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本編

48話:色仕掛け

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*ほんの少しだけ接触があります*


 オラーティオ家の占者たちが抗術を突破した瞬間、御前会議の会場にいたラグロは勢い良く椅子から立ち上がった。
 目を覆い隠していた髪を搔き上げ、視界をクリアにする。


「ようやく分かった。……やっぱりアンタだったんだな。隣国に情報を流してたのは」


 ラグロが指差したのは王宮お抱え魔術師のひとり、カルドス・マギエリアだった。


「な、なにを言っとるんだ君は。そんなわけないだろう!」


 御前会議の最中に突然そのようなことを言われ、当のマギエリア卿は困惑した様子でその疑惑を否定。

 いきなり始まった言い合いに、王族をはじめとした他の出席者たちの視線がラグロとマギエリア卿に集中した。あれはディギウム家の、という小さな囁き声があちこちから聞こえてくる。


「おかしいと思ったんだ。オラーティオ家の占いを撥ね返すほどの抗術が掛かってるのに、アンタが何にも言わないなんて」

「……気付かなかっただけだ」

「思念系の魔術を得意とするアンタが? 俺の目の前で嘘をつくなよ。

「何? ……そうか、おまえは……!」


 マギエリア卿は苦々しい顔でラグロを睨みつけた。ラグロが嘘を見抜く能力を持っていることを知っていたようで、これ以上の弁解は無駄だと悟ったのだ。
 しかし、長年王宮お抱え魔術師として仕えてきたマギエリア卿と、数年間王宮に近付きもしなかったラグロ。信用はどちらが上かは言うまでもない。

 だが、ラグロの能力を身をもって知っている貴族がここには何人もいた。
 幼少期のラグロに秘密を暴露された者たちだ。彼らは当時のことを思い出し、慌ててラグロの視界から隠れるように席を立って議会場から退室していった。

 この彼らの行動こそがラグロの能力を裏付ける根拠となった。


「どういうことだカルドス」

「へ、陛下……!」


 ついに国王ヴァリウスからも問い質され、マギエリア卿は後ろへと下がった。彼を逃がすわけにはいかない。すぐにルシアスが退路を遮断するように立ち塞がった。


「隣国に情報を流していたというのは誠か」

「……」


 マギエリア卿は弁解も言い逃れもせず、ただ国王のいる壇上にこうべを下げて押し黙っている。

 抵抗しないのは、彼が戦闘系の魔術が不得手だからだ。そうでなくとも議会場は警備の騎士や王宮お抱え魔術師の跡取りであるルシアス・ジェラルドとラグロ・ディギウムがいる。はなから敵わないと悟っているのだ。


「取り調べは後でやってくれ。俺たちはに用がある」


 取り押さえられたマギエリア卿を一暼してから、ラグロはルシアスを連れて議会場から出て行った。







 談話室サロンでは、女装したアデルが第二王子フィリクスに組み敷かれていた。

 か弱い少女を演じてフィリクスをおびきだして悪巧みを吐かせるまでは良かったが、肝心の黒幕の名前や具体的な計画が出てこない。

 油断させるため、抵抗をせず唇まで許したというのに。これ以上触られると男だとバレてしまう。何とか早めに情報を得なくてはならない。


「……フィリクス様は、本当に次の王に?」


 わざと顔を紅潮させ、アデルは先程の口付けで感じたかのように装った。実際は気持ち悪いだけだったが、ひたすら気合いで耐えている。今も太腿を直に撫でられ、鳥肌が止まらない。


「おや、信じる気になったかい?」

「え、ええ。もしそうなるのでしたら、わたし……」


 覆い被さるフィリクスを上目遣いで見つめ、アデルは恥じらうように身を捩らせた。その様子に興奮したのか、フィリクスはにんまりと笑った。


「兄上を始末し、隣国を戦争で勝利させる。その見返りとして私はこの国をもらうんだ。隣国でも同時にクーデターが起きる。二国同時に王が入れ替わるんだ。面白いだろう?」

「え、それは……」


 国家転覆を企てた張本人が自国の王子という現実に、アデルは頭が痛くなった。

 隣国を勝利させた時点でこの国は占領されるのではないか。そもそも、あちらにフィリクスを王に据えるメリットがあるとは思えない。もし王座についたとしても、隣国の属国扱いとなるだろう。

 だが、今それを指摘したら機嫌を損ねて情報を引き出せなくなる。アデルは舌打ちしたい気持ちを必死に堪え、表面上は笑顔を取り繕った。


「まあ、では本当に王になる算段がついてますのね! 流石はフィリクス様!」

「ふふん。ようやく理解したか。王妃になりたいんだろう? ……ほら、私のものになればそれが叶うよ」

「んむ」


 得意そうにそう囁きながら、再びフィリクスが唇を重ねてきた。固く閉じられた唇を無理やりこじ開けるようにして生ぬるい舌が侵入し、口内を嬲られる。不快な感触に寒気すら感じながら、それでもアデルは逆らわずにいた。


 カインとの口付けは不快ではなかった。

 カインに触れられて鳥肌が立つことはなかった。

 カインから求められて嫌だと思うことはなかった。


 それは全て、カインがアデルを大切に扱ってくれたからだ。子供だからと適当にあしらうことなく、真摯に向き合ってくれた。触れる手はいつも優しかった。

 だから好きになった。



 ──それなのに、この男は。



 フィリクスが求めているのは、王国を裏で牛耳るヴィクランド侯爵家の娘という立場だけ。王位を簒奪しても周りの貴族から反発されれば統治は難しい。だがヴィクランド侯爵家の娘を王妃に迎えれば、傘下の貴族は従う。そう考えての行動だ。

 それと、兄レグルスへの対抗心。

 レグルスの婚約者候補を襲い、既成事実を作って奪う。おそらく、未だにレグルスに婚約者が定まってないのも裏でフィリクスが手を回していたのだろう。候補の女性を汚したり、圧力を掛けたり。
 事実、アランが娘をレグルスに引き合わせるという話が出た途端にフィリクスは食い付いた。

 何より、王妃になれとまで言っておきながら、彼は抱こうとしている『少女』に名前すら尋ねていない。

 関心があるのは肩書きだけだからだ。


「……っはァ、兄上が悔しがる顔が目に浮かぶよ」

「はぁ、はぁ、……んっ」


 わずかな口付けの合間に洩らす言葉すらコレだ。突き飛ばしたくなる気持ちを抑え込み、アデルは細い腕を伸ばし、フィリクスの背にそっと回した。


「わたしにだけ教えていただけませんか。フィリクス様のお仲間を。……わたし、きっとお役に立ちますわ」


 茶番を終わらせるため、アデルは本題を切り出した。
 深い口付けのあとで息はあがり、唇は互いの唾液で濡れている。そして、幼い少女が見せた誘うような表情に、フィリクスはぐらりと己が傾くのを感じた。


「……そうだね。君になら……」


 ほんの少しだけフィリクスが目の前の『少女』に心を開きかけた。

 その時、談話室サロンの扉に掛けられていた封鎖の魔術が破られ、ひとりの青年が飛び込んできた。


「フィリクス、予定が狂った!」


 入ってきたのは、くすんだ橙色の髪をした青年……フィリクスの従者だった。
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