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第80話 懺悔

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 辺りがすっかり闇に包まれた時間帯のレイディエーレ侯爵家の屋敷には多くの客人がいた。ほとんどが勝手に押し掛けてきた招かれざる客であり、当主の侯爵は心労のせいか眉間にシワを寄せた顔のまま固まっている。

 嫡男サイラスが跡継ぎ辞退を申し出たことから騒動が始まっている。辞退の理由は魔法の属性、それと同性の恋人リアンの存在。当然侯爵は承諾するはずもなく反対した。

 リアンを泣かせたことで眠りについていたアリエラが出現。激怒したアリエラが侯爵に対して危害を加えようとしたが、リアンが止めに入ったため一時的に沈静化した。彼女の前でリアンを悲しませたら終わりという状態となっている。

 冷静に話し合うために場所を屋敷内の応接の間に移したところ、ドロテアがサイラスの母親ロザリアを連れて乱入。動揺して魔力を暴走させかけるもリアンの魔力操作によって事なきを得た。

 現在は応接の間でそれぞれ椅子に座り、相手の出方を探っている状態となっている。

「さあロザリア様、あなたの秘密を打ち明ける場は今をおいて他にはございません。どうか胸の内を全てお話しくださいませ!」

 場を仕切る役はラドガンからドロテアへと移った。二人ともアルカンシェル公爵家の人間で、誰も無碍には出来ない。ラドガンとヴェントは立ち会い人として大人しく成り行きを見守っている。

「母上の秘密ってなんですか」

 しばらくの沈黙の後、初めに口を開いたのはサイラスだった。十数年ぶりに母親に会い、まだ混乱しているのだろう。声は震え、表情も強張っている。

 そんな息子の様子を見て、ロザリアは悲しげに瞳を潤ませ、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい、サイラス。あなた一人をレイディエーレ侯爵家に残して逃げてしまった母を許して」

 謝罪の言葉に、サイラスは何も返せない。言いたいことは幾らでもあったはずなのに、いざ目の前に現れると何も言えなくなった。想像していた母親の姿より弱々しく儚げだったからかもしれない。

 泣き出しそうなロザリアに寄り添い、ドロテアが彼女の代わりに事情を話し始めた。

「先ほどの魔力の暴走未遂でお分かりかと思いますが、ロザリア様はかなり大きな魔力をお持ちです。そのため普段から魔力抑制の効果がある魔導具を身に着けておられます。感情が昂ぶると魔導具の限界を超えて壊してしまうので、時々修繕のご相談に乗っておりますの。もう十年以上のお付き合いになりますわ」
「情けない話ですが、わたしは生来体が弱く、自分の魔力に負けてしまっているのです。魔導具が手放せなくて、ドロテア様にはずっとお世話になっております」

 ドロテアの話に乗り、ロザリアも話し始める。声はか細く弱々しい。体が弱いという話は真実なのだろう。痩せて顔色も悪く、ドロテアが支えていなければ倒れてしまいそうなほどである。

 高位貴族は基本的に魔力量が多い。中でも女性は魔法を使う機会がほぼないため、魔力抑制効果のある魔導具で不意の発動を封じている。ドロテアの顧客の中でロザリアは最も魔力量が多いという。アリエラには遠く及ばないが、王妃に継ぐ素質の持ち主である。

「実家に頻繁に帰っていた理由もそのためなのです。嫁ぎ先で魔力を暴走させてしまうわけにはまいりませんから」

 ロザリアの発言にレイディエーレ侯爵が顔色を変えた。

「そ、そんな理由で実家に帰っていたのか」
「何度もご説明いたしました」
「だが、結婚してすぐの頃からほとんど我が家におらんかったのだ。使いの者をやっても帰ってこず、連絡もつかぬ有り様で」
「兄が怒って追い返していたのです」

 ロザリアの兄はエルガーの父親である。溺愛のあまり妹を実家に入り浸りにさせていたのではなく、可愛い妹を信じないレイディエーレ侯爵に憤慨し、婚家に帰さないようにしていたというわけだ。

「そんな中サイラスが生まれ、グローニス様に不貞を疑われて更に魔力と体調が不安定になってしまいました。子育てどころか日常生活すらままならず、実家で療養せざるを得ない状態に陥ったのです。可能な限りレイディエーレ侯爵家で過ごしていたのですが数年で限界を迎えてしまい、離婚を決意しました」

 離婚に至るまでの話はサイラスから聞いている。結婚してからほとんど別居しており、疑われても文句が言えない状況と言える。しかし、魔力過多と虚弱体質のための措置だったのだと説明されれば納得がいく。

 問題は、当時のレイディエーレ侯爵が事情を全く理解しておらず、ロザリアを責めるような態度ばかりを取っていたこと。精神的に追い詰められたロザリアは兄に説得され、不貞疑惑を払拭した後に離婚に踏み切ったのである。

「私は離婚などしたくはなかったが、周りからの説得もあって仕方なく応じたのだ。サイラスをレイディエーレ侯爵家に残すと約束させて」

 親子がバラバラになった原因は、やはりレイディエーレ侯爵の疑り深さや人の話を聞かない性格にあった。自分の意見を曲げないところは長所にも短所にも成り得る。高圧的な態度で接されてしまえば、気弱なロザリアには言い返すことすら出来なかっただろう。いま彼女が思ったままを伝えられたのは、心強い味方であるドロテアが隣にいて、魔力過多の症状をリアンが抑えてくれているからに他ならない。

 それでも、サイラスには不満があった。王都と衛星都市アルタンはさほど離れてはいないにも関わらず、母親は一度もサイラスに会いに来なかった。幼い日のサイラスは母親に捨てられたのだと思い込み、辛く寂しい日々を送ってきた。

 しかし、次のロザリアの言葉を聞き、抱えていた不満が少しだけ軽くなる。

「サイラスが貴族学院で良い成績をおさめたと聞いた時、剣技で先生に褒められたと聞いた時、わたしは誇らしく感じておりました。わたしがいなくても立派に育ってくれて嬉しかったのです。その度に会いたくなりましたが、サイラスには合わせる顔がなかった。自分の体調を優先して実家に逃げ帰った母親のことなど、きっと憎むか忘れるかしていると思っていましたから」

 自嘲するロザリアを見て、サイラスの胸が痛くなる。むしろ自分こそ憎まれ、忘れられていると思い込んでいた。自分の外見にレイディエーレ侯爵家の要素があれば、母親が不貞を疑われて苦しむ必要はなかったからだ。

「忘れられるはずありません」
「サイラス……」

 憎んでいないとは言えなかった。厳格な父親の元に一人残され、苦しんできた。母親がそばにいてくれたらと何度も願った。成長するにつれ、会いたいとは思わなくなっていた。期待しても無駄だと最初から諦めていた。

「甥のエルガーがあなたの話をよく話してくれるのです。この前の遠征任務で活躍していたと聞いて、わたし本当に嬉しくて」

 涙をながすロザリアの姿に、サイラスの心の中にあったわだかまりが少しずつ溶けていく。離れていても忘れずに気に掛けてくれていたのだと知り、素直に嬉しく思えた。

 話を聞くうちに、リアンはようやく理解する。エルガーがサイラスに突っ掛かっていた理由は叔母のロザリアに提供する話題を作るためなのだと。わざと喧嘩を吹っ掛けて、サイラスから言葉や反応を引き出していたのだ。だからこそサイラスのそばにいた自分によく話し掛けてきたのだな、と妙に腑に落ちてしまった。


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