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9話・ダンジョン踏破の知らせ
しおりを挟む戦利品の買い取りのためにギルドに立ち寄ったら、なんだかそれどころではない雰囲気だった。
「うおお、ダンジョン踏破!?マジかよ!」
「しかも単独で?どんなバケモンだ!」
フロアでは十数人もの冒険者たちが大騒ぎしていて、中に入るのをためらってしまう。
どうやら僕たちが来る少し前に大きな知らせが飛び込んできたらしい。掲示板に貼られた一枚の紙を、誰もが食い入るように見つめて熱く語り合っている。
「ダンジョン踏破……?」
何度も聞こえてきた言葉を思わず呟く。
ダンジョンとは、人里の近くに現れるモンスターの巣窟みたいな場所の総称。内部の構造は複雑で攻略は難しいが、宝箱から稀少な武器や防具などのアイテムが見つかるため危険を承知で探索する者が多い。それが冒険者と呼ばれる存在だ。
地中深くに眠っていた旧世界の遺跡が地殻変動で地上に出たのではないか、という説が有力なんだって。
どういう原理か分からないけど、ダンジョンは誰かが最奥に到達すると価値を失う。新たな宝箱が出現しなくなり、モンスターも二度と湧き出てこなくなるらしい。みんなが騒いでいるのはこのためだ。
詳しい内容が知りたいのに、人垣が邪魔で掲示板に近付くこともできない。
「……全然見えん」
僕の後ろに立つゼルドさんが低い声でボヤいた。すると、今まで騒いでいた冒険者たちが一斉に振り返り、悲鳴をあげて左右に割れた。
「き、来てたのか」
「気付かなかったぜ」
「やべえ、殺されちまう」
怯える彼らを無視して前に進み、ゼルドさんは掲示板の張り紙を上から下まで眺めた。僕も隣で内容を確認する。
踏破されたのは辺境の村にあるダンジョンで、先ほど誰かが言っていた通り、一人の冒険者が踏破したという。パーティーを組まずにダンジョンに入るくらいなのだから、きっと恐ろしく強い人に違いない。
張り紙に書かれた村の名前に胸が痛む。
こんな形で目にするとは思わなかった。
「……もう行きましょうか」
「ああ」
僕たちは掲示板の前から退いた。
遠巻きに見ていた冒険者たちが再び張り紙に群がるが、先ほどまでとは違い、話し声は控えめになっている。
「ライルくん、ゼルドさん、いらっしゃい」
「こんにちはマージさん」
「あの知らせを掲示してからみんな大騒ぎしちゃって。静かにさせてくれて助かったわ」
確かに、さっきまでギルドのフロアは大騒ぎで、会話もままならないほどだった。受付嬢のマージさんはカウンターから離れるわけにもいかず、かと言って誰かが受付をしに来ることもなく、ただみんなが落ち着くのを待つしかなかった。
「それでどうしたの?まさか、昨日の今日で探索に行くつもりじゃないでしょうね?」
昨日の昼過ぎに帰還したばかりだ。
さすがにそれはない、と即座に否定する。
「アルマさんに戦利品の買い取りをお願いしてて」
「そうだったわね。査定は終わってるはずだから、奥で聞いてみて」
「わかりました、ありがとうございます」
カウンターから離れようとした時にふと思い立ち、再びマージさんに向き直る。
「ダンジョンを踏破した人、単独って書いてありましたけど、そんなことありえるんですか?」
「それなのよねぇ……」
僕の問いに、マージさんは難しい顔で唸った。
「数年前までならいざ知らず、今はどこのギルドでも探索許可制度を徹底しているの。だから、今回の踏破者が『単独でダンジョンに潜ることを許可された』のは間違いないわ」
「すごく強いってことですよね?」
「ええ。でも、ダンジョン探索は単純な強さだけでするもんじゃないわ」
そう言いながら、マージさんの視線が僕からゼルドさんへと移った。
「モンスターを倒す戦闘力、長時間の探索に耐え得る体力と忍耐力、計画性の高さなんかも必要ね。普通は何人かで補い合うものなんだけど」
「他の人たちは最低でも三人で組んでますしね」
冒険者は大体三~五人くらいでパーティーを組んつでいる。二人組の僕たちは珍しい部類だ。
「ゼルドさんは強さに問題はないけど、計画性とコミュニケーション能力が壊滅的なのよね。まあ、あなたの場合はそれだけじゃないけど」
「…………自覚はしている」
確かに、ゼルドさんのコミュニケーション能力は皆無だ。本人の口数が少なすぎるし、そもそも見た目で怖がられて会話が成り立たない。買い物をするのも一苦労で、行きつけの武器屋と防具屋以外は必ず僕が同行している。
「だからライルくんと組むように勧めたの。彼、すごく気が利くでしょ?」
「いつも助けられている」
「いえっ、僕なんか足を引っ張ってばかりで!」
僕がゼルドさんと組むようになったのは、マージさんがそう勧めたからだ。
その頃の僕は誰とも組んでなくて、ギルドの雑用係をして日銭を稼ぎ、一生下働きのままでもいいかな~と呑気に考えていた。この話が舞い込んだ時は本当にビックリしたし、初顔合わせの時は半泣きになったほどだ。
でも、彼が抱える『支援役を必要とする本当の理由』を聞き、すぐに引き受けた。
「今回の件でまた無茶な探索をする人が増えるわ。単独で踏破なんて前例ができちゃったんだから」
ギルドの受付嬢は単なる事務員ではない。冒険者の能力を見抜き、無謀な探索に出るのを止めるストッパー的存在。
マージさんが危惧しているのは、自分の能力を過信した冒険者が危険をおかすこと。最悪ギルドに許可を取らずにダンジョンに潜る輩が現れる。そうなれば何かあっても救助に向かうことはできない。
「そんなことにならないといいですね」
「ええ、本当に」
改めてギルドのフロアを見渡す。ダンジョン踏破の知らせに盛り上がる冒険者たちの姿に複雑な気持ちになった。
「ゼルドさん、単独でダンジョンに潜ったことはありますか」
「この町に来るまでは一人で潜っていた」
「えっ」
意外な返答に思わず隣に立つゼルドさんを見上げる。少々バツが悪そうにしているから、聞かれなければ自ら言う気はなかったに違いない。誰かと組んでいる姿が想像できないから薄々そうじゃないかと思ってはいたけれど、ハッキリ肯定されるとやはり驚いてしまう。
「これまで何箇所かのギルドを巡ってきたが、私の事情を見抜いてダンジョン探索許可を出さなかったのは彼女だけだ」
ゼルドさんから視線を向けられたマージさんはクスッと笑いながら肩をすくめた。
「……もう一人で行かないですよね?」
「ああ、ライルくんがいないと困る」
「良かった」
何度か同行したから戦力的には問題がないと分かっている。それでも、彼を一人で行かせたくないと強く思った。
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