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本編
最終話:祝福の言葉
しおりを挟む隣国の代表者を決める話し合いは遅々として進まなかった。特使の権限で、王族と主だった貴族をみんな処刑してしまったからだ。
もし王になったとしても、待っているのは戦争で荒れた地域の復興と制度の立て直し、国民からの信頼回復、貴族の在り方の根本的な改革。名誉より義務のほうが遥かに多い。
そこで、こんな話が持ち上がってきた。
「──カイン様を次の王に!?」
招かれたアレッティ家の応接室で、アデルは思わず聞き返した。向かいに座るアレッティ家当主は困り顔で頷き、深い溜め息をついている。
「あちらのどの貴族も及び腰でな、上に立つ覚悟を持つ者がおらんのだ」
「あー……脅し過ぎたかもしれません」
どれだけ表面を取り繕っても、こちらには心を読むラグロがいる。少しでも後ろ暗いところのある貴族は処刑を恐れて名乗り出ない。
「まあ、あれくらいせねばあの国は変わるまいよ。問題は、気概と実力と人望を兼ね備えた人材がおらんというところだ」
「それでカイン様を、と?」
「うむ」
要は『北の英雄』の人気で国民からの反発を抑えたいのだろう。どのみち王国の支配下になるわけだから、代表もこちらから出してほしいのかもしれない。
だが、本人はそれをキッパリ断った。
「私は爵位も持たぬ一介の騎士に過ぎない。国を背負う器ではありません」
「そうは言ってものぉ……」
この話に、アレッティ家当主はやや乗り気でいた。カインが王になり、そこへ身内の令嬢を嫁がせれば隣国の王族と縁戚になれるからだ。そうでなくとも、北の英雄とは縁を結びたいと常々思っている。
問題は、本人にその気が全くないことだ。
「私の名声など戦時下での一時的なもの。人気取りではなく、真に国を思い、国民のために尽くす者を擁立すべきです」
これが本心から出る言葉なのだから、カインは高潔な騎士として両国の国民から支持を得ているのだ。
「それはさておき、そろそろ妻を迎えてみたらどうか」
その話が出た瞬間、アデルの表情が僅かに曇った。
アレッティ家当主との会話は必ず最後はこの話題に行き着く。何としてもカインと縁を結びたいと願う強い意志を感じた。
しかし。
「申し訳ない。私には既に伴侶がおりますので」
「あ、えっ、カイン様?」
そう言って、カインは隣に座るアデルの肩を抱き寄せた。突然人前でそう宣言され、アデルは混乱した。今まで外では必要以上に接触したり関係を公言するようなことはなかったからだ。
「なんと、そうであったかラディウス殿」
「はい。閣下にはお世話になっておりますので真実を申し上げました。私は彼と生涯を共にするつもりですので、今後はそういった話はしないでいただきたい」
「え、あの」
「……なるほど。それで何十回申し入れても断られたのだな」
目を丸くしながらも、アレッティ家当主はそれをすぐに理解して受け入れた。
カインが北に来てから、それこそ戦争の真っ只中の頃から、アレッティ家当主は縁談を持ち込んできた。カインの実力と人柄を高く評価しているからこそだ。
「ラディウス殿が嘘をつくような人物ではないのはよく知っておる。それに特使殿がお相手ではな。残念だが、それは諦めよう」
「ご理解いただきありがとうございます」
混乱したままのアデルをよそに、二人はそのまま和やかに歓談を続けた。
「さっきはびっくりしました」
「すまない。ああでも言わねばまた縁談を持ち込まれてしまうからね。……嫌だった?」
「い、いえ。驚いたけど、……しょ、生涯を、共にって言って下さったのは、嬉しかったです」
男同士ということもあり、大っぴらに出来ない関係だとアデルも分かっていた。それでもいいと覚悟を決めてはいたものの、やはり目の前でカインに見合いの話をされれば不安になってしまう。
それをキッパリと断り、自分との関係を堂々と話してくれたことに、アデルは素直に感動していた。
「本当は国中に自慢したいくらいだが」
「それはちょっと」
「私より君の方が心配だ。君は私のものだと宣言しておかないと」
それから数ヶ月後、ようやく隣国の代表者が決まった。両国の会談の前に、主な顔触れが集められた。新たな代表が信頼に足る人物かどうかを判断するためだ。
まず、一番重要な役割を担うのがラグロ・ディギウム。彼の『目』で対象の心を読んでもらう。
ラグロの目を制御するのはディレン。先代隣国王の落胤だが、身分を隠して参加する。
カナン・ザプリエンドはディレンの監視役として同行。法律家として隣国の新政府樹立に助言する立場でもある。
アシオン・オラーティオは新代表を占うために。彼には両国の行く末を見てもらう。
アルタリオ・ヴォーモストは高齢の大司教の代理で両国の話し合いを見守る。王国側の最有力貴族としての立場もある。
リトアール・アレッティは家族と共に戦争の当事者として立ち会うが、恐らく何も考えていない。
ルシアス・ジェラルドは話し合いの場の抑止力として。彼の魔術に敵う相手は隣国にはいない。
