上 下
29 / 78
本編

29話:女帝降臨

しおりを挟む



 貴族学院に入学してから一年が経過し、アデルは二年生となった。クラス替えはなく、そのまま同じ顔触れのままの進級である。担任や教科主任も変わらないので新鮮味は全くない。だが、この状況に不満を抱く者は誰もいなかった。


「アデル君、なんか嬉しそうだね」

「妹が入学したから、今日から一緒に登校を始めたんだ」

「へぇ、一年生に妹さんがいるんだ~!」


 アシオンの問いに弾んだ声で答えるアデル。いつになく明るく上機嫌だ。

 ちなみに、登校といっても貴族学院の生徒は全員貴族である。自宅から校舎の玄関ホール前までは馬車での送迎が当たり前。カバンを持って通学路を並んで歩くわけではない。


「アデル君の妹さんなら、きっと可愛らしいんでしょうね」

「すんっっっごく可愛いよ! あ、でもアリスに恋人が出来たら僕ショックで死ぬかもしれないから、二人とも絶対好きにならないでね?」


 言葉を深読みしたアデルが二人を牽制する。


「アデル君、もしかしてシスコn…」

「シッ!」


 貴族学院に入学したということは、つまり妹の可愛さが万人に知れ渡るということである。どこの馬の骨とも判らぬ輩(そもそも生徒は全員身元が確かな貴族なのだが)が妹に手を出したら、その時ばかりはアデルも鬼と化すだろう。相手がアシオンやアルタリオであっても例外ではない。

 しかし、それは杞憂だった。


「あら、お兄さま」

「アリスぅ!」


 授業のため別室に移動する途中、アデルとアリスが廊下でバッタリ遭遇したのだ。

 金色に輝く長い髪は毛先でゆるく巻かれ、白い肌につぶらな瞳が愛らしい少女である。髪の長さ以外はアデルによく似ている。

 だが、それ以外は違った。

 アリスは左右と後ろにクラスメイトを配置し、教科書や筆記用具も側に付き従う女生徒の一人に持たせていた。
 入学初日にも関わらず、アリスを頂点としたコロニーが形成されている。それを見たアデル以外の二年生はこう思った。


 ──間違いなく彼女はヴィクランド家の人間だ、と。


 アデルの人当たりが良過ぎるからか、王国を裏で牛耳る一族の存在など眉唾モノの噂に過ぎないと考える者もいた。だが、アリスが初日にクラスメイトを完全に支配下に置いている姿を目の当たりにし、全員が考えを改めた。


「アリス、もうみんなと仲良くなったのか」

「ええ、皆さまとても優しくて助かってますの」

「そうなんだ、安心したよ……君たち、妹と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」


 アリスの周りを固める女生徒たちに笑顔で声を掛けると、全員から「はいっ!」と元気な返事が返ってきた。下級生とはいえ久々に女の子と会話が成り立ったことに気を良くしつつ、アデルは手を振ってアリスたちを見送った。


「……さっきの子が妹さんかぁ……」

「女帝と下僕たちって感じでしたね……」


 アレを見てもアデルは何の疑問も抱いていない。普段は賢くて人の感情の機微に聡い彼も妹に対しては目が曇りまくっている。いや、妹しか見えていないのだ。


「……顔はアデル君にすごく似てるけど、中身は真逆みたいだね」

「ええ。あれは生まれついての支配者です」


 二人はアデルのことが好きである。
 しかし男同士ということもあり、もし両想いになれたとしてもおおっぴらに出来る関係ではない。社会的にパートナーとして認められることはないし、それ以前に本人に想いを告げて嫌われたり拒絶されたら困る。

 そこに妹の存在が明らかになった。

 アリスと結婚したらアデルと義理の兄弟になれる。
 家族として生涯そばにいられる。
 例え想いが遂げられなくとも、ずっと近くにいられるのなら……と、チラッとでも考えた数分前の自分を殴りたい。あれは騙すのも御するのも無理だ。

 アシオンとアルタリオは、早々に潰えた夢を無かったことにした。






 以前から誘われていたこともあり、アデルは進級と共に生徒会に入ることにした。それを知ったカナンが一緒に入りたいと申し出る。

 いつもの会議室。
 椅子に座るアデルの前に膝をつくカナン。二人きりで話す時は大体この状態だ。


「いいの? 役職にはつけないかもしれないよ」

「アデルの役に立ちたいだけだから構わない。雑用でも何でもやる」

「じゃあ僕からヴィレオ先輩に伝えとくね」

「……済まない。本当はクラス委員の方もやりたかったんだが」

「いいんだよ。君は一年間とってもよく働いてくれたもの。次は生徒会で僕のために働いてね」

「ああ。面倒なことは俺が全部やる。だから……」

「まだ駄目。役に立ってから」

「アデル……」


 カナンはアデルとの接点を増やすためだけに生徒会入りを決めた。

 褒めてほしい。
 認められたい。

 それだけが彼の心の支えだった。





 ほとんどの者はアデルとアリスの性格が真逆だと考えているが、実際は似たようなものだ。
 アリスは誰彼構わず支配下に置き、アデルは相手によって対応を変えて従える。強制ではなく自発的に従属するよう仕向けているので時間が掛かるのが難点ではあるが、その分効果が長続きする。

 将来を見越して生涯使える人材を確保する。
 それがアデルのやり方なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

僕の兄は◯◯です。

山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。 兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。 「僕の弟を知らないか?」 「はい?」 これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。 文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。 ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。 ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです! ーーーーーーーー✂︎ この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。 今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。

敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。 どうやって潜伏するかって? 女装である。 そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。 これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……? ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。 表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。 illustration 吉杜玖美さま

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

[完]人嫌いの消失スキル持ちの転移男子は己の運命に歓喜する

小葉石
BL
 顔だけなら絶世の美女だと言われ続け、その手の誘いを幼い頃から受けてきた胡古 有都(ここ ありと)は自分の事が大嫌いだ。しかし、相手に自分の事を忘れる様に仕向ける能力を持っていた有都は他人から離れ、忘れてもらう事で平穏な生活を送ろうとしていた。  しかし、ある時この能力で対処できない事態に巻き込まれ、能力の暴走と共に異世界へと飛ばされてしまう。  有都が飛ばされは場所はスキル持ちが当たり前の世界だった。そこで出会ったのは影のある優しい騎士だった。   *美人ツンデレ×優しい不幸体質のお話です R18には*をつけます。 すみません。最初から無理やり表現があります…… 出血シーンなどの描写があります所には※つけます

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

処理中です...