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本編
29話:女帝降臨
しおりを挟む貴族学院に入学してから一年が経過し、アデルは二年生となった。クラス替えはなく、そのまま同じ顔触れのままの進級である。担任や教科主任も変わらないので新鮮味は全くない。だが、この状況に不満を抱く者は誰もいなかった。
「アデル君、なんか嬉しそうだね」
「妹が入学したから、今日から一緒に登校を始めたんだ」
「へぇ、一年生に妹さんがいるんだ~!」
アシオンの問いに弾んだ声で答えるアデル。いつになく明るく上機嫌だ。
ちなみに、登校といっても貴族学院の生徒は全員貴族である。自宅から校舎の玄関ホール前までは馬車での送迎が当たり前。カバンを持って通学路を並んで歩くわけではない。
「アデル君の妹さんなら、きっと可愛らしいんでしょうね」
「すんっっっごく可愛いよ! あ、でもアリスに恋人が出来たら僕ショックで死ぬかもしれないから、二人とも絶対好きにならないでね?」
言葉を深読みしたアデルが二人を牽制する。
「アデル君、もしかしてシスコn…」
「シッ!」
貴族学院に入学したということは、つまり妹の可愛さが万人に知れ渡るということである。どこの馬の骨とも判らぬ輩(そもそも生徒は全員身元が確かな貴族なのだが)が妹に手を出したら、その時ばかりはアデルも鬼と化すだろう。相手がアシオンやアルタリオであっても例外ではない。
しかし、それは杞憂だった。
「あら、お兄さま」
「アリスぅ!」
授業のため別室に移動する途中、アデルとアリスが廊下でバッタリ遭遇したのだ。
金色に輝く長い髪は毛先でゆるく巻かれ、白い肌につぶらな瞳が愛らしい少女である。髪の長さ以外はアデルによく似ている。
だが、それ以外は違った。
アリスは左右と後ろにクラスメイトを配置し、教科書や筆記用具も側に付き従う女生徒の一人に持たせていた。
入学初日にも関わらず、アリスを頂点としたコロニーが形成されている。それを見たアデル以外の二年生はこう思った。
──間違いなく彼女はヴィクランド家の人間だ、と。
アデルの人当たりが良過ぎるからか、王国を裏で牛耳る一族の存在など眉唾モノの噂に過ぎないと考える者もいた。だが、アリスが初日にクラスメイトを完全に支配下に置いている姿を目の当たりにし、全員が考えを改めた。
「アリス、もうみんなと仲良くなったのか」
「ええ、皆さまとても優しくて助かってますの」
「そうなんだ、安心したよ……君たち、妹と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」
アリスの周りを固める女生徒たちに笑顔で声を掛けると、全員から「はいっ!」と元気な返事が返ってきた。下級生とはいえ久々に女の子と会話が成り立ったことに気を良くしつつ、アデルは手を振ってアリスたちを見送った。
「……さっきの子が妹さんかぁ……」
「女帝と下僕たちって感じでしたね……」
アレを見てもアデルは何の疑問も抱いていない。普段は賢くて人の感情の機微に聡い彼も妹に対しては目が曇りまくっている。いや、妹しか見えていないのだ。
「……顔はアデル君にすごく似てるけど、中身は真逆みたいだね」
「ええ。あれは生まれついての支配者です」
二人はアデルのことが好きである。
しかし男同士ということもあり、もし両想いになれたとしてもおおっぴらに出来る関係ではない。社会的にパートナーとして認められることはないし、それ以前に本人に想いを告げて嫌われたり拒絶されたら困る。
そこに妹の存在が明らかになった。
アリスと結婚したらアデルと義理の兄弟になれる。
家族として生涯そばにいられる。
例え想いが遂げられなくとも、ずっと近くにいられるのなら……と、チラッとでも考えた数分前の自分を殴りたい。あれは騙すのも御するのも無理だ。
アシオンとアルタリオは、早々に潰えた夢を無かったことにした。
以前から誘われていたこともあり、アデルは進級と共に生徒会に入ることにした。それを知ったカナンが一緒に入りたいと申し出る。
いつもの会議室。
椅子に座るアデルの前に膝をつくカナン。二人きりで話す時は大体この状態だ。
「いいの? 役職にはつけないかもしれないよ」
「アデルの役に立ちたいだけだから構わない。雑用でも何でもやる」
「じゃあ僕からヴィレオ先輩に伝えとくね」
「……済まない。本当はクラス委員の方もやりたかったんだが」
「いいんだよ。君は一年間とってもよく働いてくれたもの。次は生徒会で僕のために働いてね」
「ああ。面倒なことは俺が全部やる。だから……」
「まだ駄目。役に立ってから」
「アデル……」
カナンはアデルとの接点を増やすためだけに生徒会入りを決めた。
褒めてほしい。
認められたい。
それだけが彼の心の支えだった。
ほとんどの者はアデルとアリスの性格が真逆だと考えているが、実際は似たようなものだ。
アリスは誰彼構わず支配下に置き、アデルは相手によって対応を変えて従える。強制ではなく自発的に従属するよう仕向けているので時間が掛かるのが難点ではあるが、その分効果が長続きする。
将来を見越して生涯使える人材を確保する。
それがアデルのやり方なのだから。
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