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本編
12話:波瀾の社会見学 1
しおりを挟む社会見学の日がやってきた。
大型のスクール馬車に男女別れて乗り込み、王都の外れにある兵士養成学校へと向かう。馬車の中は落ち着かない様子のクラスメイト達の囁き声が行き交っていた。
貴族学院に通うのは貴族の子息令嬢のみである。逆に、これから向かう兵士養成学校の生徒は平民のみ。これまでほとんど平民と関わることなく生きてきた彼らにとっては未知の領域となる。
それ故に、期待よりも不安が先に立つ。
王国軍廃止派とまではいかないが、軍の規模縮小の是否について語る者も少なくない。
議論は良いことだが廃止派が増え過ぎるのは問題だと思いながらも、アデルは黙ってクラスメイト達の会話を聞いていた。
「皆さま、ようこそおいでくださいました」
そう言って出迎えてくれたのは、兵士養成学校の学長の老紳士だ。彼は平民出身だが長年王国軍に貢献してきた功績で一代限りの爵位を賜っている。しかし、貴族位としての序列は最も低く、従って腰も低くなる。
アデルは生徒代表として前に出て、学長が頭を下げるのを手で制した。
「今年も見学を許可していただき、ありがとうございます。鍛錬のお邪魔にならぬよう努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「は、はい。こちらこそ」
丁寧な挨拶を受け、学長は顔を綻ばせた。
例え身分の差があろうとも年長者は敬うべきだとアデルは考えている。今のもご機嫌取りではなく自然と出た言葉だった。
アデルの謙虚な姿勢を目の当たりにして、クラスメイト達も気持ちを引き締めた。
まずは校内の見学から。
貴族学院とは違い、廊下や教室は板張りで絨毯やタイルなどで覆われてはいない。柱や壁、天井にも装飾が一切無く簡素な造りとなっている。それだけでクラスメイト達はざわついた。
それぞれの兵科に分かれて武器の扱い方や整備の仕方、戦術などを講義と実地で教わっている様子を廊下から眺める。兵士の卵たちは貴族学院の生徒からの視線に耐えながら大人しく授業を受けていた。
最後は戦闘訓練だ。
校舎に隣接された闘技場に場所を移し、兵士の卵同士の模擬戦闘を観覧席から見学する。これが社会見学の一番の見どころであり、一番盛り上がる時間でもある。
「なんだかドキドキするね、アデル君」
「うん、楽しみだね」
アシオンと並んで座ったのは、闘技場をぐるりと囲む観覧席の最前列。前面には柵の代わりに三十センチ間隔で細い柱が立てられ、極細の鋼線で編まれた網が張ってあった。今日は貴族学院の生徒がいるからか、略式武装した教員達が等間隔に立って警備をしていた。
「おや、あれは女性ではないですか?」
「え、あっ本当だ。女の子だ」
いつのまにか反対隣に陣取っていたアルタリオがそう教えてくれた。
革の胸当てをしている子をよく見れば、確かに少女だった。年の頃は、アデル達より幾つか上だろうか。引き締まった身体と日焼けして健康的な肌、長い髪は後ろでひとつに括られている。長剣を持ち、左腕の小手には小さな丸盾が固定されていた。
対するのは大剣使いの少年だ。こちらもアデル達より幾つか年上だろう。背が高く、鍛え上げられた肉体はほぼ大人の男性と変わりない。
ちなみに、模擬戦闘なので使用する武器は木製だ。
「まあ! 男女で戦うのですか?」
「女性が勝てるわけありませんわ!」
観覧席の女生徒から困惑の非難混じりの声が上がっている。
確かに、体格差や武器の大きさから見ても、あの少女が大剣使いの少年に勝てるとは思えない。
闘技場の中央で向かい合い、一礼してから間合いを取る二人の兵士の卵。それぞれ武器を構え、相手の隙を狙っている。
先に動いたのは大剣使いの少年だった。
大きく振りかぶっての突進。相手は細腕の長剣。多少斬り付けられても大したダメージにならないと踏んだ上の先制攻撃だ。
しかし、これは軽くかわされた。
少女の方が身軽に動ける。彼女は最低限の動きで少年の突進をいなすと、構えた長剣で彼の手首を打った。
利き手を強かに打たれた少年は、持っていた大剣を取り落とした。少女が長剣の先を少年の首元に突き付ける。
「勝負ありッ!」
判定役の教師が少女の手を取って上へと掲げた。
その瞬間、静まり返っていた闘技場内がワッと一斉に湧いた。
「すごいすごい! 女の人が勝ったよ!」
「……一瞬の攻防だったね。素晴らしい」
珍しく興奮した様子のアシオンが身を乗り出して拍手している。アデルも彼女の勝利に惜しみない賞賛を送った。
先程まで悲観的だった女生徒たちも、きゃあきゃあと手を取り合って騒いでいる。女性が男性に打ち勝つ姿を目の当たりにして嬉しかったのだろう。
兵士を目指す女性は少なくはないらしい。よく見れば、兵士養成学校の生徒の約二割は女性だった。
その後も何試合か模擬戦闘が行われ、観覧席は大いに盛り上がった。
間も無く終わるという時だった。
「危ないッ!」
打ち合い中に武器が破損し、剣の先端部分が観覧席の方に飛んできた。軌道の先に座っていたアデルは、予想外の事態に身動きひとつ取れずにいた。
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