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8話・心の傷は未だ消えず
しおりを挟む「ほんっとーにすみませんでしたァ!」
「謝ることはない」
「でも、僕またご迷惑を……」
ベッド脇の床で土下座&謝罪する僕に、ゼルドさんは苦笑いを浮かべている。
徹夜での針仕事が祟り、僕は気を失うように眠りにおちた。あろうことか、ゼルドさんの膝の上にまたがったままの状態で。
起こさないよう、ゼルドさんは僕を抱えた体勢で動かずにいてくれた。数時間後、彼の腕の中で目を覚ました時は何が起きたのか分からず、真顔で数十秒見つめあってしまったほどだ。
「もうすぐ昼だ。そろそろ起こそうかと思っていた」
「あああああ!僕のせいで朝ごはん食べ損ねちゃったんですよね?ごめんなさい!」
「……謝るなと言っている」
涙目で謝罪を続ける僕を見て、ゼルドさんが溜め息をついた。また眉間にシワが寄っている。その顔を見たくなくて、俯いて視線をそらした。
「すみません、すみません、ごめんなさい」
「…………」
困らせるだけなのに、自己満足だと分かっているのに、謝罪の言葉が口からあふれて止まらない。不安と焦りがごちゃ混ぜになって、自分でコントロールできなくなる。
──だって、役立たずは酷い目に遭う。
「ライルくん」
「は、はいっ」
青ざめる僕の両肩を掴み、グイッと上を向かせ、ゼルドさんは無理やり視線を合わせた。真剣な眼差しに射抜かれ、身体がこわばる。
「君はよくやっている。探索から帰還したばかりで疲れているのに、私のために徹夜で作ってくれたんだろう?感謝している」
「でも」
そもそも、ゼルドさんの鎧が壊れてしまったのは僕が油断したから。代わりに装備した鎧が脱げなくて不便を強いているのも元をただせば僕のせい。不便を少しでも減らせるよう努力するのは当たり前。
それなのに、ゼルドさんは一度も責めない。
言葉を選んで慰めてくれている。
「昼食を食べにいこう」
「……、……はい」
ゼルドさんは『あの人たち』とは違う。
支援役の僕を仲間として扱ってくれる。
誠実で優しい人だと分かっているのに。
おなかがふくれた頃には、さっきまでの鬱々とした気持ちがどこかへ消え失せていた。なんであんなに取り乱しちゃったんだろう、恥ずかしい。
落ち着いた僕をみて、ゼルドさんも安心したみたいだった。
定食屋のテーブルで向かい合って座り、食後のお茶を飲みながら、今後の予定を相談する。
「今日明日は休養とする」
「わかりました。その間に色々準備しておきますね」
「徹夜は禁止だ。きちんと休め」
「ウッ……」
僕が情緒不安定になったのは疲労と睡眠不足と空腹のせいだと思ったらしい。まあ、多分その通りだろう。また醜態をさらすくらいなら素直に休養したほうがいい。
「服の直しも外注してくれて構わない」
そう言いながら、ゼルドさんは鎧の下の服を指差した。僕が徹夜で改造したものだ。
「アッ、もしかして着心地悪いですか?」
肌に直接触れるものだから気を付けたつもりだけど、本職の針子さんに比べれば拙い仕上がりだ。特に、最後のあたりは半分寝ながら作業していたから縫い目が安定していない。
「そうではない。何着も手を加えるなら時間と手間が掛かるから、君が休む時間が無くなる」
「でも」
「指の傷は縫う時に負ったのだろう?」
「……はい」
指摘され、拳を握って指先の傷を隠す。
キルト生地は厚いから縫うのもひと苦労で、力加減を誤って何度か指に針を刺してしまった。
昨夜はああでもないこうでもないと悩みながら作業したので時間が掛かったが、やり方さえ決まれば後は手を動かすだけ。
針子さんに頼むと改造箇所の説明から始めないといけないし、何日で仕上げてもらえるか分からないし、何より手間賃がかかる。自分でできることに関しては余計な出費をしたくない。
ゼルドさんの身体を保護する大切な服だ。
他人任せにしたくないという気持ちもある。
「ちゃんと休憩しながら作業しますから、僕にやらせてください」
「……無理はしないと約束してくれ」
「はいっ」
定食屋を出てから雑貨屋に立ち寄り、厚手の生地を縫うための針や糸、補強用の布などを補充する。あと、吸汗性に優れた布を多めに買った。
「あ、そうだ。戦利品の精算まだでしたよね。ギルドに寄っていきましょう」
「ああ」
昨日の時点では軽く鑑定しただけで、まだ戦利品を買い取ってもらえていない。丸一日経ったし、そろそろ買い取り金額も決まった頃だろう。
しかし、すんなりとはいかなかった。
ギルドが大騒ぎになっていたからだ。
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