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おまけ

小話:赤朽葉の系譜 2

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「おや、今日は随分と賑やかだね」

「「「お邪魔してまーす」」」


 いつもの巡回任務を終えて帰宅したカインが見たのは、応接室で寛ぐ同級生組の面々だった。今は仲良くカードゲームに興じているところだ。
 その様子を微笑ましく眺めながらも、この場にいるのが全員アデルを狙っているという事実を思い出す。


「アデル君、彼らは何の用事で?」

「へ? えーと……同窓会、的な」

「ふうん?」


 こっそり尋ねるカインに対し、正直に理由を話すことも出来ず、アデルは笑って言葉を濁した。

 つい二ヶ月前に王都に帰った際に顔を合わせたばかりだ。それに、こんな辺鄙な土地に貴族の子息ばかりが集まるのもおかしい。そうは思っても、友人たちの手前しつこく問い質すことも出来ない。

「ごゆっくり」と、カインは応接室から出ようとした。扉のすぐ脇にはディレンが立って控えている。彼は和気あいあいと騒ぐ同級生組に混ざることはない。法務部の監視下に置かれ、自由行動を許されていない立場だ。同じ室内で大人しくしている他ないのだろう。


「君も楽にしたらどうだ」

「いえ、気遣いは不要です」


 壁側に置かれたソファーを指差すが、ディレンはそれを断った。まだ罪人という意識があるのか、彼はどんな時でも気を緩めることはない。

 その後、別室で侍女たちから話を聞いても何のために彼らが来たのか、その理由だけは分からないという。やはりアデルが言うようにただの同窓会か、とカインは納得し掛けた。

 しかし。


「オラーティオ様が泣きながら訪ねて来られたのにはビックリしました~」

「只事ではない様子でしたよ」


 それを聞いて、何となく今回集まった理由が分かった気がした。アデルがはっきり答えなかったのも恐らくカインの想像通りだろう。現在の様子を見る限りその懸念は消えたようだが、また隠し事をされた件については彼らが帰ってからじっくり問い詰めよう、とカインは思った。





 夜は広めの客室にベッドを複数運び込んでくっつけ、大人数で寝られるようにした。アデルの侍女たちは全員力仕事が得意である。主人の希望とあらばと、すぐに総出で対応してくれた。

 ディレンは友人ではないから同じ部屋で寝るわけにはいかない。隣室を用意してもらい、そこで休む予定だ。アデルは一緒でも構わないが他の三人が拒絶するからだ。ラグロはディレンと行動を共にする機会が多いので信頼関係は築けている。


「大丈夫か、ディレン」

「ああ、問題ない」

「……無理をするなよ」


 離れる前、ラグロが声を掛けた。ディレンを気遣う言葉だ。それに彼も気付いている。心配されたことに素直に感謝しながら、ディレンは充てがわれた部屋へと向かった。






 深夜。隣室の騒ぎがようやく収まり、明かりが消えてしばらく経った頃、ディレンの部屋の窓が外から叩かれた。
 ここは三階で、窓の外にバルコニーなどの足場はない。黒づくめの隠密と思しき人影が手招くのを見て、ディレンは窓を開け放った。そして、その手を取って外へと飛び出した。

 黒づくめの男に案内され、街から少し離れた場所で馬に乗せられた。連れていかれたのは国境を超えた先にある屋敷だった。外から見ても明かりはついていないが、廃屋ではない。この日のために用意された屋敷だと気付いて、ディレンは呆れたように息をついた。

 誰が自分を呼んだのか、彼には目星がついていた。

 屋敷の最も奥にある広間だけ煌々と明かりが灯されていた。床に敷き詰められた毛足の長い絨毯や家具、調度品も全てが一流。まるで王宮の談話室サロンのように飾られていた。左右の壁際に等間隔に並んでいるのは完全武装の屈強な兵士たち。身動ぎひとつせず、まるで飾り物の金属鎧のように見えた。

 その広間の中央に置かれた寝椅子カウチの肘掛け部にもたれかかるようにして待ち構えていたのは明らかに高貴な身分の女性だった。首元をから手首、爪先まで覆われた上質な暗い色のドレス。年の頃は四十代半ばだろうか。皺やシミなど一切ない美しい顔。眼光は鋭く、他者を圧倒させる空気を持っている。


「貴方がイミニエの子ね」


 女性はディレンの姿を見て、赤く塗られた唇を歪めて笑った。返事を期待しているわけではない。そもそも彼女はディレンと会話するつもりはないのだから。


「あの子も馬鹿なことをしたものね。でも、こうして血を残しただけでも良しとしましょう」

「……」


 跪く黒づくめの隣で無言で立ち尽くすディレン。それを咎めることなく、尚も女性は言葉を続けた。


「本当ならば、あたくしの息子たちに国を継がせたいところだけれど王家の一族の証たる髪色ではなかった。貴方は綺麗な赤朽葉あかくちばね。……どこの女の血が混じってるかは知らないけれど」


 暗に母親のことを言われ、ディレンがぴくりと反応した。しかし、ここで逆らえば彼女の側に控えている完全武装の兵が動く。ぐっと堪え、無言を貫く。

 ディレンも目の前の高貴な女性も同じ燻んだ橙色の髪をしていた。その色……赤朽葉は隣国の王族の血統を示す証。

 この高貴な女性の正体はディレンの父親である隣国の前国王イミニエ・ヴラクノーチェの姉、メラリア・アウズラスト。小国の大貴族の元に嫁いでおり、以前は非常に発言力がある人物であった。現在は繋がりのあった有力貴族のほとんどが処刑されているため、隣国での影響力はほぼ無い。

 直接顔を合わせたのは今日が初めてだが、ディレンは彼女の存在を知っていた。

 その彼女が何故今ごろになって現れたのか。


「他国の貴族がしゃしゃり出て新たな国王を決めただなんて腹立たしいこと。しかも、家名も聞いたことがないような下級貴族を擁立しただなんて穢らわしい。まあ、あたくしの名を出せばすぐ身の程を弁えて身を引くでしょうから、そちらは後で良いわ」


 隣国の新王は田舎貴族の青年だが、真に国の未来を考え、民のために政治を行う覚悟と気概と人望がある人物である。彼の人柄を認めたアデルとカインが後ろ盾になっている。
 その彼を否定することは、つまりアデルを否定されたも同然。ディレンは感情を表に出さぬように努めた。


「特使とやらを始末しようと探らせていたら偶然貴方を見つけることが出来たわ。我がヴラクノーチェ王家の血を引き、赤朽葉の髪を持つ最後の男子。──貴方が王になるべきよ」


 メラリアの赤い唇が弧を描き、ディレンを甘い言葉で縛り付けた。
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