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おまけ

小話:運命の人 前編

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 カインの初恋は妹の友達だった。

 よく屋敷に遊びに来る、亜麻色の髪をした小柄で可憐な少女。彼女はその可愛らしい見た目に反して気が強く曲がったことが大嫌いで、時には大人相手にも食ってかかった。一筋縄ではいかない性格ではあるが、気を許した相手には優しい。友人の兄であるカインにも、彼女はすぐに打ち解けた。


「女の子は着飾ってニコニコしてるだけでいいだなんて前時代的だわ。能力があるのなら男女関係なく活かすべきだもの。そうは思いませんかカイン様」

「でも、やはり女性が剣を持つのは」

「手加減しないで下さいませ!」

「ま、待てマリアンナ! 危ないから!!」


 こんな調子で、マリアンナは全くお淑やかではなかった。結局剣術は不向きだと理解したようで、代わりに勉強に精を出すようになった。

 貴族の令嬢はより良い家に嫁いで夫を支え、後継ぎを生み育てるのが最大の義務であり何よりの幸せである、といった風潮を彼女は何より嫌っていた。

 負けん気の強い令嬢、それがカインが抱くマリアンナの印象だった。





 貴族学院に入学したカインは二度目の運命的な出会いを果たした。

 放課後、忘れ物を取りに戻った時のことである。教室のど真ん中にある机の上でクラスメイト同士が絡み合っているところを目撃してしまったのだ。
 相手の女生徒はすぐ逃げ出したが、男の方はその場に残り、逢瀬の邪魔をしたカインに対してにこやかに話し掛けてきた。


「やあ、すまない。もう少し目立たない場所ですべきだったかな」

「そういう問題か?」


 学び舎で何をするつもりだったのか。
 はだけたシャツのボタンを掛け直し、椅子に掛けてあった制服の上着を羽織り、彼は固まるクラスメイトに向き直った。細身の美少年である。背はカインよりやや低いくらい。彼は金色の髪を掻き上げ、涼やかな眼を細めた。


「彼女の名誉に関わるからね、口外しないでもらえるとありがたい」

「だったら──」


 最初から教室でそんな真似をするなと言おうとしたカインの口を、少年の指先が軽く触れて制した。


「頼むよ、

「……ッ」


 間近で見た少年の唇は濡れていた。
 彼と個人的に話をしたことがないにも関わらず、彼はカインの名前を知っていた。カインも彼の名前を知っていた。

 アラン・ヴィクランド。

 何かと黒い噂が絶えないヴィクランド侯爵家の嫡男で、いつも周りにたくさんの女生徒を侍らせている女好き。それが彼に対する周りの評価である。女好きなのは間違いないと確信を得た。

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 また別の日、彼が上級生と連れ立って空き教室へ入っていくのを目撃してしまったのだ。気になってその教室の前まで行くと、明らかに事に及ぼうとしている声が聞こえてきた。
 カインはわざと大きな音を立てて空き教室の隣の部屋の扉を開け閉めし、の行為を妨害した。

 ──この日アランが相手にしようとしていたのは年上の男子生徒だったのである。

 物音に気付いて逃げる男子生徒の後ろ姿を見て安堵の溜息をつくカインの前にアランが現れた。またシャツがはだけている。


「もしかして、人の逢瀬の邪魔が趣味だったりする?」

「そういうわけじゃ……。たまたま見掛けたから放っておけなかっただけだ」

「たまたま、ねえ。大方私の姿を目で追っていたんだろう? おまえも興味あるのか?」

「一緒にするな」


 獲物に逃げられた腹いせだろうか。
 誘うように頬を撫でられ、カインはぐらりと己が揺らぐのを感じた。だが、目の前のクラスメイトは誰でも相手にするような節操無しだ。誘いを真に受けるわけにはいかない。


「そういうことは好きな相手とすべきだろう」

「私はみんな好きだけどね」

「おまえは普通とは違う」

「……ふうん。随分な言い草だな」


 アランの声がわずかに低くなった。
 行為の邪魔をした挙句に要らぬことを言ってしまったのだ。不興を買ったのかもしれない。
 ヴィクランド侯爵家に歯向かえば最悪御家の取り潰しも有り得る、という噂を思い出した。しかし、目の前の彼がそんな真似をするようには見えず、カインは怯まずに言葉を続けた。


「これからも見掛けたら邪魔しに行く」

「はは、それは逆に楽しみだ!」


 アランは笑ってカインの肩を抱いた。どうやら、黒い噂に流されない恐れ知らずのクラスメイトに対し興味を持ったようだ。


「では、カインの目の届かないところで遊ぶとしよう。学院内で、いつおまえが来るかと思いながらするのも愉しそうだが、あまり邪魔をされたら欲求不満になってしまう」

「…………悪趣味だな」


 この日から、アランはカインを特別な存在として認識した。ヴィクランド侯爵家の名も恐れずに関わってくる稀有な友人として。
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