ヴィレオ・ラクトゥスは記録係として同席する。全ての発言をまとめ、公式の議事録を残すためだ。
カイン・ラディウスは中立の立場を取っている。隣国の安定のため、新たな代表が皆に認められた場合には、その後ろ盾となって支える予定である。
話し合いの場を仕切るのは、アデル・ヴィクランド。この件の全権を任された特使である。隣国との関係改善と戦場跡地の復興を目的としている。
選出に時間を掛けただけあって、隣国が出した代表候補は文句のつけようのない立派な人物であった。貴族としての序列は低く、粛正以前であれば国の中枢に関わることすらないくらいの身分だが、志は高く、人望もある。
ラグロが視ても嘘や誤魔化しは一切ないという。アシオンの占いでも彼に任せておけば安泰と出た。
カインが後見につき、アデルも特使として力添えをすることとなった。
話し合いを終えた後、アデルの屋敷で食事会が開かれた。招かれているのは同級生組とカインである。
「ようやく何とかなりそうだね~」
「みんなのおかげで助かったよ、ありがとう」
「アデル君もお疲れ様でした」
「ふふ、これからだけどね」
そう、ようやくスタート位置に立っただけ。まだやるべきことはたくさんある。完全に隣国に平和と安定が訪れるまで、アデルの役目は終わらない。
「それで、えーと、その……」
アデルはみんなを前にして口籠った。
カインがアレッティ家当主に明かしたように、自分もカインを伴侶だと紹介しようとしたのだ。だが、なかなか言い出せない。
見兼ねたラグロが助け舟を出す。
「とっくにみんな知ってるぞ」
それを聞いて、アデルは驚きを隠せなかった。
自分から話したことはなかったからだ。ラグロには心を読まれて知られていたが、他の友人たちには何も言っていない。
「……北部に来てから、毎日毎日目の前でイチャつかれたら嫌でも分かります」
「エッ、僕そんなにイチャついてた?」
「もうこの辺りの住民はみんな知ってますよ」
「嘘!!」
アルタリオは以前リトアールとの関係を疑っていたが、ここに来て実際の相手を知った。それが、かつてヴィクランド邸の庭園で牽制し合った騎士であると気付き、全てに合点がいった。
「ボクは占いで見ちゃった……」
「アシオン君まで」
貴族学院卒業前、軽い気持ちで恋占いをした結果、アデルに想い人がいることが判明した。今は離れていても、いつか成就するということも。
「俺は図書室で顔を合わせる度に視てたからな」
図書室で二人きりの時、ラグロはアデルの目を見て言葉を交わした。まだ力を制御出来ていない時のことだ。その時からアデルの気持ちが誰に向いているのかを知っていた。
「そうだったんだ……」
既に知られていたという事実に、アデルはただただ驚いていた。特に、アルタリオとアシオンからは好意を寄せられており、その気持ちを利用して協力してもらったことも多い。
「それでも、私はずっと貴方が好きですよ」
「ボクも!」
だからこそ今回も手を貸してくれたのだ。
「それにお相手が元騎士団長ならば、私たちにもまだチャンスはありますからね」
「ボクたちの方が若いからね!」
「…………あと五十年くらい死ねない」
アルタリオたちは持久戦に持ち込む気でいた。年の差が大きいぶん、カインが先に身罷る可能性が高い。それを見越して待つつもりなのだ。
年齢だけはどうにもならない。カインはアデルを奪われないために、出来るだけ長生きしようと心に決めた。
「もっとも、その前にアデル君を蔑ろにしたり嫌われるようなことをしたら遠慮なく奪いにいきます」
「絶対泣かせないでよね」
略奪を匂わせてはいるが、これはアデルとカインへの祝福の言葉であった。幸せにならなければ許さない、という激励でもある。
アルタリオもアシオンも、アデルの幸せを一番に願っている。例えその相手が自分でなくても。
「ああ、肝に銘じよう」
「二人とも、ありがとう」
こうして、友人たちからも二人の仲は認められた。
これまで隠していたことを全て明かし、アデルの心は軽くなった。
「良かったな、アデル」
「うん、ラグロ君もありがとう」
「俺もアイツらと同じ意見だ。少しでも幸せじゃなさそうだったら全力で奪いに行く」
「え」
「俺も、おまえのことは気に入ってるんだよ」
「そ、そうなの……?」
ラグロは誰より早く想い人の存在を知りながら、それでもアデルに惹かれていた。閉ざされた学院生活の中で、アデルだけが彼の光だったからだ。
「俺はたまに褒めてもらえればそれでいい」
カナンもアデルに好意を抱いているが、自分では釣り合う相手になれそうにないと最初から諦めていた。だから彼のために役立ち、認めてもらうことだけを目標にしている。
しかし、いつか自分に自信を持てるようになれば堂々と想いを伝えるだろう。
「……これは気合いを入れて幸せにならないといけないね、アデル君」
「ふふ、そうみたいですね」
『侯爵家令息のハーレムなのに男しかいないのはおかしい』 完
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