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本編

25話:牽制合戦 2

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 昼下がりのヴィクランド侯爵邸。
 その庭園の四阿あずまやで友達二人を招いてお茶会をしている最中、カインが客人を伴ってやってきた。
 馬車から転がり出るようにしてアデルの元にやってきたのは、白髪混じりの老紳士だ。


「アデル様、お会いしとうございましたァアーッ!」

「が、学長!?」


 客人の正体は半月ほど前に社会見学で訪れた兵士養成学校の学長、ロナルド・スペリア。王国軍上がりで一代限りの爵位を持つ老紳士である。
 彼は四阿の手前で片膝をつき、嬉しそうにアデルを見上げている。
 六十代手前の大人の男が十二歳の少年にかしずく姿は周りから見ても異様だった。確かにアデルは高位貴族ではあるが、学長は社会的な立場のある人物であり、もちろん主従関係ですらないのだから。


「急に連れて来てすまない、アデル君」

「何故カイン様が学長と……?」

「これには色々と事情があってね……」


 げんなりした顔のカインが事の経緯を説明してくれた。

 社会見学当日、アデルが事故を無かったことにし、安全対策の改善点をこっそり指摘。更に後日ヴィクランド侯爵からの多額の寄付金。慌てて侯爵に御礼状を送ったところ『息子が絶賛していたから』と返事が来た。
 この時点で学長は胸がいっぱいになり、暴走が始まった。
 直接ヴィクランド侯爵邸に面会を申し込むも、平民上がりで末端の爵位持ちに過ぎない学長は門前払いに。手紙のやり取りならばともかく、直接会うには身分の差が有り過ぎる上に何のメリットがないと秘書に判断されたからだ。
 それならばと、学長は時々指導に訪れる騎士団の司令官ガロードに仲介を頼んだ。ガロードはカインの妹と結婚してラディウス伯爵家を継いでいて、ヴィクランド侯爵家との繋がりもある。仕事で訪れる度に泣きつかれ、ガロードはついに根負けした。
 しかし、紹介したくともガロード自身は個人的にヴィクランド侯爵邸に訪れたことはない。義兄はしょっちゅう出入りしているから、と学長に伝えた。
 そして、矛先がカインに向けられたのだ。


「連日騎士団の詰め所に突撃されてな。さすがに仕事の邪魔だから連れて来た。……すまない、友人が遊びに来ている時に」

「いえ。それより、カイン様やガロード様の手を煩わせてしまってすみません」

「君のせいではない。……スペリア殿、確かに会わせましたよ。ひと目会えれば帰ると約束したでしょう!」

「ああ~、アデル様……!」


 聞いてないぞこの老紳士。
 ずっと恍惚とした表情でアデルを見上げ、拝むように両手を胸の前で組んでいる。


「あの、学長、僕に何か用があるのでは?」

「え、あっそうそう! 観覧席の安全対策と武器の新調が完了いたしましたのでご報告を。それと、あの日以来我が校ではアデル様が大変人気で……女生徒たちもアデル様に会いたがっております」

「エッ、女の子が!?」


 これにはアデルも反応を示した。
 兵士養成学校の約二割の生徒は女性である。模擬戦闘で活躍した長剣使いの子を思い出し、アデルはやや浮き足立った。


「是非またお越しください。その際は、私みずからご案内をさせていただきますので」

「ど、どうしよっかな……」

「アデル君! 学校行事以外で貴族の子息が一般の学校に出向くものではない。スペリア殿も、その辺にしておいていただかないと」


 女の子に釣られそうになるアデルを制し、学長を叱るカイン。その表情は呆れ顔だ。

 大人の男が少年に傾倒する。
 異様な光景だが、アシオンたちには学長の心情が理解出来た。アデルを崇めたくなる気持ちは分かる。だからこそ、こんなポッと出の年寄りには負けていられない。自分の気持ちのほうが上だという対抗心に火がついた。

 アシオンは椅子から立つ際にわざと躓いた。隣にいたアデルが咄嗟に身体を支えてやると、アシオンはその腕にぎゅっと抱き着く。普段なら人前でこんなことはしないが、今日は別だ。


「アデル君、ありがと。いつも助けてくれて」

「御礼なんか要らないって前にも言ったよ」

「いいの、ボクが言いたいだけだもん」


 さりげなく『いつも』と言うことで、こういったやりとりが日常的なものだとアピールした。アデルからも『御礼は要らない』『前にも言った』という、他人行儀を嫌う発言が得られた。親密さを周囲に見せつけるには十分だ。

 次に、アルタリオが穏やかに微笑んで声を掛ける。


「兵士養成学校の学長ともあろうお方が軽々しく膝をついてはなりませんよ。さ、


 気遣いに聞こえるが、これも牽制だ。
 自分たちは招かれた立場であり、用意された席がある。一方の学長は突然押し掛けただけ。立てばその差が明確に分かる。周囲に優しさをアピールをしながら相手に自覚を促す、高位貴族ヴォーモスト公爵家の跡取りならではの攻撃である。

 そんなやり取りを見て、カインは気付いた。
 この二人の少年は明らかにアデルに友情以上の好意を抱いている、と。

 そして先日のことを思い出した。
 アデルの服を脱がせた際に見つけた、彼の肩に残された赤い痕。同級生と揉めて掴まれた際についたとアデルは言っていた。

 カインは四阿にいる二人を観察する。

 アシオンは小柄で大人しそうな性格をしている。よって彼は除外。アルタリオは背が高く、先程の発言を聞いた限りでは攻撃的な性格をしている。揉めた後に仲直りをしたというのなら、茶会に招くのは有り得る話だ。
 あの痕をつけたのがアルタリオだとカインは断定した。

 実際はここに招かれていないカナンの仕業だったのだが、そうとは知らないカインは目の前の青髪の少年に対して不快感を抱いた。

 それに、アデルがこんなにも他者、しかも男ばかりから好意を寄せられているのを目の当たりにして初めて焦りを感じた。


 ──彼に触れるのを許されているのは私だけだ。


「友人との語らいを邪魔して済まなかった。もう連れて帰るから安心したまえ。……君たちも悪かったね」

「いえ」

 カインは笑顔でこう声を掛けた。アシオンとアルタリオにも軽く謝罪する。あくまでも大人の男として、寛大に。冷静に。
 そして去り際にそっとアデルの側に近付き、耳元に顔を寄せ、小さな声で囁く。


「明日の夜、また来る」

「ちょ、カイン様……!」


 これにはアデルも驚いた。
 何故なら、これは閨のレッスンの予告なのだから。それを人前で匂わすように告げられて、アデルは思わず赤面した。

 その反応を見て、アシオンやアルタリオも気付いた。カインが普通以上の好意をアデルに向け、しかも二人の間には何かがある、と。




 嵐のような来客が去ってからも、四阿は気まずい雰囲気に包まれていた。
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