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本編

5話:アリスの暗躍

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「流石におかしい」


 家族用の居間でお茶を飲みながら、アデルは眉間に皺を寄せてボヤいた。

 貴族学院に入学して早一週間。
 その間、まだ女の子とまともに会話していないのだ。顔を合わせれば挨拶くらいはするが、個人的に話せたのは男だけである。女の子に声を掛けようとすると、何故か邪魔が入ってうまくいかない。さりげなく避けられている気もする。


「ふふ、お兄さまったら。そんなに焦らなくてもよろしいのでは?」

「……アリスぅ。僕は女の子から見たら声も掛けたくないくらいダメな男か? もしかして臭い? 見た目がヤバかったりする???」


 半泣きになりながら、アデルは向かいに座る少女に尋ねた。

 アリス・ヴィクランド。
 アデルのひとつ歳下の妹である。ゆるく波打つ金の髪とエメラルドを溶かしたような瞳。雪より白い肌。顔立ちはアデルに似て愛らしい。身長もほぼ変わらない。

 問われたアリスは「まあ!」と大袈裟に驚いてみせた。そして、目を細めて微笑む。


「そんなことありません。お兄さまは誰よりもステキな方。他の方はきっと恥ずかしがっているだけですわ」

「そ、そうかな……」

「ええ! お兄さまから近付いたらビックリして萎縮してしまわれるかも。だから、あちらから声を掛けてこられるまで気長に待った方がいいんじゃないかしら」

「う、うん。わかった」


 アリスからの助言にアデルは何度も頷いた。失われかけた自信がやや回復する。真っ直ぐにアリスを見つめ返し、テーブル越しにその小さな手を握った。


「……はあ。アリスは本当に可愛いな。僕のクラスにいたら絶対放っておかないよ」

「あら、今は放っておくつもりなの?」

「そんな訳ないよ、可愛いアリス。……いつも僕の愚痴に付き合わせてごめんな。今度の休み、二人で街にお出掛けしようか」

「うれしい! 楽しみ!」


 側から見れば微笑ましい兄妹の会話だが、アリス付きの侍女、エルマとアルマは全てを知っている。

 女の子が近付かないのはアリスの差し金だ。
 学院の入学前でも貴族の令嬢達はお茶会などで既に交流を深めている。そこでアリスは場を支配し、こう命じていた。


「私の許可なくお兄さまに取り入ったら、お父さまに言ってお家を取り潰しちゃうから」


 父親のアラン・ヴィクランドは王国を裏で牛耳る大物である。そして、ほとんどの貴族は彼の掌中にある。アランはアリスを溺愛しており、彼女の『お願い』ならば例え友好国でも躊躇なく攻め滅ぼすだろう。
 親から「ヴィクランド家には逆らうな」と言われて育った令嬢達はアリスの言葉に素直に従う。それ故アデルには女の子が一切近付いてこないのである。最低限の挨拶以外の会話や接触は禁止されている。

 もちろん、アデルの閨の練習相手が見つからなかったのもアリスの仕業である。
 ヴィクランド家の女性使用人たちは、アリスに睨まれたら職を失うどころか一族郎党まとめて始末されると知っているから断った。花街の女たちもアリスの怒りを買うのを恐れて手を引いたのだ。

 そうとは知らないアデルは、自分がモテない理由を探しては凹み、その度にアリスに泣きついて慰めてもらっていた。
 他人相手ならすぐに感情を読み、心を意のままに操るアデルも、妹のアリスには気を許しまくっていて疑う気持ちは微塵もない。


 ──気の毒なお坊っちゃま。


 そう思いながらも、エルマ達はアデルに事実を教えるつもりは一切ない。主人あるじの逆鱗に触れれば使用人の一人や二人、簡単に消されてしまうからだ。それとは別に、この状況を楽しんでいる部分もある。


「アリス~、僕と喋ってくれる女の子はおまえだけだよ~」

「うふふ、お兄さまったら」


 今日も落ち込んだ兄を励ましながら、アリスは心からの笑みを浮かべた。



***



「あの、お嬢様。アデル様に近付く殿方は放っておいてもよろしいのですか?」

「男は孕まないもの。問題ないわ」
 

 女と交際すればいずれ子が出来る。そうしたら妹より子供を優先するに決まってる、とアリスは考えていた。その点、男はそういった心配がない。


「お嬢様の嫉妬の基準がよく分かりませんね」

「まあ、それで良いと言われるのでしたら……」


 エルマとアルマはそう言いながら首を傾げた。
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