上 下
9 / 118

9話・ダンジョン踏破の知らせ

しおりを挟む



 戦利品の買い取りのためにギルドに立ち寄ったら、なんだかそれどころではない雰囲気だった。

「うおお、ダンジョン踏破!?マジかよ!」
「しかも単独ソロで?どんなバケモンだ!」

 フロアでは十数人もの冒険者たちが大騒ぎしていて、中に入るのをためらってしまう。
 どうやら僕たちが来る少し前に大きな知らせが飛び込んできたらしい。掲示板に貼られた一枚の紙を、誰もが食い入るように見つめて熱く語り合っている。

「ダンジョン踏破……?」

 何度も聞こえてきた言葉を思わず呟く。

 ダンジョンとは、人里の近くに現れるモンスターの巣窟みたいな場所の総称。内部の構造は複雑で攻略は難しいが、宝箱から稀少な武器や防具などのアイテムが見つかるため危険を承知で探索する者が多い。それが冒険者と呼ばれる存在だ。
 地中深くに眠っていた旧世界の遺跡が地殻変動で地上に出たのではないか、という説が有力なんだって。

 どういう原理か分からないけど、ダンジョンは誰かが最奥に到達すると価値を失う。新たな宝箱が出現しなくなり、モンスターも二度と湧き出てこなくなるらしい。みんなが騒いでいるのはこのためだ。

 詳しい内容が知りたいのに、人垣が邪魔で掲示板に近付くこともできない。

「……全然見えん」

 僕の後ろに立つゼルドさんが低い声でボヤいた。すると、今まで騒いでいた冒険者たちが一斉に振り返り、悲鳴をあげて左右に割れた。

「き、来てたのか」
「気付かなかったぜ」
「やべえ、殺されちまう」

 怯える彼らを無視して前に進み、ゼルドさんは掲示板の張り紙を上から下まで眺めた。僕も隣で内容を確認する。

 踏破されたのは辺境の村にあるダンジョンで、先ほど誰かが言っていた通り、一人の冒険者が踏破したという。パーティーを組まずにダンジョンに入るくらいなのだから、きっと恐ろしく強い人に違いない。

 張り紙に書かれた村の名前に胸が痛む。
 こんな形で目にするとは思わなかった。

「……もう行きましょうか」
「ああ」

 僕たちは掲示板の前から退いた。
 遠巻きに見ていた冒険者たちが再び張り紙に群がるが、先ほどまでとは違い、話し声は控えめになっている。

「ライルくん、ゼルドさん、いらっしゃい」
「こんにちはマージさん」
「あの知らせを掲示してからみんな大騒ぎしちゃって。静かにさせてくれて助かったわ」

 確かに、さっきまでギルドのフロアは大騒ぎで、会話もままならないほどだった。受付嬢のマージさんはカウンターから離れるわけにもいかず、かと言って誰かが受付をしに来ることもなく、ただみんなが落ち着くのを待つしかなかった。

「それでどうしたの?まさか、昨日の今日で探索に行くつもりじゃないでしょうね?」

 昨日の昼過ぎに帰還したばかりだ。
 さすがにそれはない、と即座に否定する。

「アルマさんに戦利品の買い取りをお願いしてて」
「そうだったわね。査定は終わってるはずだから、奥で聞いてみて」
「わかりました、ありがとうございます」

 カウンターから離れようとした時にふと思い立ち、再びマージさんに向き直る。

「ダンジョンを踏破した人、単独ソロって書いてありましたけど、そんなことありえるんですか?」
「それなのよねぇ……」

 僕の問いに、マージさんは難しい顔で唸った。

「数年前までならいざ知らず、今はどこのギルドでも探索許可制度を徹底しているの。だから、今回の踏破者が『単独でダンジョンに潜ることを許可された』のは間違いないわ」
「すごく強いってことですよね?」
「ええ。でも、ダンジョン探索は単純な強さだけでするもんじゃないわ」

 そう言いながら、マージさんの視線が僕からゼルドさんへと移った。

「モンスターを倒す戦闘力、長時間の探索に耐え得る体力と忍耐力、計画性の高さなんかも必要ね。普通は何人かで補い合うものなんだけど」
「他の人たちは最低でも三人で組んでますしね」

