上 下
1 / 118

1話・脱げない鎧

しおりを挟む



「痛くないですか?」
「問題ない。続けてくれ」
「わかりました。次は前のほう失礼しますね」

 ぼんやりと光る苔に照らされた洞窟内。その岩壁に背を預けている男の人……ゼルドさんに、僕はぴったり身体をくっつけていた。

 吐息と衣擦れの音しか聞こえない静かな空間。
 この場所にいるのは、今は僕たち二人だけ。

「んっ……」

 僕が動いた瞬間、ゼルドさんが小さく呻く。
 しまった、痛くしてしまっただろうか。

「ごめんなさい、あと少しですから」
「……ッ、構わずやってくれ」
「はいっ」

 更に身体を密着させ、狭いところに腕を押し込む。入りやすくするため、ゼルドさんは呼吸を止めて腹部に力を入れてくれている。早く済ませてしまわないと。

 ぐぐ~っと奥まで突っ込み、手にしたもので湿った部分を綺麗に拭う。ひと通り終えたのを確認してから、一気に腕を引き抜いた。

「とりあえず全部拭けましたっ!」
「ああ」
「どうでしょう、スッキリしました?」

 笑顔で終わりを告げると、息を乱したゼルドさんが自分の腹部を

「すまない、ライルくん」
「僕はゼルドさん専属の支援役[サポーター]ですから、これくらい気にしないでください」

 ──今何をしていたかと言うと、ゼルドさんの鎧の隙間から手を突っ込んで身体を拭いていたのだ。

 僕たちはいわゆる冒険者という存在で、洞窟のようなダンジョンを探索している真っ最中。現在地は安全確保済みの今夜の休憩ポイントだ。

 探索二日目、モンスターに襲われてゼルドさんの防具である鎧が大破してしまった。その後、宝箱から立派な鎧を手に入れたので代わりに装備したまでは良かったんだけど、どういうワケか鎧が脱げない。留め金が壊れたのか、外そうとしてもビクともしない。

 不幸中の幸いは、全身鎧ではなかったこと。

 ゼルドさんの『脱げない鎧』は金属製の胴鎧。覆われているのは上半身。丈はヘソ下までだから脱げなくても排泄はできる。

 でも、鎧をずっと着っぱなしっていうのは結構キツい。鎧の下にはキルト生地で作られた厚手の長袖を装備している。金属鎧で肌が傷つかないようにするために着込んでいるんだけど、厚手だから動き回ると当然暑い。

 普通ならば休憩時に鎧を脱いで汗を拭くか下着を取り替えれば済むが、脱げないのだから仕方ない。放置すれば汗が蒸れて痒くなり、戦いの最中に気が散ってしまう。

 自分で拭こうにも鎧と肌との隙間はほとんどなく、ゼルドさんの太い腕では入らない。小柄な僕の細腕ならギリギリねじ込めるので、身体を拭くのは僕の役目になった、というワケだ。

「今回は早めに探索を切り上げたほうがいいかもしれません。町に戻れば鎧も外せるはずですから」
「……、……そうだな」

 帰還を提案すれば、ゼルドさんは少し考えてから賛同してくれた。やはり今の状況がつらいのだろう。

「用を足してくる」
「わかりました」

 身体を拭き終わったあと、ゼルドさんは毎回理由をつけてどこかへ行ってしまう。最初は分からなかったけど、二回目ともなると流石に察する。

 要するに、密着して肌を撫で回されているうちにってしまったのだ。

 ダンジョン探索中は性的な発散ができない。そんな時に他人に身体を触られて反応しても不思議ではない。ただの生理現象なんだから。

「真面目な人なんだよなぁ……」

 年下で支援役の僕を不快にさせないよう理由を伏せ、わざわざ離れた場所まで行って一人で済ますのだから、ゼルドさんは本当に紳士だと思う。

「──本当に、良い人」

 ぽつりと呟いた僕の声は、ダンジョン内の岩壁に吸い込まれて消えた。


 
しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

触れるな危険

紀村 紀壱
BL
傭兵を引退しギルドの受付をするギィドには最近、頭を悩ます来訪者がいた。 毛皮屋という通り名の、腕の立つ若い傭兵シャルトー、彼はその通り名の通り、毛皮好きで。そして何をとち狂ったのか。 「ねえ、頭(髪)触らせてヨ」「断る。帰れ」「や~、あんたの髪、なんでこんなに短いのにチクチクしないで柔らかいの」「だから触るなってんだろうが……!」 俺様青年攻め×厳つ目なおっさん受けで、罵り愛でどつき愛なお話。 バイオレンスはありません。ゆるゆるまったり設定です。 15話にて本編(なれそめ)が完結。 その後の話やら番外編やらをたまにのんびり公開中。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。

竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。 溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。 みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。 囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。 サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。 真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。 ☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正 ⭐残酷表現あります。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...