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19話・ギルドで飲み会

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 お風呂を済ませたあと、一人で宿屋を出る。
 辺りはすっかり真っ暗で、開いている店は飲み屋くらい。通りの真ん中に立てられた篝火の明かりを頼りに進む。

「ほら、心配することなんてないのに」

 ププッと笑いながら夜の通りを歩くうちに、宿屋の数軒隣にあるギルドの建物へと到着した。本当に近い。

 大きな木製扉には鍵は掛かっておらず、軽くノックしてから押し開くと入ってすぐのフロアには誰もいなかった。カウンターも無人で、目立つ位置に呼び鈴が置いてある。夜間に用がある人はこれを鳴らしてギルド職員を呼ぶのだ。

 カウンター横の階段を上がり、二階の部屋に向かう。ドアの隙間から漏れ出る光と賑やかな話し声から、中に誰がいるのかすぐに分かった。

「こんばんは」
「おっ、ライルじゃねぇか」

 ドアを開けて室内に入ると、ギルド長のメーゲンさんがすぐに振り返って声を掛けてきた。両手にそれぞれ酒瓶を持っている。テーブルにも空き瓶が幾つか転がっていた。

「オマエも飲みにきたのかぁ~?」

 アルマさんがソファーから飛び降りて駆け寄り、僕の手を引く。既に酔っ払っているようで、普段より語尾が間伸びしている。

「こんな遅くにどうしたの。忘れ物?」
「いえ、ちょっと時間を潰しに」

 続けて、マージさんがメーゲンさんを押し退け、僕が座るスペースを確保してくれた。

 この三人はギルドに住んでいる。仕事を終えた後は毎晩こうしてギルド長の執務室に集まり、反省会と言う名の酒盛りをするのが習慣になっている。

 少し前まで僕もギルドここに住まわせてもらっていたから、酒やつまみの準備をしたり後片付けをさせらたりした。ゼルドさんと組んで宿屋に移ってから夜の酒盛りに顔を出すのは初めてだ。

「なんだ、相棒ゼルドとケンカでもしたか?」
「ち、違います」
「んじゃ酒を飲みに来たんだろぉ~?」
「飲みませんって」
「私たちに会いに来てくれたのよね?」
「ええと、まあ、そうです」

 隣に座った僕の肩を抱き、酒臭い呼気を吹きかけてくるメーゲンさん。酔うとやたら絡んでくるんだよね、このおじさん。

 アルマさんは終始上機嫌。どれだけ飲んだか知らないけれど、真っ赤な顔でケタケタ笑っている。

 三人の中で平時と変わらないマージさんだけど、彼女の前に並ぶ酒瓶が一番多い。いつもの優しい笑顔で新しいグラスになみなみと酒を注ぎ、それを僕の前に差し出した。
 まさか、これを飲めと?

「いただきます……」
「たくさん飲んでね♡」
「い、いえ。一杯だけで」

 断っても無理やり飲まされると経験から知っている。僕は被害を最小限にすべく、自らグラスを手に取った。

「何軒か工事が始まったな」
「早いな。もう移転してくんのかぁ~?」
「そりゃそうよ、商売だもの」

 三人は酒を飲みながら難しい顔で話を再開した。
 僕が部屋に入る前からしていた話題なのだろう。途中から聞いてもよく分からず、首を傾げる。何の話かと尋ねてみれば、例の『ダンジョン踏破』絡みの話だった。

この町オクトも受け入れ態勢が万全じゃねえからな。宿屋の部屋数も足りてねえし他の店も少ねえから、今は他所よそから新規で来る冒険者をストップしてる状態だ。スルトから冒険者向けの店が移転してきてくれるのは正直助かる」
「ずいぶんな突貫工事だから、あと一週間もあれば建物は完成するんじゃないかしら」

 スルトは先日踏破されたダンジョンがあった辺境の村だ。懐かしい地名に昔の記憶を思い出しながら、メーゲンさんたちの会話に聞き耳を立てる。
 どうやら新たな宿屋を建てている真っ最中らしい。そういえば一本奥の通りで工事をしていた気がする。

「んで、何でか知らんが国の偉いさんが今度視察に来ることになった。ここにギルド支部を建てる時にゃ来なかったくせによォ」
「メーゲン、何かやらかしたのかぁ~?」
「俺ほど真面目なギルド長がいるか?」

 からかうアルマさんをジト目で見返している。
 実際メーゲンさんは良いギルド長だと思う。社交的で面倒見が良く、町の人たちからも慕われている。

「ま、偉い人の考えることなんか分かんないわよ。適当にやり過ごして早く帰っていただきましょ」
「だな」
「さんせ~い!」

 どうやら近々偉い人がオクトに来るらしい。
 今話題のスルトならともかく、単なる田舎町のオクトに来る理由は何だろう。ダンジョンがある町なら他に幾らでもある。もしかして、全ての町を回って視察するつもりだろうか。

「新しい宿屋ができたらスルトを拠点にしていた冒険者たちが流れてくる。 受付も鑑定も忙しくなるぞ」
「ガラが悪いのが増えたら嫌だわ」
「お行儀のいい冒険者なんかいるかよ」
「あら、ゼルドさんは良い人よ。顔は怖いけど」

 そう、ゼルドさんは顔が怖いせいで必要以上に周りから恐れられているだけで、誰よりも礼儀正しい。まるで高潔な騎士みたいな、そんな人なのだ。

 そんなゼルドさんは今ごろ何をしているだろう。

 一人で処理をしているか。
 女性を買って発散しているか。

 想像したら恥ずかしくなって、手にしたグラスの中身を飲む。喉が焼けるほどの強いお酒に涙が滲んだ。自分でそう仕向けたくせにモヤモヤするのは、役に立てなかった不甲斐なさを感じてしまうからだろうか。

「ダンジョンに入る人数が増えれば見つかるお宝も増える。楽しみだなぁ~」

 アルマさんの呑気な声を聞きながら、強い冒険者が来てくれたら『対となる剣』を見つけてもらえるかも、と期待した。

 例えば、スルトのダンジョン踏破者とか。

 どんな人か知らないけど、その人ならすぐに見つけてくれるかもしれない。誰でもいいから早くゼルドさんの鎧を外してほしいと切に願った。






「おい、マージ。ライルに何飲ませた?」
「これだけど」
「バッ……おまえ、それ超強ぇ酒じゃねぇか!」
「ライルぅ~聞こえてるかぁ~?」
「ライル!水飲め水!!」

 焦るメーゲンさんの声がどこか遠くに聞こえた。
 頭がふわふわして考えがまとまらない。
 ぼやけた視界がぐにゃりと曲がる。

 空になったグラスを手にしたまま、僕は睡魔に身を任せてまぶたを閉じた。

 
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