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本編
50話:逆転劇
しおりを挟む二人の侍女は当然のようにアリスの左右に付き従った。それを見たフィリクスとディレンは驚きのあまり動きを止めた。
「ヴィクランド侯爵の娘が、二人……?」
フィリクスは、アデルとアリスを交互に見た。
アデルは淡い青、アリスは赤。同じ顔、同じデザインのドレスだが、全くそうは思えないほどに二人の与える印象は真逆。弱々しく親友の腕に収まるアデルと、堂々と胸を逸らして支配者然としているアリス。どちらが儚げな令嬢に見えるかといえば前者だろう。
「お兄さま、大丈夫ですか? やはり私が囮役をやるべきでしたわ」
「こんな真似、アリスにさせられるわけないだろ! それに、……け、結構危なかったし……」
アルタリオの腕の中でアデルがそう反論するが、流石にクラスメイトや先輩、妹の前でキスされただの触られただのは言えずに口ごもる。
とはいえ、髪は乱れているしドレスもぐちゃぐちゃ。襟元のボタンは取れ、スカートは裾が上がって脚が見えてしまっている。見れば大体何があったかは察することができるのだが。
「……アデル君、どこまでされました???」
「アルタリオ君、顔がこわい」
「隣の部屋からでは声や音しか聞こえなくて。確認は後でさせていただきますからね」
「う、うん」
アデルの髪や裾を直してやりながら、アルタリオはフィリクスを睨み付けた。
「エルマ、アルマ。お兄さまが危ない目に遭う前に助けるようにと言っておいたでしょう」
「お嬢様が以前『男同士は孕まないから問題ない』と言っておられましたので」
「特に命の危険はないと判断いたしました」
「んもう、大雑把なんだから!」
アリスからの叱責にしれっと応える二人の侍女。
相変わらず無表情ではあるが、口数が増えている。なにより、ディレンやフィリクスから命令されている時より生き生きとしているのが伝わってきた。
「エ、エルマ、アルマ。おまえら裏切ったのか」
「申し訳ありません。アリスお嬢様の方が将来性がありますので乗り換えさせていただきました」
「わたし達、面白いことが大好きなのです」
そうディレンに答えるエルマ達。
ヴィクランド侯爵家の内情を探るために送り込まれたのは事実だが、その後アリスに鞍替えしたのだ。アデルは事前にそれを聞いて知った上で、フィリクスを騙すために芝居をしていた。
フィリクスはというと、ここにきてようやくアデルが男だと理解したようで、顎が外れそうなくらい大きな口を開けた。それと同時に、今のこの状況が全て仕組まれていたと気付き、わなわなと全身を震わせている。
「なっ……、わ、私を騙したな!」
「今頃気付いたのかよ」
狼狽する王子を嘲笑うラグロ。
そう、今日のことは全て計画通り。
約二ヶ月前。アデルの様子がおかしくなった時からラグロは動いていた。
ルシアスに協力を依頼し、王宮内で不審な動きをする人物を洗い出してもらった。その結果、マギエリア卿と第二王子フィリクス、その従者ディレンの名が浮上した。だが、三人の繋がりが分からない。そこで調べ物が得意な者に依頼し、ディレンの過去を探らせた。調査にはかなり時間を要したが、御前会議開催前になんとか情報が出揃った。
第一王子レグルスに随行する名目で御前会議に出席し、オラーティオ家に抗術を突破してもらい、三人を視るのがラグロの目的だった。
アデルはそれに併せて囮になった。
女装してアランに同行し、彼の協力者たちに噂を広めてもらった。『ヴィクランド侯爵家の娘が第一王子レグルスの婚約者の座を狙っている』と第二王子フィリクスの耳に届くように。
フィリクスはまんまとその罠にかかり、アデルに問われるがままに自分の企みと過去の悪行を吐いた。
「こうもまあ計画通りに進むと笑えるな」
「くそ餓鬼どもが……!」
最早取り繕うことも忘れ、憎々しげにこちらを睨み付けるフィリクス。理性を失い掛けた彼を、ディレンが制する。ディレンはエルマ達に掛けられた魔術の拘束を解き、再び自由に動けるようになっていた。
