんが困惑したような顔を見せた。どうしたんだろう。

「背中を流してもらえなくなるのか……」

 気落ちした様子でポツリと呟くゼルドさん。
 もしや一緒にお風呂に入るの楽しみにしてたのか。

「あ、いえ、ご希望でしたら今まで通り身体を洗うお手伝いをしますけど」
「そうか、良かった」

 あわててそう答えると、明らかに嬉しそうな表情になった。本人が良いと言うならいいか。

「非常にありがたいアイテムだ。だが、借りっぱなしでは申し訳ないな」
「買い取れないか相談してみます?」
「ああ」

 手の中の『偉大なる神の手』を見る。何気に持ち手部分の細工がやけに凝っているし金属製だし、ものすごく高価なアイテムかもしれないけど、これさえあればゼルドさんの不便な生活が少し楽になる。多少高くてもいいから譲ってもらおう。

「じゃあ僕がアルマさんから買います」
「いや、私に必要なものなのだから私が」
「でも僕が買います!」
「……ライルくんは意外と頑固だな」

 購入資金を出すのは自分だ!と互いに譲らない。こんなやりとりを見られたらまたメーゲンさんに笑われそうだなと思ったら、ゼルドさんも同じことを考えていたみたい。顔を見合わせて、フフッと笑った。

 休憩ついでに辺りを見回して薬草を採集する。
 以前見た感じでは、第四階層には植物自体が生えてなさそうだったので、探すなら第三階層だ。

 通路の端の岩陰に生えている草を根ごと引き抜き、土がついたまま小瓶に詰めていく。ゼルドさんの目が届く範囲で集めて回り、持参した小瓶がいっぱいになった辺りで切り上げる。

「薬草と草の違いが全くわからん」

 そのへんに生えている雑草と僕が採集した薬草を見比べながら、ゼルドさんが首を傾げている。
 よく似ているから間違えやすいし、適当に摘むだけでは萎れて買い取りを拒否されてしまう。知識が必要で気を使う割に大した稼ぎにならないので、大半の冒険者は薬草採集には手を出さない。

 僕は田舎育ちだから、外で遊んでいる時に自然と覚えた。小さな擦り傷くらいならこれで治るよ、と教えてくれたのも友だちだ。

「一度覚えてしまえば簡単ですよ。僕は葉の形と匂いで見分けてます」
「こちらが薬草だったか?」
「ただの草です」
「……」

 ゼルドさんの眉間に深いシワが刻まれた。
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