80 / 93
第80話 懺悔
しおりを挟む辺りがすっかり闇に包まれた時間帯のレイディエーレ侯爵家の屋敷には多くの客人がいた。ほとんどが勝手に押し掛けてきた招かれざる客であり、当主の侯爵は心労のせいか眉間にシワを寄せた顔のまま固まっている。
嫡男サイラスが跡継ぎ辞退を申し出たことから騒動が始まっている。辞退の理由は魔法の属性、それと同性の恋人リアンの存在。当然侯爵は承諾するはずもなく反対した。
リアンを泣かせたことで眠りについていたアリエラが出現。激怒したアリエラが侯爵に対して危害を加えようとしたが、リアンが止めに入ったため一時的に沈静化した。彼女の前でリアンを悲しませたら終わりという状態となっている。
冷静に話し合うために場所を屋敷内の応接の間に移したところ、ドロテアがサイラスの母親ロザリアを連れて乱入。動揺して魔力を暴走させかけるもリアンの魔力操作によって事なきを得た。
現在は応接の間でそれぞれ椅子に座り、相手の出方を探っている状態となっている。
「さあロザリア様、あなたの秘密を打ち明ける場は今をおいて他にはございません。どうか胸の内を全てお話しくださいませ!」
場を仕切る役はラドガンからドロテアへと移った。二人ともアルカンシェル公爵家の人間で、誰も無碍には出来ない。ラドガンとヴェントは立ち会い人として大人しく成り行きを見守っている。
「母上の秘密ってなんですか」
しばらくの沈黙の後、初めに口を開いたのはサイラスだった。十数年ぶりに母親に会い、まだ混乱しているのだろう。声は震え、表情も強張っている。
そんな息子の様子を見て、ロザリアは悲しげに瞳を潤ませ、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、サイラス。あなた一人をレイディエーレ侯爵家に残して逃げてしまった母を許して」
謝罪の言葉に、サイラスは何も返せない。言いたいことは幾らでもあったはずなのに、いざ目の前に現れると何も言えなくなった。想像していた母親の姿より弱々しく儚げだったからかもしれない。
泣き出しそうなロザリアに寄り添い、ドロテアが彼女の代わりに事情を話し始めた。
「先ほどの魔力の暴走未遂でお分かりかと思いますが、ロザリア様はかなり大きな魔力をお持ちです。そのため普段から魔力抑制の効果がある魔導具を身に着けておられます。感情が昂ぶると魔導具の限界を超えて壊してしまうので、時々修繕のご相談に乗っておりますの。もう十年以上のお付き合いになりますわ」
「情けない話ですが、わたしは生来体が弱く、自分の魔力に負けてしまっているのです。魔導具が手放せなくて、ドロテア様にはずっとお世話になっております」
ドロテアの話に乗り、ロザリアも話し始める。声はか細く弱々しい。体が弱いという話は真実なのだろう。痩せて顔色も悪く、ドロテアが支えていなければ倒れてしまいそうなほどである。
高位貴族は基本的に魔力量が多い。中でも女性は魔法を使う機会がほぼないため、魔力抑制効果のある魔導具で不意の発動を封じている。ドロテアの顧客の中でロザリアは最も魔力量が多いという。アリエラには遠く及ばないが、王妃に継ぐ素質の持ち主である。
「実家に頻繁に帰っていた理由もそのためなのです。嫁ぎ先で魔力を暴走させてしまうわけにはまいりませんから」
ロザリアの発言にレイディエーレ侯爵が顔色を変えた。
「そ、そんな理由で実家に帰っていたのか」
「何度もご説明いたしました」
「だが、結婚してすぐの頃からほとんど我が家におらんかったのだ。使いの者をやっても帰ってこず、連絡もつかぬ有り様で」
「兄が怒って追い返していたのです」
ロザリアの兄はエルガーの父親である。溺愛のあまり妹を実家に入り浸りにさせていたのではなく、可愛い妹を信じないレイディエーレ侯爵に憤慨し、婚家に帰さないようにしていたというわけだ。
「そんな中サイラスが生まれ、グローニス様に不貞を疑われて更に魔力と体調が不安定になってしまいました。子育てどころか日常生活すらままならず、実家で療養せざるを得ない状態に陥ったのです。可能な限りレイディエーレ侯爵家で過ごしていたのですが数年で限界を迎えてしまい、離婚を決意しました」
離婚に至るまでの話はサイラスから聞いている。結婚してからほとんど別居しており、疑われても文句が言えない状況と言える。しかし、魔力過多と虚弱体質のための措置だったのだと説明されれば納得がいく。
問題は、当時のレイディエーレ侯爵が事情を全く理解しておらず、ロザリアを責めるような態度ばかりを取っていたこと。精神的に追い詰められたロザリアは兄に説得され、不貞疑惑を払拭した後に離婚に踏み切ったのである。
「私は離婚などしたくはなかったが、周りからの説得もあって仕方なく応じたのだ。サイラスをレイディエーレ侯爵家に残すと約束させて」
親子がバラバラになった原因は、やはりレイディエーレ侯爵の疑り深さや人の話を聞かない性格にあった。自分の意見を曲げないところは長所にも短所にも成り得る。高圧的な態度で接されてしまえば、気弱なロザリアには言い返すことすら出来なかっただろう。いま彼女が思ったままを伝えられたのは、心強い味方であるドロテアが隣にいて、魔力過多の症状をリアンが抑えてくれているからに他ならない。
それでも、サイラスには不満があった。王都と衛星都市アルタンはさほど離れてはいないにも関わらず、母親は一度もサイラスに会いに来なかった。幼い日のサイラスは母親に捨てられたのだと思い込み、辛く寂しい日々を送ってきた。
しかし、次のロザリアの言葉を聞き、抱えていた不満が少しだけ軽くなる。
「サイラスが貴族学院で良い成績をおさめたと聞いた時、剣技で先生に褒められたと聞いた時、わたしは誇らしく感じておりました。わたしがいなくても立派に育ってくれて嬉しかったのです。その度に会いたくなりましたが、サイラスには合わせる顔がなかった。自分の体調を優先して実家に逃げ帰った母親のことなど、きっと憎むか忘れるかしていると思っていましたから」
自嘲するロザリアを見て、サイラスの胸が痛くなる。むしろ自分こそ憎まれ、忘れられていると思い込んでいた。自分の外見にレイディエーレ侯爵家の要素があれば、母親が不貞を疑われて苦しむ必要はなかったからだ。
「忘れられるはずありません」
「サイラス……」
憎んでいないとは言えなかった。厳格な父親の元に一人残され、苦しんできた。母親がそばにいてくれたらと何度も願った。成長するにつれ、会いたいとは思わなくなっていた。期待しても無駄だと最初から諦めていた。
「甥のエルガーがあなたの話をよく話してくれるのです。この前の遠征任務で活躍していたと聞いて、わたし本当に嬉しくて」
涙をながすロザリアの姿に、サイラスの心の中にあったわだかまりが少しずつ溶けていく。離れていても忘れずに気に掛けてくれていたのだと知り、素直に嬉しく思えた。
話を聞くうちに、リアンはようやく理解する。エルガーがサイラスに突っ掛かっていた理由は叔母のロザリアに提供する話題を作るためなのだと。わざと喧嘩を吹っ掛けて、サイラスから言葉や反応を引き出していたのだ。だからこそサイラスのそばにいた自分によく話し掛けてきたのだな、と妙に腑に落ちてしまった。
51
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます
オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。
魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる