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本編
47話:抗術突破
しおりを挟む時は御前会議が始まる少し前に遡る。
単身王宮にやってきたラグロは、人目を避けながら通路を進み、空いている部屋に入って溜め息をついた。行き交う人々から漏れ出る嘘と虚栄の気配に当てられて気分が悪くなったのだ。
そこにルシアスが合流した。
「む、大丈夫か!?」
「声デカ……! 頼むから静かに話せ。久々に王宮に来たから慣れてないだけだ」
「そんな調子でやれるのか?」
「……」
ルシアスが心配するのも無理はない。
ラグロは他人と目を合わせたり言葉を交わすと心が読めてしまう体質である。王宮内へは誰にも会わずに来ることは不可能。それ故に、普段は避けまくっている他者の悪意の念を喰らい、体調を崩してしまっていた。
「やるしかないだろ」
これから始まる御前会議で隣国への内通者を見つけて断罪する。そうしなければならない理由が出来たからだ。
ラグロはズキズキと痛む頭に顔を顰めた。
「アルタリオ君! どうしたの?」
「伝言を届けに。……今、いいですか」
「少しなら」
「十分です」
議会場から少し離れた部屋ではオラーティオ家に連なる占い師数名が慌ただしく占いの準備を進めていた。そこで手伝いをしていたアシオンは、アルタリオから呼び出されて廊下に出た。
顔を寄せ、互いにしか聞こえないように会話する。
「間も無く始まる御前会議に併せて内通者を炙り出します。そのために、アデル君が囮になっています」
「アデル君が来てるの? 囮って……」
アデルの名を聞いて、アシオンは慌てて辺りを見回す。それを見たアルタリオは肩を竦めた。
「ええ、敵を罠に嵌めるために身体を張って。成功させるには、あなたの……オラーティオ家の占いが成功する必要があります。絶対に失敗しないでください」
「い、言われなくても命懸けでやるよ」
「──ああ、駄目駄目。それでは事が上手く運んでもアデル君が悲しみます。あなたには無傷で占いをやり遂げてもらわなくては」
占いが妨害された場合、道具だけでなく占者にも被害が出る可能性があると知った時のアデルの反応を二人は思い出した。あんな悲しい顔はもう見たくない。
「……難しいけど、わかった」
「頼みましたよ」
議会場に入るなり、ラグロは場の異様な空気に身体を強張らせた。
ここには王族をはじめ、主だった重臣が集まっている。貴族は笑顔で嘘をつく。耳から聞こえる言葉と視える本音が違い過ぎて、この場にいるだけでラグロは吐きそうになった。
でも退けない。
内通者はこの中にいるのだから。
既に内通者の大体の目星はついている。
ラグロの『目』で見て確定すればいい。内通者本人を見れば分かるが、それにはまずは抗術を突破する必要がある。アシオンに頑張ってもらうしかない。
フラつくラグロをルシアスが支え、用意された席へと座る。長い前髪の隙間から辺りを見回せば、戦争中だからだろうか、ピリピリとした大人たちの苛立ちや焦りの感情が伝わってきた。
そんな中、澄んだ空気を纏う人物がいた。
「やあ、君がラグロ君だね。アデルから聞いているよ。今回はありがとう」
「……ヴィクランド侯爵」
「君には期待している。……だが、あまり無理をしないように。酷い顔色だ」
「は、はい」
声を掛けてきたのは近くの席に座っていたアデルの父親、アランだった。彼からは不思議と嫌な感じはしない。言葉と感情に少しのズレもないのだ。こんな人間は珍しい。ルシアスやアデルでさえ僅かな揺らぎがあるというのに。
「ハハ、さすが親子」
不思議なことに、アランの側にいるとラグロの頭痛は少しだけ楽になった。
「陛下、レグルス殿下を本当に出陣させるおつもりですか。どうかお考え直しくださいませ」
「ふむ、しかしだな……」
