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おまけ
小話:赤朽葉の系譜 4
しおりを挟む急に笑い出したディレンに対し、メラリアは眉をひそめた。
下賤の血が混じった卑しい子であり、自分の言うことを黙って素直に聞いていた従順な甥。その彼が話の腰を折るような真似をしたからだ。
メラリアの不快を感じ取り、そばで膝をついて控えていた黒づくめが立ち上がった。そして、笑い続けるディレンの肩を掴もうと手を伸ばした。
しかし、バチッという乾いた音と共にその手は弾かれ、触れることすら叶わなかった。
「あたくしに逆らうつもり?」
笑いながら、メラリアが手にしていた扇を僅かに持ち上げた。それを合図に、左右の壁添いに並んで待機していた完全武装の兵士たちが一斉に飛び掛かってきた。
「隣の部屋にも兵がたくさん控えているのよ。多少は魔術が使えるようだけれど、貴方ひとりで何が出来ると言うの? あたくしに従えば地位も名誉も与えてやるというのに」
「だからおまえの操り人形になれってか? 冗談じゃない。オレには自分の意志がある」
「嗚呼、愚かな子だこと。大人しく従えばよいものを。……仕方ないわね、少し痛い目を見せておやり」
その言葉を合図に、ディレンは兵士たちに取り囲まれた。十数本もの抜き身の剣が向けられている。少しでも動けばすぐさま斬りつけられるだろう。命までは取られないだろうが、ディレンが逆らう気持ちを捨てるまで痛めつけるつもりだ。
「コレが普通なんだよなぁ」
深い溜め息をつきながら、ディレンは両手を上にあげた。降伏のポーズだと誰もが思った。
だが違う。
一旦掲げた両手をサッと広げ、結界の魔術で兵士たちの動きを止めたのだ。突然身体の自由を奪われ、兵士たちは狼狽えた。
「おや、まあ」
メラリアは寝椅子にもたれていた身体を起こして感嘆の声をあげた。珍しい見世物を目にしたように目を輝かせている。
「それが魔術ね、面白いこと。他には何が出来るのかしら。見せてごらんなさいな」
マギエリア家の魔術は戦闘に不向きであると調べはついているのだろう。まだ自分が場の支配者であると思い違いをしているメラリアに対し、ディレンは満面の笑みで応えた。
「ええ、伯母上様。とくとご覧ください」
ディレンが得意とするのは結界術と抗術である。結界は主に空間を固定して密室を作ったり音が外に漏れないようにする魔術。兵士たちの動きを封じたのは彼らの身体の周囲の空間を固定したからだ。
その結界術を人体に使えばどうなるか。
「ぐっ……」
ひとり、またひとりと兵士が倒れていく。
小さな呻き声をあげて床に崩れ落ちた後はぴくりとも動かない。全員息絶えている。
流石にこれには驚いたようで、メラリアは寝椅子から立ち上がり、ディレンから距離を取った。
「誰か! 曲者を捕らえよ!!」
青い顔で別室に控えている兵士を呼ぼうと声を張り上げるが、誰も来ない。
それもそのはず。ディレンがここに来た時から、この部屋には防音の魔術が掛けられている。中から幾ら叫ぼうとも壁の向こうに声が届くことはない。
「おまえ、なにを」
「やだなあ、伯母上様が仰ったんじゃないですか。何が出来るか見せてみろって」
「や、やめ、……うっ」
ディレンが右手を前に掲げ、真っ直ぐメラリアを指差した。その途端、彼女は苦しそうに胸を押さえ、その場に膝をついた。美しい顔が苦悶に歪み、蒼白に染まっていく。
「極小の結界を体内に発生させてみました。心の臓の動きを阻害し、血の巡りを止めたのです。こうすると外傷のない綺麗な死体が出来るんですよ。……って、もう聞こえてないか」
死体だらけの部屋で、ディレンは笑った。
その後、防音の魔術を解いてからディレンは屋敷を去った。別室に控えている兵士は間もなくメラリアの死に気付くだろう。
外傷はない。毒殺でもない。
死因不明の変死体を抱え、彼らは引き上げていく他ない。
これでアデルの命を狙う輩は始末した。
ついでに自分を利用しようとした厄介な身内も始末できて、ディレンの心は晴れやかだった。
しかし、監視対象でありながら誰にも告げずに屋敷を抜け出した問題がある。正直に理由を告げれば許してもらえるだろうが、このことを誰にも話すつもりはなかった。身内の恥を晒したくないからだ。これでは祖父を責められないな、とディレンは自嘲した。
