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本編
40話:それぞれの思惑
しおりを挟む数日間落ち込みまくった後、アデルはすっかり以前のような明るさを取り戻した。
女の子に相手にされなくて嘆き、授業を真面目に受け、友人たちと楽しく語らい、生徒会の仕事に精を出す。
「はあ~、やっぱ生涯独身なのかも」
「アデル君ったら。僕がいるよ」
「私がずっと一緒ですからね」
「ありがとう。三人で生きてこうね……!」
アデルが元気になったことでいつもの光景が戻り、クラスメイトたちは安堵した。
しかし、あまりにも普段通り過ぎる振る舞いに、彼に近しい人々は訝しんだ。だが、それを追及してまたあんな状態になられては困る。
「……ぜったい余計なことは言わないでよ」
「君こそ、下手に踏み込まないように」
互いに牽制し合うように、アシオンとアルタリオは陰である取り決めをした。多少の違和感には目を瞑り、日常を演じることに専念するように、と。
***
「……おい、ルシアス。喋ってやるから協力しろ」
「ラグロ! どういう風の吹きまわしだ」
「うるさい。いーから話を聞け」
アデルの異変を機にラグロが動き出した。
あれだけ避けていたというのに、自分からルシアスに声を掛けに行ったのだ。もちろん、他人の目がない場所に限られるが。
ラグロが抱えていた『誰にも言えないこと』。
以前アデルから何度か突き止められそうになっていた秘密を、ルシアスと共有して協力を得る為に。
***
アリスは当然アデルのカラ元気に気付いていた。
完全に元の明るく元気な状態に戻すにはどうしたらいいか、彼女なりに考える。本当に落ち込んでいる時に女の子を差し向けても効果がなかった。これは全くの想定外の事態だ。
「どうしたらいいのかしら……」
思い悩む主人を陰から見守るのは、専属侍女のエルマとアルマだ。物憂げな表情で溜め息ばかりついているアリスの様子に顔を見合わせる。
「お嬢様がああだと張り合いがありませんね」
「いつものように悪巧みしていてほしいですね」
「どうしましょう」
「どうしましょうか」
彼女たちは、本当の主人から命じられた大事な役目も忘れ、より面白い方へと舵を切ることに決めた。
***
「どうも隣国が攻めてくるらしいんだ。だから、一旦領地に戻らないといけないんだよね~」
生徒会役員の集まりの最中、リトアールが苦笑いを浮かべてそう呟いた。
彼の実家は王国の北端、国境付近にある。最近近隣諸国がゴタついているせいで緊張が高まっているという。リトアールは三男坊でまだ学生だが、彼もアレッティ家の一員。事と次第によっては戦いの場に出る必要があるのだろう。
友の言葉に、ルシアスは「そうか」とだけ答えた。
「戦争が始まるってマジなんだ!?」
「ヴィレオ! 貴様は空気を読め!!」
「黙ってたって状況は一緒だろ?」
「そっ、それはそうだが!」
「ヴィレオの言う通りだよ。ここで何を言おうと変わんないよね~。あーあ、やだやだ行きたくなーい!」
ヴィレオが茶化すような口調で聞きにくいことをズバッと言い放った。おかげでしんみりした空気は吹き飛んだが、この国が戦争間近という事実だけは明らかになった。
「いつ頃行くか決まっているのか」
「ん~、騎士団と予定合わせて一緒に連れてってもらうつもり。出立は明後日だよ」
「……そりゃまた急な話だな」
具体的な日付を聞いた事で、急にコレが現実の話であると実感したのだろう。ヴィレオの表情から笑みが消えた。同級生が戦地に行くなんて、百年平和だった国で生まれ育った者にはいまいち理解が追い付かない。
騎士団と聞いて、反応を示した者がいた。
「……! おい、アデル。おまえ顔色悪いぞ」
「え、あ、ごめん。大丈夫」
心配そうに顔を覗き込むカナンに笑顔で応える。だが、あまりにも青い顔をしていたせいで誤魔化しきれなかったようだ。
すぐ生徒会室から連れ出され、人気のない空き教室に引きずり込まれる。カナンは扉の陰に隠れるような位置で向かい合い、アデルの両肩を掴んだ。
「何が原因か分からないが、作り笑いはやめてくれ。おまえのそういう顔は見たくない」
「ごめん、もっとうまく笑えるようにする」
「そうじゃなくて……、……ああ、いつもおまえに支えてもらってたのに、肝心な時に俺は役に立てない」
感情を押し殺すアデルとは対照的に、カナンは不甲斐ない自分を責めるように涙をこぼした。その様子を見て、アデルはカナンの頭をそっと撫でる。短い白髪を後ろに流すように撫でているうちに、険しかったカナンの表情が少しずつ和らいでいった。
「気持ちの整理がついてないだけだから。心配してくれたんだよね、ありがとう」
「……慰めんなよ、情けなくなるだろ」
「情けないのは僕の方だよ」
アデルは周囲に気を使わせていることに気付いていた。誰も踏み込んで聞いてこないから、安心して普段通りの自分を演じていた。そうしていれば、そのうち本当に元気になれると信じて。
でも、それはただの逃避なのだと、さっきのリトアールの言葉で思い知らされてしまった。
何を言おうと状況は変わらない。
──ならば、せめて枷にならないようにしなくては。
「カナン君が代わりに泣いてくれたから、おかげでちょっと気持ちが落ち着いた」
「人の泣き顔見て冷静になるのはやめてくれ」
「ふふ、もう何度も見てるもん。今更だよ」
「……ハッ、やっと笑ったな」
作り笑いではない笑みを浮かべるアデルを見て、カナンは嬉しそうに目を細めた。
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