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11話・『普通』の差

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 ゼルドさんはお金にあまり頓着がない。
 初めて組んだ時からそうだった。

支援役サポーターと報酬を山分けするなんて聞いたことないですよ!経費込みで、多くても戦闘職の三分の一、それより少なくても良いくらいなのに!」

 支援役はその名の通り『探索の支援』が務め。
 冒険者が戦いに専念できるように環境を整える、いわば雑用係だ。戦える支援役もいるけれど、僕は完全な非戦闘職。守ってもらわなくては活動できないのだから当然取り分は少ない。

 ダンジョンに潜れば必ずモンスターに遭遇する。モンスター自体に討伐報酬はないけれど、倒さなくては探索の障害となる。だから、強い冒険者はより多くの取り分を受け取る権利がある。
 そう何度も説明しているのに。

「君の働きに報いたい」
「もぉ~~!!」

 何度言っても、ゼルドさんは半分以上受け取ろうとしない。どうして分かってくれないんだろう。

「ハーッハッハァ!!」

 突然メーゲンさんが高笑いをして、僕たちは揃ってそちらに顔を向けた。彼はプルプルと肩を震わせ、噴き出すのを必死に堪えている。

「すまんすまん。報酬の分配で揉めるなんざ珍しくもねえが、お互い譲り合ってるとこなんて初めて見たからよォ」
「コイツらは毎回こうだぞ~」
「マジか!他の冒険者どもに見習わせてぇな!」

 笑いながら盛り上がるメーゲンさんとアルマさん。

「ま、いいじゃねえか。受け取っておけライル。カネは幾らあっても困らねえ」
「でも、そんな大金」
「まだ仕送りしてんだろ?だったら尚更だ」
「うう……」

 メーゲンさんに諭され、仕方なくテーブルの金貨に手を伸ばす。実際よりずっしりと重く感じるのは、これが自分に見合わない価値あるものだからだ。

「金貨なんか送ったらビックリされちゃう」
「ギルドに預けといて、毎月少しずつ送金するようにしたらどうだ?マージに相談すりゃいい」
「そう、ですね。わかりました」

 金額が大き過ぎるので、どのみち持ち歩くことはできない。ギルドの個人口座に預け、仕送りを定期的にするように頼み、他は必要な時に引き出して使うことにした。

「仕送りは、実家に?」

 メーゲンさんと僕の会話を聞いて疑問に思ったか、ゼルドさんが尋ねてきた。

「いえ、王都の孤児院に。二年前までお世話になっていたので、恩返し代わりに余裕のある時だけ送金してるんです」

 笑顔で答えると、ゼルドさんが目を見開いた。まずいことを聞いた、みたいな顔をしている。

「……すまない」
「あの、謝らなくても」
「…………」

 そのままゼルドさんは黙り込んでしまった。

 マージさんにお金を預け、仕送りに関してお願いしてからギルドを出る。なんとなく重苦しい空気が漂い、隣を歩くゼルドさんの顔を見ることができない。

「あの、縫い物したいんで宿屋に戻りますね」
「ああ」
「ゼルドさんはどうします?」
「武器屋に剣の研ぎを頼みにいく」
「わかりました」

 オクトは小さな町だ。宿屋と武器屋は数軒しか離れていない。同行しても大して時間は掛からないが、今は一緒にいても気まずいので一旦別行動することにした。

 武器屋に向かう後ろ姿を見送りながら、ゼルドさんに気を使わせてしまったことを反省する。

 孤児院育ちは不幸ではない。周りも同じ境遇の子ばかりだったから、僕にとっては『当たり前』のこと。

 さっきの反応を見た限り、ゼルドさんにとっては『当たり前』ではない。彼の言葉遣いや振る舞いからにじみ出る育ちの良さ。これまで生活に困窮したことがないから報酬の分配にも無頓着なのだ。自分を卑下するつもりはないけれど、こういう時に溝を感じる。住む世界が違うのだ。

 ひとりで宿屋に戻り、昨夜のうちに手洗いして中庭に干しておいた布を取り込む。これは昨日ゼルドさんが鎧の下に着ていたもの。ハサミで切っちゃったから、フチがややほつれている。汚れたまま縫い直すのは抵抗があったので先に洗っておいたのだ。雑貨屋で買っておいた布を細長く切り、切断面を覆うように縫い付けていく。

 キリの良いところまで進めてから手を止め、部屋の中をぐるりと見渡す。

 ゼルドさんと組んだ時、当たり前のように宿屋の二人部屋を借りてくれた。僕の場所をきちんと設けてくれて、それがどれほど嬉しかったことか。






「おかえりなさい、ゼルドさん」
「ああ。……作業が早いな。もうこんなに?」
「縫い方さえ決まれば手を動かすだけなので」

 武器屋から戻ったゼルドさんが、机の上に置かれた裁縫道具と縫い終えた服を見て目を見開いた。
 小一時間ほどの間に一着仕立て直しできたのは、雑貨屋で買った厚手の生地専用針のおかげだ。あとは留め具を縫い付けるだけ。

「夕食の時間まで作業しますね」
「そうか。だが無理は……」
「わかってます。もうあんな醜態は晒しません」
「違う、君自身の負担になるからだ」
「……はい」

 気遣われるたび、大事に扱われるたびに彼と自分は対等な関係なのではないかと勘違いしそうになる。慣れてしまえば、僕は実力に見合わないワガママな人間になってしまう。

 雑に扱ってくれれば期待しなくて済むのに。


 
 
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