馬に乗って屋敷まで戻ると門の前に小さな明かりが灯っていた。ランプではない。魔術で生み出された光球だ。ラグロだろうかと思って近付く。
「おかえり、ディレン」
「……アデル様」
待っていたのはアデルだった。
屋敷を抜け出したのは深夜過ぎ。今はもう明け方近い時間である。
慌てて馬から飛び降りて駆け寄る。そっと手を伸ばして頬に触れると、アデルはくすぐったそうに目を細めた。一体いつから外にいたのか、彼の頬はひんやりと冷たかった。
「オレを出迎えるために外に出ていたのですか」
「うん。やっぱりこの季節は寒いね」
寝間着の上に厚手のガウンを着込んではいるが、それでも夜の空気は刺すように冷たい。外にいるだけで震えがくる。
「申し訳ありません。勝手な行動を」
「何のこと? ただの散歩でしょ」
アデルは今夜のことを不問にすると決めたらしい。ディレンの手を引いて、そのまま屋敷の玄関へと向かう。
ちらりと上に視線を向ければ、屋敷の三階にある客室の明かりがついていた。窓からこちらを見下ろす人影が見える。アデルが動けば他の四人も当然気付く。全員にバレていたのか、とディレンは小さく息をついた。何があったのか知られているかもしれない。
「アデル様」
「ん?」
窓から死角に入る玄関ポーチの下で、ディレンはアデルを呼び止めた。そして、振り向いた彼の小さな身体を抱き締める。
今しがた血縁を殺したばかりの汚れた手だ。それでも触れずにはいられなかった。自分を単なる駒ではなく、ひとりの人間として扱ってくれる彼がどれだけ特別な存在であるか、ディレンはようやく気が付いた。
突然抱きすくめられ、アデルは目を見開いた。
が、ディレンの腕が震えていることに気付き、労わるようにその背中を撫でてやった。
「外は寒かったよね。早く中に入ろう」
「……はい、アデル様」
その夜はアデルの計らいで同じ部屋で寝ることになった。両隣はアルタリオとアシオンが陣取っている。新参のディレンの場所は一番端となったが、同じ空間で過ごせるだけで幸せだった。
そんな中、ラグロが小声で話し掛けてきた。
「フルで防御魔術掛けとくべきだった」
「やめろ、弾かれる」
「やっぱ触れたのか」
「……カマかけたのかよ」
目を封印したままのラグロに全てを見透かされたような気がして、ディレンは顔を引きつらせた。
ラグロならともかく、他の三人に気持ちの変化を知られたら命の保証はない。死にたくないなどと思ったのは生まれてから初めてで、ディレンはこの気持ちを隠し通すことを心に決めた。
アデル暗殺の危機は完全に去り、アシオンたちは王都に戻ることになった。来た時より激しく泣き喚くアシオンを宥め、なんとか馬車に乗せた。
カナンやラグロ、ディレンも一緒に王都へ帰る。
アデルの隣に立つアルタリオは満面の笑みで友人たちを見送っていたが、馬車の姿が見えなくなると小さく息をついた。その表情はやや憂いを帯びている。
「……騒がしいだけの連中ですが、いなくなれば寂しいものです」
「うん。また遊びに来てくれるといいね」
「すぐに来ますよ。大騒ぎしながら」
「楽しみだね」
こうして北部にいつもの日々が戻った。
……が、カインから隠し事をした件で詰め寄られ、アデルはまた怒られてしまった。
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・:*+.\(( °ω° ))/.:+
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> 地辻 夜行 様
ご感想ありがとうございます!
今日気付いた!!迂闊!!!( ;∀;)
BLふつうに読むやん…
すごいですね…(感想に対する感想
アルファのBLはエロありきなので(偏見)定期的に入れておりますが、実際は非常にピュアな内容です
妹の暗躍でどんどん間違った方へ向かう主人公、行き着くところまで行きますぞ!
ディレン君、良かった…😭
しかし一人でもあれだけできる実力は本当に頼もしい!☺️これだけ頼もしい仲間たちが沢山居て、もう誰もアデル君に手出しはできませんね🌟
最後はほっこり心が暖かくなりました😌✨💕
> ぎんぺん 様
いつも感想ありがとうございます〜!
ディレン、完全にアデル側につきました✨
優秀な子は全員味方にしたい派( ´∀`)
頼りになるメンバーが揃ったので、今後は安泰だと思われます
ハピエン大好き╰(*´︶`*)╯♡