議会場の一段高い席にいるのは国王ヴァリウスを中心に、左右に第一王妃、第二王妃が並ぶ。王子と王女はそれぞれ母である王妃の隣に座っている。
先程の発言は第二王妃エクシアだ。彼女は穏やかな目をした可愛らしい女性で、心配そうに国王に話し掛けている。
件の第一王子レグルスは長身のたくましい青年である。エクシアから気に掛けてもらって気恥ずかしいのか、終始苦笑いを浮かべている。
彼の母、第一王妃イヴァンナは澄ました顔で背筋をぴんと伸ばしたまま微動だにしない。頻繁に声を掛けてくる第二王妃にひと言ふた言返すだけで、視線はずっと議会場の中央に向けられていた。
第二王妃の息子であるフィリクスは、レグルスの心配ばかり口にする母親に呆れつつ、退屈そうに椅子の背にもたれ掛かっている。
彼の後ろにはくすんだ橙色の髪をした青年が立って控えていた。フィリクスの従者だ。時折、前に座るフィリクスと親しげに言葉を交わす様子が見られた。
更にその隣にはフィリクスの妹、第一王女リアーナが緊張した面持ちで大人しく座っている。
参加者が全て揃い、御前会議が幕を開けた。
マギエリア卿からの戦況報告から始まり、第一王子を戦地に送るための話し合い、援軍派遣の手配などの細かい内容を詰めていく。
そんな中、第二王子フィリクスが周りに気付かれないようにそっと席を立ち、裏手から退室していくのが見えた。彼が動くのは計画通り。
ラグロは場内を見回し、目星を付けている『容疑者』に視線を向けた。だが、まだ視えない。妨害の抗術が掛けられているからだ。それを突破するには別室で行われている占いによって抗術を無効化してもらう必要がある。
ラグロはその時が来るのを今か今かと待ちわびた。
同時刻。
議会場近くの部屋で、アシオンは一族の占者と共に占いをおこなっていた。今回は未来を視るためでなく、突破口を開くための占いである。
用途が限られているだけで、占いも魔術の一種。全てを見通す力で相手の魔術を相殺、制圧するのだ。
隣国との戦争を予見できなかったことで、オラーティオ家への信頼は下がっていた。王宮お抱え占い師の一族として、これ以上の失態は許されない。
妨害のリスクを分散させるために占者を増やし、いつもより多くの道具を使用している。
占いを始めた途端、まず小さなダイスが砕けた。それを皮切りに次々と道具が壊れていく中、アシオンの目の前に置かれた水晶玉にも亀裂が入る。もう周りの道具はあらかた壊れてしまった。
次に、占者のひとりが血を吐いて倒れた。抗術による被害がついに人に現れ始めたのだ。抗術の影響がすぐそこまで迫っているのが分かる。
ひとり、またひとりと倒れていく中、アシオンはふと先程のアルタリオの言葉を思い出していた。
『アデル君が囮になっています』
失敗すれば自分が傷付くだけではない。アデルの身も危ないのだ。負けるわけにはいかない。
でも、これだけの人数で掛かってもまだ突破できない。道具もほとんど壊れてしまった。
駄目かもしれない。
弱気になって諦め掛けたその時、アデルの笑顔が脳裏に浮かんだ。
『そんなことないよ。だって、僕にはここにある道具をどうやって使うのかすら分からないんだよ? それに、いつもたくさん本を読んで勉強してるでしょ。きっとすぐ国一番の占い師になれるよ』
以前、屋敷に招いた時のことだ。弱音をこぼすアシオンに対し、アデルは一番欲しい言葉をくれた。
その彼が身体を張って囮になっているというのに、ここで自分が諦めてどうする。アシオンは気合いを入れ直し、無事な道具を掻き集めて占いを続けた。
ぞわぞわと這い寄る抗術。
倒れていく占者たち。
──それが何だというのだ。
「女装して敵を誘き出すってどーゆーこと!? ボクも見たい!!!!」
アルタリオが去り際に残した情報が起爆剤となってアシオンの力が限界突破し、抗術を粉々に打ち砕いた。
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