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第77話 父子対決
しおりを挟む「リアン・ユニヴェール……っ!」
レイディエーレ侯爵から睨み付けられ、リアンは未だ誤解されたままだったと気が付いた。直接乗り込んできたかと思えば『王都の家でセレーネとサイラスを密会させた』というあらぬ疑いを掛け、説明しても聞く耳を持たなかった。一度敵視したら生半可なことでは心を開かない頑固な人物である。
「昼間も言いましたよね? 僕はサイラス様とセレーネ様を引き合わせたりなんかしていませんって」
「やかましい! おまえが密会場所を提供したとすれば全てが納得できる! でなければ、何故おまえ名義の家に何度もサイラスが泊まる必要がある!」
「もぉ~」
キリのない弁解にリアンは嫌気がさした。ドロテアの家での問答を含めれば何度説明したか分からない。
「サイラス隊長、リアンさんちに泊まったんですか? いいなー、俺もお泊まり会したーい!」
「成人済みの男が無断外泊して親に叱られているという話です? ちょっと情けないですね」
「おまえらの話は後で聞いてやるから黙ってろ」
後ろで控えているヴェントとラドガンの無駄話をサイラスが黙らせる。
「父上、セレーネ嬢とは郊外演習の日以降一度も会ってないと何度も説明したはずですが」
「私が認めなかったからコソコソ隠れて会っているのだろう? 先日の夜会で見合いをする予定だった令嬢のほうがどう考えてもセレーネ嬢より良い条件ではないか! 今ならまだ間に合う、考え直せ!」
リアンに尋ねる前にサイラス本人にも聞いていたらしいが、息子の言葉も単なる言い逃れや誤魔化しだと頭から決め付けて聞き入れない。レイディエーレ侯爵が欲しい言葉は「わかりました」と「父上に従います」だけ。それ以外は全て間違いなのだ。
「──父上、いい加減にしてください」
等間隔に並ぶ火柱にバチッと火花が混ざり始めた。リアンが生成供給している魔力量は一定だというのに、サイラスの怒気に呼応して雷魔法が勝手に漏れ出している。レイディエーレ侯爵も不穏な空気を感じたのか、辺りの様子を窺いつつ一歩下がった。
「オレが誰と密会していたか知りたいなら教えますよ」
「……は?」
サイラスの言葉に目を丸くする侯爵。彼の視界には石畳の路の両端に等間隔に並ぶ火柱と、アルカンシェル公爵家の馬車。サイラスとラドガン、ヴェント、リアンの姿しか映っていない。もしや馬車の中にまだ誰か乗っているのか、と視線を彷徨わせている。
「本当に、父上は頭が固い」
言いながら、サイラスは隣に立つリアンの肩を抱いて自分のほうへと引き寄せた。
「オレの密会相手はリィだよ。セレーネ嬢と見合いするずっと前からリィしか見てなかった」
「なっ……!」
「オレが強力な魔法を使えるようになったのはリィの能力のおかげだって知ってるだろ? 雷も使えるが、ご覧の通り炎のほうが扱いやすい。これが跡継ぎを辞退する理由だ」
驚きのあまり何も言えないレイディエーレ侯爵に畳み掛けるサイラス。その間、肩を抱かれたリアンは居た堪れない気持ちで立っていた。相対しているのはサイラスなのに、どうしても怒りの矛先が自分に向けられてしまうからだ。申し訳なさと恐ろしさで侯爵の顔を直視出来ない。
しばらくの間沈黙が流れた。誰もがレイディエーレ侯爵の次の反応を待っている。火柱が燃える音だけが庭園に響いていたが、次第に乾いた破裂音が加わり始めた。静電気が弾けるより何倍も大きな音が徐々に激しくなってゆく。それがレイディエーレ侯爵を中心に聞こえてくると気付き、ラドガンがサイラスの肩を叩いて知らせた。
「相当キてらっしゃいますよ」
「分かってる」
予想していたと言わんばかりに冷静に返事をしてから、サイラスはリアンの肩を抱く腕にグッと力を込めた。
ずっと密着しているリアンには、サイラスがかなり無理をして平静を装っていると分かる。騎士団で隊をひとつ任されるほどの実力者でも体に染み付いた恐怖の記憶はすぐに拭い去ることなど出来ない。魔力供給源であるリアンだけでなく、幼馴染で頼れる部下のラドガンとヴェントも一緒に居る。絶対に負けるわけがないと分かっていても、勝手に脚が震えてしまうのだ。
「大丈夫、僕がついてる」
「リィ」
揺らぐ体を支え、笑顔を向ければ、サイラスも笑顔を返した。
「……サイラス、貴様ぁ」
バチン、と一際大きな音が弾けた。数秒遅れて、レイディエーレ侯爵の背後に聳える屋敷から窓硝子が割れる音が立て続けに聞こえ、使用人たちから悲鳴が上がる。
「おーっと、危ない危ない」
咄嗟にヴェントが風魔法を用いて飛散した硝子の破片が人を傷付けないよう一箇所に集めていく。ラドガンも光魔法で生み出した光球で周囲を照らし、避難経路を示してやった。
「父に逆らう気か」
地を這うような低い声を発しながら、レイディエーレ侯爵がサイラスを睨み付ける。呼吸は乱れ、目は血走り、今にも爆発しそうな怒りを迸らせる姿はまさに恐怖の権化である。サイラスが恐れ、長年逆らえずにいたのも無理はない。
由緒正しい高位貴族である侯爵は血筋に恥じぬ魔力を有している。普段使う機会はまずないが、強力な雷魔法が使える。今まさに魔力を練り、怒りに任せて放とうとしていた。周囲に影響を与えるほど強大な魔力がレイディエーレ侯爵の身から湧き上がっていた。
「こうやってサイを押さえつけてきたんですね」
バチバチと火花を散らす侯爵の姿に、リアンは溜め息を漏らした。本来ならば恐ろしくて仕方がないはずなのに落ち着いていられるのは、自分なら状況を打破出来ると分かっているからだろう。
リアンの能力は魔力生成、魔力付与。
そして、魔力操作。
「ぜんぶ取り上げて分解しちゃいましょう」
サイラスの背に回していないほうの腕をレイディエーレ侯爵へと伸ばし、リアンは魔力の操作を始めた。魔獣の森一斉掃討作戦で、エルガーに牙を剥いた魔獣を倒した時のように魔力を奪う。根こそぎ奪えば命に関わるため最低限の魔力だけは残し、他は全て引き剥がした。
「な、なんだこれは」
魔力を奪われるなど生まれて初めての経験だったのだろう。レイディエーレ侯爵は体に力が入らなくなって石畳に膝をついた。愕然とした表情で辺りをキョロキョロと見回している。自分の身に何が起きたのか理解が追い付いていないようだった。
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