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1話・脱げない鎧
しおりを挟む「痛くないですか?」
「問題ない。続けてくれ」
「わかりました。次は前のほう失礼しますね」
ぼんやりと光る苔に照らされた洞窟内。その岩壁に背を預けている男の人……ゼルドさんに、僕はぴったり身体をくっつけていた。
吐息と衣擦れの音しか聞こえない静かな空間。
この場所にいるのは、今は僕たち二人だけ。
「んっ……」
僕が動いた瞬間、ゼルドさんが小さく呻く。
しまった、痛くしてしまっただろうか。
「ごめんなさい、あと少しですから」
「……ッ、構わずやってくれ」
「はいっ」
更に身体を密着させ、狭いところに腕を押し込む。入りやすくするため、ゼルドさんは呼吸を止めて腹部に力を入れてくれている。早く済ませてしまわないと。
ぐぐ~っと奥まで突っ込み、手にしたもので湿った部分を綺麗に拭う。ひと通り終えたのを確認してから、一気に腕を引き抜いた。
「とりあえず全部拭けましたっ!」
「ああ」
「どうでしょう、スッキリしました?」
笑顔で終わりを告げると、息を乱したゼルドさんが自分の腹部を鎧の上から撫でた。
「すまない、ライルくん」
「僕はゼルドさん専属の支援役[サポーター]ですから、これくらい気にしないでください」
──今何をしていたかと言うと、ゼルドさんの鎧の隙間から手を突っ込んで身体を拭いていたのだ。
僕たちはいわゆる冒険者という存在で、洞窟のようなダンジョンを探索している真っ最中。現在地は安全確保済みの今夜の休憩ポイントだ。
探索二日目、モンスターに襲われてゼルドさんの防具である鎧が大破してしまった。その後、宝箱から立派な鎧を手に入れたので代わりに装備したまでは良かったんだけど、どういうワケか鎧が脱げない。留め金が壊れたのか、外そうとしてもビクともしない。
不幸中の幸いは、全身鎧ではなかったこと。
ゼルドさんの『脱げない鎧』は金属製の胴鎧。覆われているのは上半身。丈はヘソ下までだから脱げなくても排泄はできる。
でも、鎧をずっと着っぱなしっていうのは結構キツい。鎧の下にはキルト生地で作られた厚手の長袖を装備している。金属鎧で肌が傷つかないようにするために着込んでいるんだけど、厚手だから動き回ると当然暑い。
普通ならば休憩時に鎧を脱いで汗を拭くか下着を取り替えれば済むが、脱げないのだから仕方ない。放置すれば汗が蒸れて痒くなり、戦いの最中に気が散ってしまう。
自分で拭こうにも鎧と肌との隙間はほとんどなく、ゼルドさんの太い腕では入らない。小柄な僕の細腕ならギリギリねじ込めるので、身体を拭くのは僕の役目になった、というワケだ。
「今回は早めに探索を切り上げたほうがいいかもしれません。町に戻れば鎧も外せるはずですから」
「……、……そうだな」
帰還を提案すれば、ゼルドさんは少し考えてから賛同してくれた。やはり今の状況がつらいのだろう。
「用を足してくる」
「わかりました」
身体を拭き終わったあと、ゼルドさんは毎回理由をつけてどこかへ行ってしまう。最初は分からなかったけど、二回目ともなると流石に察する。
要するに、密着して肌を撫で回されているうちに勃ってしまったのだ。
ダンジョン探索中は性的な発散ができない。そんな時に他人に身体を触られて反応しても不思議ではない。ただの生理現象なんだから。
「真面目な人なんだよなぁ……」
年下で支援役の僕を不快にさせないよう理由を伏せ、わざわざ離れた場所まで行って一人で済ますのだから、ゼルドさんは本当に紳士だと思う。
「──本当に、良い人」
ぽつりと呟いた僕の声は、ダンジョン内の岩壁に吸い込まれて消えた。
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