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第84話 夜のお悩み相談室

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 ロザリアの余剰魔力を抜くため、リアンは週一回の頻度でレイディエーレ侯爵家の屋敷に顔を出すようにした。騎士団の仕事がない日はルセインにあるドロテアの家で、仕事がある日は騎士団本部に近い王都の家で過ごしている。

 順風満帆と思われていたが、裏で無視できない問題が発生していた。

「ラドガン様、ヴェント様、どうか知恵をお貸しください」

 ルセインにあるドロテア宅の客間にて、リアンはラドガンとヴェントに相談を持ち掛けた。二人は驚きで目を丸くしている。

 ちなみに、現在ドロテアは奥の仕事部屋にこもって溜まった仕事を片付けている。サイラスは個人任務で不在。客間にいる面子はリアンとラドガン、ヴェントの三人だけである。

「おやまあ。リアンさんから相談とは」
「意外だよねえ。今までなら一人で悩み抜いて身動き取れなくなってばっかだったのに」

 確かに、過去のリアンには誰かに相談することなく思い詰める癖があった。改めて指摘されて恥ずかしくなり、リアンは「そうでしたっけ」と誤魔化した。

「どうせヴェント様には筒抜けだし、ラドガン様は妙に察しがいいですから、隠すだけ無駄だと思いまして」
「やだなあ、俺だって四六時中盗み聴きしてるわけじゃないんだよ? 必要な時にしかやってないってば」
「リアンさんは思考が顔や仕草に出やすいですから」

 ヴェントの風魔法を用いた広域索敵は離れた場所の会話も拾える。ラドガンは常に他人の思考や行動を読む癖がある。この二人相手に隠し事は出来ないため、リアンは自ら打ち明けることにした。意地や見栄を捨てて諦めたと言っても過言ではない。

「サイラス隊長もあなたと同じで、隠し事には全く向かない性格をしてらっしゃいますよ」

 ラドガンの口からサイラスの名前が出た瞬間、リアンがピクリと反応を示した。今回の相談の要となる人物だからだ。リアンは意を決し、悩みの詳細を話し始めた。

「実は、サイラス様との仲が進展していないんです」
「えっ」
「えっ」

 リアンの言葉に、二人はまたも目を丸くした。

「あれから一ヶ月以上経ちましたが」
「え~? サイラス隊長、何度も王都のリアンさんちにお泊まりしてるよね?」

 驚くのも無理はない。レイディエーレ侯爵家に四人で奇襲を仕掛け、アリエラやドロテアまで参戦してようやく交際の許しをもぎ取ったのだ。サイラスのこれまでの様子から、すぐにでも進展すると考えていた。実際、サイラスは王都にあるリアンの家に何度も泊まっている。

「ていうか、その、一度もしてないの?」
「はい」

 重々しい表情でリアンが頷くと、ヴェントが「嘘だあ」と天を仰いだ。それほどまでに信じられない話だからである。

「サイラス隊長はああ見えてキッチリした性格ですから、両家の親から許可を貰うまで手を出さないという考えだった……というのは理解出来ますけど」
「アリエラ様にもレイディエーレ侯爵夫妻にも認められたってのに、なんでだろ」

 とっくに深い仲になっているものだと思い込んでいたラドガンとヴェントはしきりに首を傾げている。そんな二人を見て、やはり今の状況はおかしいのだとリアンは再確認した。

「もしかして、僕のこと嫌いになったのかも」

 ぽつりとリアンがこぼした弱音に、二人は声を揃えて「それだけは絶対ない!」と力強く断言する。

「今日だって鍛錬場でエルガー隊長がリアンさんに話し掛けるのを妨害していたじゃありませんか」
「そうそう。隊室でもセイゲルとダンテがリアンさんに抱き着いて怒られてたじゃん」
「そうですけど」

 一時は落ち着いたように見えたサイラスの嫉妬や独占欲は今も健在で、恋敵エルガーだけでなく隊の仲間にまで敵意を向けてくる。信用しているからか、ラドガンとヴェントに対しては酷い態度は取らない。揉め事に発展しないよう適度な距離を保っているからという理由もあるのだが。

「実は露骨に誘ったこともあるんです」
「おお……」
「意外……」
「サイラス様は僕を寝かし付けてから寝ました」
「ああ……」
「ええ……」

 リアンは健康な成人男子。好きな人と一緒にいれば触れ合いたくなるに決まっている。口付けと添い寝以上してこない恋人に、二人きりの時に薄着で抱き付くなど試みてみた。しかし、サイラスは一切手を出さなかったという。

「やっぱり僕が男だからでしょうか」
「今さら!?」

 深刻な悩みだと分かっていても、ラドガンたちは突っ込まずにはいられなかった。サイラスに限って心変わりをするはずがないと身に染みて知っている。

「サイラス様、使える魔力が増えているじゃないですか。僕から魔力を付与されなくても大丈夫なくらいには」

 サイラスの魔力量が少なかった原因は、無意識のうちに炎魔法を抑え込んでいたからだ。レイディエーレ侯爵とロザリアが復縁した後は徐々に回復しつつある。さすがに遠征時のような雷槍の連撃は不可能だが、単発での発動に支障はない。

「叔母上からも散々言われたでしょう。考え過ぎはリアンさんの悪い癖ですよ」
「ま、俺らに相談するだけ前より進歩してるけどね」
「すみません。どうも前向きになりきれなくて」

 内容が内容だけにドロテアに相談するわけにもいかず、今回はラドガンたちに頼っている。
 
 リアンが不安を抱くのは当然。ラドガンも考えてみたが、やはり答えはサイラス本人にしか分からないという結論に至った。早々に見切りをつけたとも言う。

「サイラス隊長に直接聞いてみましょう」
「直接、ですか?」

 聞き返すリアンに、ラドガンは大仰に頷いてみせる。

「私たちがさりげなく理由を聞き出しますから、リアンさんは普段通りに」
「お、お願いします!」

 策と呼ぶには直球過ぎるが、もはや他に手立てはない。リアンは藁にもすがる思いで二人に頭を下げた。



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