「まあ落ち着けよフィリクス。有力貴族の子とはいえ、こいつら全員学生じゃないか。誰がこいつらの証言を真に受ける?」
「あ、ああ。それもそうだな」
「もうすぐ騒ぎを聞きつけて衛兵が来る。招かれてもいない子供が王宮にいること自体がおかしいんだ。捕まえて叩き出してやればいい」
ディレンの言葉通り、王宮内を警備する武装した衛兵が続々と談話室へと駆け込んできた。彼らは室内の惨状を見て驚き、すぐに第二王子であるフィリクスの安否を確認する。
「殿下、何事ですか。お怪我は」
「そこの侵入者どもに命を狙われた」
「なっ……! すぐに捕縛いたします!」
衛兵はアデル達の顔を知らない。フィリクスの証言を信じ込んでいる。衛兵相手に攻撃するわけにもいかず、ルシアスは炎を引っ込めた。
ディレンはほくそ笑み、どさくさに紛れ、フィリクスを連れてここから逃げようとした。
しかし、サロンの扉にはまた別の人物が立ち塞がっていた。
「アデル様、ご無事ですかァアーーッ!!」
現れたのは、完全武装した老紳士と十人の少女。兵士養成学校の学長、ロナルド・スペリアと女生徒達だ。
思わぬ邪魔が入り、ディレンは舌打ちした。手を掲げ、魔術で女生徒達を拘束しにかかる。一人が自由を奪われたのを見て他の全員は散開し、一箇所に止まらないよう不規則に動き続けた。これにより魔術を掛ける座標が定まらず、ディレンは「くそっ」と苛立ちを吐き出した。
代わりに衛兵が制圧に向かうが、相手が十代半ばの少女ということもあり、剣を鞘にしまって素手で追い掛けた。その手心が仇となる。女生徒達は軽く手を躱し、木剣で思い切り急所を殴りつけていく。
すぐに衛兵は全員股間を抑えて床に伏し、身動き出来なくなった。
衛兵の制圧を確認してから、学長はアデルの前に膝をついて頭を下げた。
「学長、ありがとうございます」
「とんでもない! アデル様の頼みとあらば、このロナルド・スペリア、何処へでも馳せ参じます!!」
直接労われて、学長は感極まっている。
「それに、みんなもありがとう」
続けて、アデルは女生徒たちにも声を掛けた。彼女達は照れたようにはにかんでいる。とても今さっき男性の急所ばかりを殴打したようには見えない可憐な笑顔だ。
「いえ、あたし達、アデル様に恩返しする機会をもらえて嬉しいんです!」
「それに、王宮にも入ってみたかったし」
「「ねー!」」
兵士養成学校の生徒は平民のみ。下働きとして雇われない限り王宮内に入ることなど生涯叶わない。それに、ここは普段貴族女性が着飾って茶会やパーティーを開く、豪華絢爛なサロンだ。彼女たちは目を輝かせている。
ちなみに、学長に協力を要請したのはアデルだが、彼らが武装したまま王宮内に入れたのはカナンの手引きである。事前に警備の穴を狙い、招き入れていたのだ。
役に立たない衛兵たちを見下ろしながら、ディレンは唾を吐き捨てた。だが、まだ不敵な態度を崩してはいない。フィリクスも気を取り直す。
「……衛兵はまだまだ来るぞ。そこの女どもは多少腕が立つらしいが、王族に逆らってタダで済むと思うか? おまえらの言い分なんか誰も信じない。全員処刑してやる」
処刑と聞いて女生徒たちはやや怯むが、アデルたちは平然とした態度でそれを聞いていた。アルタリオは、呆れたように溜め息をついて、隣のサロンに声を掛けた。
「おじい様、聞こえました?」
「うむ」
ゆっくりとした足取りで現れたのはアルタリオの祖父である大司教だった。最高位の聖職者であり、王国の最有力貴族ヴォーモスト公爵家の現当主でもある。
「フィリクス殿下。あなた様の企みは全て聞きましたぞ。レグルス殿下を排し、隣国に国を売ろうとした。……そんな手段で王になって、神に顔向けできるとお思いか?」
「……くっ」
アデルが身を呈してフィリクスに計画を吐かせたのは全てこの『最も影響力のある大人』に聞かせるため。
「子供の言う事は信じてもらえなくても、大司教様の言葉ならみんな信じてくれるよね」
今度こそフィリクスたちは逃げ場を失った。
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