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18話・裸の付き合い

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 食事の後はお風呂だ。
 着替えと手拭いを持って宿屋の一階の浴室に向かう。石造りの風呂にはなみなみと湯が張られ、浴室内はじっとりと汗をかくくらい熱い。

「先に鎧の下の服を取りますね」
「頼む」

 ゼルドさんの鎧の隙間から手を差し込み、留め具をひとつずつ外していく。先に袖を取ってから正面と肩の留め具を外す。そうすれば、あとは引き抜くだけで済む。何度かやるうちに慣れてきた。

「さ、下も脱いで湯に浸かってください」
「分かった」

 ゼルドさんは躊躇なくズボンと下着を脱いだ。すぐに湯船に入り、縁に腕を乗せて寛いでいる。

「じゃあ洗っていきますね」

 シャツの袖とズボンの裾をまくる僕を見て、ゼルドさんが手招きをしている。

「一緒に入らないのか」
「えっ!?」

 心底不思議そうに尋ねられ、僕は間の抜けた声を上げた。
 石造りの風呂はゼルドさんが入っただけで湯があふれそうになっている。並んで座れるほどの広さはない。

「狭くなりますよ」
「また私の膝の上に乗ればいい」

 ゼルドさんは真顔だ。
 いや、確かに前回そんな感じで一緒に入ったけど、それはゼルドさんが無理やり引きずり込んだからだ。

「鎧の中を洗うのも、一緒に湯船に浸かった状態でやったほうが楽だと思うが」
「ウッ……それは確かに」

 湯船の外からだと床に膝立ちしないといけないから地味に痛い。腕を奥まで突っ込むにはある程度密着する必要がある。一緒に湯船に入ったまま洗うほうが効率が良い。

「わかりました。じゃあ失礼します」

 服を脱ぎ、手拭いを腰に巻いて湯船に入り、あぐらをかいた状態のゼルドさんの太腿に座らせてもらった。丸太かと思うくらい硬い。

 熱めのお湯が足先から身体を温めてくれる。六日間の探索で疲れ切っていたから、思わず「ふわぁ」と声が漏れた。

「すぐ洗いますか?」
「身体があたたまってからでいい」
「はーい」

 しかし、膝の上に乗っていると肩までお湯に浸かれない。
 それに気付いたゼルドさんがあぐらを解き、僕を脚の間に挟むようにした。収まりが悪いので、ゼルドさんに背中を預けるように向きを変える。

「髪は伸ばしているのか」
「短いと頻繁に切り揃えないといけないじゃないですか。伸ばして括ったほうが楽なので。変ですか?」
「いや、よく似合っている」

 僕の髪を弄りながら喋っているのだろう。いつになくゼルドさんの口数が多い。無事町に帰還できたから気が緩んでいるのかもしれない。

 ふたりで湯船に浸かりながら身体を洗う。
 再び向き合うように座り、手拭いを掴んだ手を鎧の首元から突っ込んでゴシゴシと擦っていく。今回の探索では汗取り用の布を使い、着替えもできたからそんなに汚れてはいなかった。

「背中も洗いますね」
「頼む」

 狭いから、風呂の中では座る向きを変えられない。向かい合ったまま僕だけ立ち上がり、ゼルドさんの肩越しに背中側から鎧の下を洗っていく。体格の良いゼルドさんの背中は広い。身を乗り出す僕の身体をゼルドさんが抱えるようにして支えてくれた。

「っひゃあ!」

 洗うことに集中していたら、不意に触られて変な声を上げてしまった。

「急になにするんですか!」
「私もライルくんを洗おうかと」

 どうやらヒマを持て余していたらしい。
 先ほどの感触は、ゼルドさんが手拭いで僕の脇腹を擦ったものだった。正直くすぐったくて、じっとしていられない。ゼルドさんの頭に縋りつくようにして耐えていると、なんだかおかしくなってきてしまった。

「もう、僕はいいですから!」
「仲間なら背中の流し合いくらいするだろう」
「え、そういうものですか」
「ああ」

 他の冒険者も、仲間の背中を流したりするのだろうか。仲が良ければそういうこともあるかもしれない。

 ていうか、今『仲間』って言った?

