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本編

8話:清らかな心

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 貴族学院に入学して一ヶ月。
 アデルは未だに女子生徒と一対一で会話することすら出来ずにいた。騎士団長のカインや妹のアリスから慰められているので焦りはない。

 だが──


「ねえ君、ハンカチ落としたよ」

「あ、ありが……ヒッ!! 結構です!!」


 声を掛けただけで小さく悲鳴をあげて逃げていく女の子の後ろ姿を見送りながら、流石に気付いた。

 なにかおかしい。

 必要以上に怯えられている。

 正しくは、アデルから個人的に声を掛けられることを恐れている、といったところか。落し物を手渡すだけでもこうだ。まともな会話など夢のまた夢だ。

 アリスの暗躍を知らない彼には思い当たる節がない。ただただ首を捻り、ああでもないこうでもないと原因を追い求めて落ち込むだけ。

 そんなこんなで、ひとり校舎裏で肩を落とすアデルを見つけ、声を掛ける者がいた。


「おや、君が一人でいるなんて珍しいですね」

「あ、アルタリオ君……」

「隣に座っても?」

「……どうぞ」


 青く長い髪をかきあげながら隣に腰を下ろしたのは、クラスメイトのアルタリオ・ヴォーモスト。大司教の孫だ。背が高く落ち着きがあり、同学年の中で一番大人っぽい雰囲気を持つ少年である。

 涙目の顔を見せまいと目を逸らすが、アルタリオは構わず覗き込む。そして、口の端を歪めて嗤った。


アラン・ヴィクランドの息子だから、てっきり君も女好きだと思っていましたが……どうやら違うみたいですね」


 父親の名前を出され、アデルはびくっと肩を揺らした。膝を抱え直して更に俯く。


「さっき偶然見掛けてしまいまして。女性と満足に会話も出来ないのでは、手を出す以前の問題じゃないですか?」

「……」

「まさか、あの稀代のプレイボーイの息子が女性から避けられまくっているとは思いませんでした」

「ウッ……」


 アルタリオはアデルの心の傷を抉るような言葉ばかりを投げつけた。もちろんワザとである。
 彼はヴィクランド家が王国を裏で牛耳っている現状を良く思ってはいない。ほとんどの貴族が籠絡されているが、ヴォーモスト公爵家は常に中立の立場を保っていた。故にヴィクランド家の跡取りであるアデルに対し、厳しい目を向けていた。

 だが、現実はこの有り様。

 入学直後から警戒し続けていたのが馬鹿らしく思えて、つい本人に声を掛けたのだ。嫌味をたっぷり添えて、父親のようにならないよう釘を刺すつもりで。
 突然こんな風に言われれば大抵の者は怒る。言い返してきたら更に追い討ちを掛けて心をへし折ってやる。それくらいの気持ちで声を掛けた。

 しかし、思いもよらぬ反応が返ってきた。


「やっぱり、僕は父上のようになれない……」


 俯いたアデルの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それを見たアルタリオは青ざめ、盛大に焦った。


 同級生を泣かせてしまった!!!


 アルタリオは大司教の孫あり、彼自身も司祭である。司祭とは聖職者である。聖職者とは、迷える民に神の教えを説き導く存在である。
 それにも関わらず、個人的な感情から同級生の粗探しをし、果てに当人に詰め寄って罵った。その結果、深く傷付けてしまった。


「あああああアデル君! 泣かないでください、どうしたらいいか分からなくなります!」

「ご、ごめん。自分でも情けなくて」


 無理やり目元を袖で拭おうとする手を止め、アルタリオはハンカチを差し出した。はじめは遠慮していたが、押しに負けてアデルはそれを受け取った。


「……ありがとう、アルタリオ君」


 まだ赤みの残った目を細め、控えめに微笑むアデルを見て、胸を鷲掴みにされたかのような痛みを覚えた。自分は何て酷いことを言ってしまったのだろうと、アルタリオは猛省した。


「す、すみません。いきなり失礼なことを」

「ううん、ホントのことだから。……ハンカチありがとう。明日新しいものを用意して返すね」


 いきなり暴言を吐いたにも関わらず、アデルはそれを一度も責めなかった。そればかりか御礼の言葉まで。



 ──なんと清らかな心であろうか!



 この日以来、アルタリオがアデルに嫌味を言うことはなくなった。しかし、庇護欲を刺激されたからか、さり気なく側に付き従うようになった。


「アデル君、今度うちの大聖堂に遊びに来ませんか? 一般公開されていない特別室を見せてあげましょう」

「え、いいの!?」

「ええ、きっと気に入りますよ」

「嬉しい、ありがとうアルタリオ君!」


 アデルの屈託のない笑顔を見て、アルタリオは自分の胸を押さえた。満足そうな微笑みを浮かべながらも、どこか苦しそうにも見える。

 それが『萌え』という感情だと、彼はまだ知らない。
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