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本編
61話:北の現状と根回し
しおりを挟む王国の北部に位置する地域。隣国との国境沿いには豊かな田園風景が広がり、幾つもの村が点在していた。
しかし、それも戦争で全て失われた。
畑は荒らされ、村は焼かれ、毎日のように争いと略奪が繰り返された。命を落とした者も少なくない。
この地を守る地方伯の兵も勇敢に戦ったが、国境は広い。一貴族の私兵に過ぎない集まりが統率された正規兵の軍団に敵うはずもなく、徐々に攻め込まれた。
戦力差だけではない。
不思議なことに、隣国にはこちらの手が分かっているかのようだった。手薄なところばかりを狙われ、攻め込めば先に逃げられる。その繰り返しでどんどん疲弊していった。
そこに投入されたのが騎士団である。
隣国の正規兵の軍団に勝る統率力、機動力、そして何より国への忠誠心。みるみるうちに戦況は拮抗状態にまで持ち直した。
その後もしばらく一進一退が続いた。長引く気配に誰もがうんざりしていた頃、王都から停戦の使者が現れ、すぐに戦争は終結した。
──それから一年後。
カーン、カーンと木の杭を地面に打ち付ける音が辺りに響く。焼かれた村の跡地の再建が始まったのだ。新たに教会や大きな屋敷を建てる計画もあるらしい。働き口のない若者たちに仕事を与える復興事業と、戦争で家族を亡くした者たちの慰めのためだ。
荒れた土地を捨てて逃げた領主たちに変わり、地方伯がその管理を一手に引き受けた。広大な土地を管理するに足る辺境伯の地位を賜り、王都から資金援助と人的支援を受け、アレッティ家は今まで通り人々が暮らせるように尽力してきた。
だが、争いの火種を消したくない輩が何処からともなく湧き平和を乱す。それを駆逐するため、自ら志願して北に残った騎士がいた。
元騎士団長、カイン・ラディウス。
彼は北部出身の騎士たちを率い、次々に不埒な輩を成敗していった。決して傲らないそのストイックな姿勢に、守られている住民はもとより、アレッティ家の私兵たちまで彼を慕うようになった。
「ラディウス殿。どうかずっとこの地に留まってもらえんだろうか。屋敷でも妻でも、何でも望むものを用意しよう」
「ありがたいお言葉ですが、私は……」
「そうは言っても『北の英雄』と称される貴方をいつまでも兵舎に住まわせておくわけにはいかん。休みも取っていないと聞きましたぞ。やはり所帯を持つなどして……」
「いえ、お気遣いなさらず」
顔を合わせる度にアレッティ家当主が待遇改善を申し出るが、カインは一度もそれを受け入れようとはしなかった。
彼の欲しいものは北部にはない。
自分の意志で距離を置いたからだ。
あの日、涙を流す姿を見て何度も手を伸ばし掛けた。堪えるために握り締めた拳からは血が滲んでいた。もし触れてしまったら、二度と手離せなくなりそうで怖かった。
カインの目的は、北部の情勢を安定させて王国の平和を守ること。それが彼の大切なものを守るためだと信じて、今日も見回りと兵の指導に力を尽くす。
「お兄さま、何を読んでらっしゃるの?」
「リトアール先輩とヴィレオ先輩からの手紙」
「前副会長様とヴィレオ様の? 今は北にいらっしゃるんでしたわね」
「うん。読んでみる?」
アリスは兄が差し出してきた二枚の便箋を手に取った。
リトアールの方は『今月もいっぱい盗賊をやっつけました、まる』と書かれているのに対し、ヴィレオからの手紙はまるで報告書のように箇条書きで細かくびっしりと書かれていた。内容は主に各地の復興状況、住民の数の推移、怪我人や死亡者の数、それとルシアス達の近況。
毎月律儀に手紙を送ってくれている。やはりヴィレオにも頼んでおいてよかったとアデルは思った。
「数字だけ見れば復興は順調に見えるのですけど」
「でも先月より怪我人が増えてる。やっぱりまだ小競り合いが続いているんだよ」
「すっきり終わらないものなんですね」
「一度こうなっちゃうと難しいみたいだね」
野盗や破落戸だけではない。隣国側の住民との軋轢もある。戦火に焼かれたのはこちらだけではない。国境とはいっても地続きで、遮るものは急拵えの低い柵のみ。食うに困った隣国の住民が盗みに入ることもあるらしい。
アレッティ家がいくら多くの私兵を抱えているといっても、守らねばならない範囲は戦後増えている。未だに王国軍や騎士団が交代で出向いているほどだ。
そんな中でただ一人、北へ行ったきり戻らない人物がいる。アデルはヴィレオ達からの手紙から彼の置かれた状況を知り、思いを馳せていた。
今まで届いた手紙は全て大事にファイルに綴じてある。月毎の数値をまとめるのはカナンがやってくれる。今月のぶんの手紙を彼に渡し、アデルは席を立った。
「お兄さま、また王宮ですか」
「ううん、今日は大聖堂」
「私も行きたいです!」
「遅くなるかもしれないから先に帰ってて。母上が心配するから」
「……わかりました」
拗ねるアリスをリアーナに任せ、アデルは生徒会室を後にした。
「おまたせ」
「いいえ、本を読んでいましたから」
学院の玄関ホールを出てすぐのところに止まっていた馬車に乗り込むと、そこにはアルタリオが待っていた。アデルを隣に座らせ、荷物を預かる。
「付き合わせちゃってごめんね」
「私が好きでやっていることですから」
「いつもありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
王宮と大聖堂を行き来する日々。
アデルは密かに行動を起こしていた。
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