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おまけ
小話:運命の人 中編
しおりを挟むカインに見張られるようになってから、アランは狩り場を変えた。よりにもよって、大聖堂に勤める者たちに狙いを定めたのだ。
礼拝する振りをして声を掛け、獲物を捕らえる。普段禁欲的な生活を送っている修道女や修道士、下級司祭たちはアランの誘惑に逆らえず、みな簡単に堕ちていった。
流石に大聖堂までは目が行き届かず、カインが全てを知ったのはアランが怒り狂った大司教から出入り禁止を喰らった後だった。
「聖職者を堕落させるな」
「本物の聖職者サマなら私の誘いには乗らんよ。欲があるなら俗世にいればいいんだ」
アランと関係を持った者たちはみな破門され、大聖堂から追い出されてしまった。貴族の子息による身勝手で多くの人の人生を狂わせた、と思われていたのだが、実際は違った。
破門された者たちは立場を利用し、少なくない額のお布施を懐に入れていた不届き者ばかりだったのだ。どうやったのかは分からないが、アランは不正を見抜き、寝物語に聞き出していた。そして、わざと関係を周りに吹聴して大聖堂に巣食う害虫を追い出したのである。
──自身の出禁と引き換えにして。
「愚かな人間は可愛いから好きだよ。後先考えないところがまた良い。何も持っていない人間ほど面白い」
この頃のアランは狂気に満ちていた。
何をしても咎められない立場であり、周りから恐れられ、欲を持つ者だけが彼に群がる。
そんな生き方しか出来ないのか、と側で見ていたカインは悲しくなった。
奔放なアランにも転機が訪れた。
貴族学院の最上級生となった年に入学してきた一人の少女との出逢いにより、彼は大きな変化を見せた。
「カイン、あの可憐な子は知り合いか?」
「妹の親友で、幼馴染みのマリアンナだ。……先に言っておくが、くれぐれも軽々しく手を出すなよ」
「ははあ、さては彼女が好きなんだろう?」
「おまえはすぐそういう話を……」
「怒るな怒るな。いいじゃないか、誰かを好きな気持ちを隠す必要なんかあるか?」
「おまえは少しは隠せ」
カインと親しげに挨拶を交わすマリアンナを見て、アランはすぐに興味を持った。
首席入学の才女であると知った途端、クラス委員を成績上位者にするように決めたのもアランだ。彼はマリアンナとの接点を増やすために他にも様々な手段を講じた。しかし、マリアンナがアランに靡いたり媚びを売るようなことは一度もなかった。
マリアンナと関わるようになった頃から、アランの悪癖の回数が減った。
一度マリアンナとアランが二人きりになったことがあった。それを見つけたのはカインだったが、衣服が乱れたような気配はなく、ほっと胸を撫で下ろした。
異性と話をするだけで終わるような男ではない。何かあったのかと尋ねると、アランは今までに見たことがないような嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あれぞ真の才女だ。彼女は他の女性とは違う。絶対に将来私の妻になってもらう」
「え……」
「悪いな、カイン。私は彼女と出逢ってしまった。おまえも彼女を好きだっただろうが、こうなっては譲るわけにもいかん」
「いや、……そうか」
カインの心情は複雑だった。
確かにマリアンナに対して恋心を抱いていたが、同時に厄介なクラスメイトにも惹かれていたからだ。二人がもし想い合うようになれば、カインの恋は二つとも失われることになる。
どちらも型にはまらぬ人間である。能力も思考も凡人の域を出ないカインからしてみれば次元の違う相手だ。それも当然か、と彼はすんなり身を引いた。
貴族学院卒業後、カインは騎士学校を経て騎士団へと入団。元々体格にも恵まれており、幼い頃から剣の鍛錬ばかりしていた。長く戦争がないせいで弛んでいた先輩騎士を蹴落とし、順調に騎士団での地位を上げていった。
将来有望で真面目な性分のカインは女性に人気があった。だが、将来を考えて付き合いたいと思えるほどの相手に出会う事はなかった。
可愛らしいが負けん気が強く、男に縋る生き方を嫌うマリアンナ。
妖艶な魅力で男女問わず虜にする、でも何故か憎めないアラン。
多感な時期に出逢ったこの二人の印象が強過ぎて、他の人間に興味がまったく湧かなくなったというのが主な原因だ。
マリアンナは卒業後、王宮初の女性文官となった。アランの口添えもあったが、もちろん彼女自身に実力があったからだ。女性の立場向上のための施策をいくつか提案し、受理された頃アランと結婚した。
その頃には、アランは無差別に誰かと関係を持つような真似をしなくなった。マリアンナとの取り決めがあったようで、条件を満たす場合にのみ手を出して良いらしい。不貞を許可する妻というのもどうなのだろうとカインは頭を悩ませたが、この二人の考えることは理解出来ない、と早々に思考を放棄した。
「おまえも一度は抱いてやりたかったんだが条件に合わん。こんなことなら真っ先にやっておくべきだった」
「……怖いことを言うな」
条件とやらが何なのか、この時のカインには知る由もなかった。
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