 冒険者は大体三~五人くらいでパーティーを組んつでいる。二人組の僕たちは珍しい部類だ。

「ゼルドさんは強さに問題はないけど、計画性とコミュニケーション能力が壊滅的なのよね。まあ、あなたの場合はそれだけじゃないけど」
「…………自覚はしている」

 確かに、ゼルドさんのコミュニケーション能力は皆無だ。本人の口数が少なすぎるし、そもそも見た目で怖がられて会話が成り立たない。買い物をするのも一苦労で、行きつけの武器屋と防具屋以外は必ず僕が同行している。

「だからライルくんと組むように勧めたの。彼、すごく気が利くでしょ?」
「いつも助けられている」
「いえっ、僕なんか足を引っ張ってばかりで!」

 僕がゼルドさんと組むようになったのは、マージさんがそう勧めたからだ。

 その頃の僕は誰とも組んでなくて、ギルドの雑用係をして日銭を稼ぎ、一生下働きのままでもいいかな~と呑気に考えていた。この話が舞い込んだ時は本当にビックリしたし、初顔合わせの時は半泣きになったほどだ。

 でも、彼が抱える『支援役を必要とする本当の理由』を聞き、すぐに引き受けた。

「今回の件でまた無茶な探索をする人が増えるわ。単独ソロで踏破なんて前例ができちゃったんだから」

 ギルドの受付嬢は単なる事務員ではない。冒険者の能力を見抜き、無謀な探索に出るのを止めるストッパー的存在。

 マージさんが危惧しているのは、自分の能力を過信した冒険者が危険をおかすこと。最悪ギルドに許可を取らずにダンジョンに潜る輩が現れる。そうなれば何かあっても救助に向かうことはできない。

「そんなことにならないといいですね」
「ええ、本当に」

 改めてギルドのフロアを見渡す。ダンジョン踏破の知らせに盛り上がる冒険者たちの姿に複雑な気持ちになった。

「ゼルドさん、単独ソロでダンジョンに潜ったことはありますか」
この町オクトに来るまでは一人で潜っていた」
「えっ」

 意外な返答に思わず隣に立つゼルドさんを見上げる。少々バツが悪そうにしているから、聞かれなければ自ら言う気はなかったに違いない。誰かと組んでいる姿が想像できないから薄々そうじゃないかと思ってはいたけれど、ハッキリ肯定されるとやはり驚いてしまう。

「これまで何箇所かのギルドを巡ってきたが、私の事情を見抜いてダンジョン探索許可を出さなかったのは彼女だけだ」

 ゼルドさんから視線を向けられたマージさんはクスッと笑いながら肩をすくめた。

「……もう一人で行かないですよね?」
「ああ、ライルくんがいないと困る」
「良かった」

 何度か同行したから戦力的には問題がないと分かっている。それでも、彼を一人で行かせたくないと強く思った。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

使い捨ての元神子ですが、二回目はのんびり暮らしたい

夜乃すてら
BL
 一度目、支倉翠は異世界人を使い捨ての電池扱いしていた国に召喚された。双子の妹と信頼していた騎士の死を聞いて激怒した翠は、命と引き換えにその国を水没させたはずだった。  しかし、日本に舞い戻ってしまう。そこでは妹は行方不明になっていた。  病院を退院した帰り、事故で再び異世界へ。  二度目の国では、親切な猫獣人夫婦のエドアとシュシュに助けられ、コフィ屋で雑用をしながら、のんびり暮らし始めるが……どうやらこの国では魔法士狩りをしているようで……?  ※なんかよくわからんな…と没にしてた小説なんですが、案外いいかも…?と思って、試しにのせてみますが、続きはちゃんと考えてないので、その時の雰囲気で書く予定。  ※主人公が受けです。   元々は騎士ヒーローもので考えてたけど、ちょっと迷ってるから決めないでおきます。  ※猫獣人がひどい目にもあいません。 (※R指定、後から付け足すかもしれません。まだわからん。)  ※試し置きなので、急に消したらすみません。

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...