 今までも何度か言われたことはあるけど、それは僕に絡んでくるガラの悪い冒険者を蹴散らすため。ふたりだけの時にわざわざ言うってことは、本当に仲間だと思ってくれているのか。
 ちょっと、いやかなり嬉しい。

 しかし。

 湯船の中、裸で向かい合ってお互いの身体を洗っているの、なんかおかしい気がする。狭いから、どうしても身体が密着してしまう。

「か、身体もあたたまりましたし、洗い場に出ましょうか。あとは自分で洗えますよね」
「……そうだな」

 鎧の下は綺麗になった。あとは頭と腕、腰から下の部分だけ。ゼルドさんは先に上がり、洗い場の椅子に腰をかける。白い湯気でボヤけた視界に彼の背中が浮かんだ。

 最初は違和感しかなかった『上半身だけ鎧に覆われている姿』も見慣れてきた。

 鎧が脱げなくなって約十日。
 色々対策をしているからか、ゼルドさんが不満を漏らすことはない。今のところ鎧の下の肌に異常はない。でも、硬くて重い金属製の鎧をずっと身に着けていたら寝る時も起きている時も落ち着かないはずだ。

 それに……やっぱり勃ってるんだよな~。

 腰に巻いた手拭いで隠れているけど、さっき湯船から出る時に大きくなっているのが見えてしまった。

 ダンジョン探索中に僕が余計なことを言ったせいで、ゼルドさんは抜き損なってしまった。だから、多分溜まっているんだと思う。

 宿屋は二人部屋で、僕とはほとんど一緒に行動している。他の宿泊客もいるから、共有のトイレでは一人で処理できない。

 先に僕が身体を洗ってお風呂から出て、ゼルドさんを一人にしてあげれば良かったんだけど、すっかり忘れてた。

 となると、夜のお店を利用するしかない。
 オクトは小さな町で、ギルドの支部ができて日が浅い。故に、冒険者向けの店は必要最低限しかなく、娼館や賭博場などの娯楽施設はまだない。暗くなった頃に個人で客引きをするお姉さんがチラホラいるくらい。

 現在ゼルドさんは鎧が脱げない。娼婦のお姉さんと事に及ぶ時に裸にならないのって有りなんだろうか。そもそも、鎧を着用したまま利用する人なんて存在するのだろうか。そういったお店を利用したことがないから分からない。

 石造りの風呂の縁にもたれ掛かりながら、とりとめのない思考が浮かんでは消えていく。最近は、時間があればゼルドさんが快適に過ごせる方法ばかり考えている気がする。

 僕を対等な仲間として扱ってくれる人だ。
 できる限りのことをしてあげたい。

「あっ」
「どうした」

 急に声を上げた僕に驚き、ゼルドさんがこちらに振り向いた。髪を洗っている最中だから、後ろに撫でつけている前髪が下りていて、いつもより少し若く見える。

「マージさんに用事があったの忘れてました。お風呂上がったらギルドに行ってきます」
「もう遅い時間だ。明日ではいけないのか」

 ダンジョン探索を終えたのが夕方。帰還報告や戦利品の買い取りでギルドに立ち寄り、宿屋に戻ったのは日が暮れてから。通常のお店はとっくに閉まっている時間帯だ。

「え~と、急ぎの用で……」
「では、私も行こう」
「あ、いえっ。たぶん一時間以上掛かると思うし、宿屋からギルドなんてすぐですから、付き添いも要りませんって!」

 用事なんてない。これは、ゼルドさんに自由な時間を与えるための方便。僕がいなければ一人で処理するなり客引きのお姉さんを連れ込むなりできるだろう。

「……わかった。用が終わったら寄り道せず、真っ直ぐ帰ってくるように」

 渋々だが了承してもらえた。

 でも、『寄り道するな』だなんて僕をまだ子どもだと思っているんだろうか。

 
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