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5話・鎧の下の服を脱ごう
しおりを挟むダンジョン探索を終えた僕たちの身体は砂埃や汗で汚れている。お風呂でサッパリしてからじゃないとベッドに寝転がることすらできない。
しかし、と僕はゼルドさんを見た。
彼の上半身は胴鎧でガッチリ覆われており、留め金が外せないため脱ぐことは不可能。更に、鎧の下にはキルト生地で作られた厚手の長袖を着込んでいる。これをなんとかしなくては。
「……切っちゃいますか」
「!できるのか」
腰につけたポーチを探り、中からハサミを取り出す。薬草採取や簡単な繕い物をする時に使う携帯用の小さなハサミだ。これを使えば鎧と肌の隙間に入れて衣服を切ることができる。
「椅子に座ってください」
「あ、ああ」
戸惑いながらも、ゼルドさんは部屋にある丸椅子に腰を下ろした。僕は床に膝をつき、ハサミを手に構える。
普通のシャツと同じように前面は縦一列のボタンで留められている。金属製の鎧に当たってもカチカチ音が鳴らないよう、布で包まれた小さなボタンだ。
まず肩当てを外してから鎧に覆われていない袖の縫い目にそってハサミを入れ、両袖を切り離した。手首を守る金属製の手甲を外し、衣服の袖を腕から引き抜く。
難しいのはここからだ。
鎧自体は脱げないので隙間に手を突っ込む必要がある。身体を拭く時より慎重にやらなければならない。今回はハサミを使う。下手をすれば、ゼルドさんの肌を傷付けてしまうからだ。
僕の緊張が伝わったのか、ゼルドさんも表情をこわばらせている。
袖ぐり部分にハサミを持った手を差し込み、側面の縫い目を切り離していく。小さなハサミでは一度に小指の爪ほども進まない。時間は掛かるが仕方がない。大きな断ちバサミを入れる隙間なんかないんだから。
「……クッ」
不意に、ゼルドさんが苦しげに呻いた。
慌てて見上げると、彼は口元を手で隠して目を固く閉じていた。
「痛かったですか?」
「いや、こそばゆくてな」
脇腹辺りでモゾモゾされてくすぐったかったらしい。僕の作業の邪魔にならないよう、身じろぎすらせずに我慢してくれている。
次に、腰の辺りから手を差し込んで切っていく。肘まで鎧の下に潜り込ませるため、どうしても身体が密着してしまう。
「それより大丈夫か」
「?何がです?」
「……臭くはないか」
四日間のダンジョン探索後、着替えも風呂もしていない状態で密着しているのだ。汗臭さを気にしているみたい。なんにもにおわない訳じゃないけど不快ではない、というかお互い様だ。
「ぜんぜん!僕こそ臭くないですか?洗ってないんで髪もベタベタしてるし、におったらすみません」
「いや、……」
ゼルドさんはそこで言葉を切り、黙り込んだ。
やっぱり臭かったんだろうか。
さっき口元を手で隠していたのだって、においを遮断するためだったのかも。先にお風呂と着替えを済ませてから作業したほうが良かったかな。いや、ゼルドさんを差し置いて自分だけサッパリするなんてできない。
「あと少しで終わるんで我慢してください」
「あ、ああ」
できるだけ慎重かつ素早く縫い目を断ち、ゼルドさんに不快な思いをさせないように努める。ハサミの背が這うたびに下腹部に力が入るのが伝わってくる。
数十分の格闘の末、全ての縫い目を切り離すことに成功した。バラバラになった布地を引き抜く。キルト生地の厚みぶんの隙間が鎧と肌の間に生まれ、ゼルドさんはホッと息をついた。
キルト生地の衣服はパーツごとに分け、机の上に並べた。裁断箇所がほつれて中綿がはみ出てしまったので、これは後で修繕する。
邪魔なものは取り払った。
次はお風呂だ。
宿屋の一階、中庭に面した浴室は壁と床面が石で造られていて、泊まりの客ならば利用できる。水瓶には水がなみなみと満たされているし、頼めば石造りの浴槽に湯を張ってもらうこともできる。今回は数日ぶりに身体を洗うのだから、当然お湯のほうがいい。宿屋に帰った際にお湯を頼んでおいたから、ちょうど良い頃合いだろう。
「さ、ゼルドさん入りましょう!」
「一緒に?」
「そりゃそうですよ。ゼルドさんの腕じゃ鎧の下までは洗えないじゃないですか。お手伝いします」
「しかし」
「せっかくのお湯が冷めちゃいますよ!」
渋るゼルドさんの腕を無理やり引っ張り、浴室へと連れ込んだ。
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