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第66話 母からの助言
しおりを挟む王都の商業街の片隅に件の家はある。生垣に囲まれた一軒家で、定期的に手入れがされているのか小さな庭には季節の花が咲き乱れていた。
「さあ入って。あなたの家ですよ」
先に庭に入ったアリエラが振り返り、手を差し出す。促されるままに歩を進め、リアンは敷地内へと足を踏み入れた。日の当たる庭を横切り、アリエラと共に玄関へと向かう。
「この家、ゲラートが時々逢い引きで使っていたんですって。家具は全て新しいものに変えましたし、お掃除もしてもらいましたから気にしないでね」
「はあ」
扉を開けると、まず廊下があった。一番手前に簡素な厨房付きの食堂、向かいに浴室などの水場、奥には寝室が二つ。二人で暮らすには十分な広さと設備が揃っている。寝室にはそれぞれ机や書棚、寝台が置かれ、すぐにでも入居可能な状態だった。
「どうかしら。気に入ってくれた?」
小さいが庭付きの一軒家。立地も王都の中心街に程近く、少し歩けばありとあらゆる店が立ち並んでいる。何より騎士団本部に歩いていける距離にあった。通勤手段で悩んでいたリアンには非常に魅力的な物件と言える。
「良いおうちだと思うけど、僕に維持出来るかな」
「大丈夫よ。没収したウラガヌス伯爵家の財産を使って庭師や家屋の修繕職人に定期的に様子を見に来てもらえるよう契約しておきましたから」
アリエラはリアンが同居話に頷く前にあらゆる問題を片付けていた。財産ゼロの状態からいきなり一軒家の所有者となったリアンはただただ茫然とした。
「楽しみですね、リアン」
「はい、母様」
戸惑いはするが嬉しくないわけではない。失われた十数年を取り戻すため、リアンはアリエラと王都の家で住み始めた。
ドロテアと同じく不器用なアリエラに代わり、炊事洗濯などの家事を一手に担った。お茶を淹れただけで喜ばれるものだから、つい世話を焼いてしまう。どんなに尽くしても感謝の一つもなかったウラガヌス伯爵家での暮らしを思えば、アリエラと過ごす時間はリアンにとって幸せそのものだった。
「騎士団のお仕事はどう? 楽しい?」
「うん、同じ隊の仲間が親切にしてくださってね」
共有できる明るい話題といえば騎士団のことくらい。お茶を飲みながら会話を広げていく。楽しそうに話をするリアンの様子に、アリエラの頬がゆるむ。アリエラがレイディエーレ隊について尋ねると、リアンは隊員の名前と良いところを挙げていった。サイラスやラドガン、ヴェントの名前を出した時、アリエラが反応を示した。
「あなたと共にユニヴェール家の屋敷に来た方々よね。とても印象が強かったから覚えていますよ。銀髪の子はドロテア様の甥っ子さんよね、よく似ているものね。亜麻色の髪の元気な子はレクサンドール侯爵家の」
「ラドガン様もヴェント様もとても頼りになるんだよ。出会った時からお世話になりっぱなしで。僕が今こうしていられるのはあの方々のおかげなんだ」
最初は緊張してたどたどしかったリアンの話し方が徐々に自然になってゆく。しかし、話題がサイラスに移ったあたりで再び言葉に詰まった。
「赤い髪の子は隊長さんでしょう? リアンのことをとても気に掛けていたわね。私にはっきり物を言う子なんて初めてだったから特に覚えているのよ」
「う、うん……」
リアンはサイラスのことをどこまで話すべきかを迷っていた。孤児院の院長には包み隠さず相談している。母親に恋愛相談するなど気恥ずかしいどころではないが、アリエラは色々と規格外過ぎる。案外常識にとらわれない助言がもらえるかもしれない、と腹を括った。
「実は僕、隊長のサイラス様が好きなんだ。サイラス様も好きだと言ってくれて」
「まあ、そうなの?」
やはりアリエラは常識にはとらわれていなかった。我が子が同性と好き合っているという報告を聞いても否定的な反応はなく、むしろ嬉しそうに身を乗り出している。
「あらためてご挨拶しなくては! ねえリアン、今度隊長さんを家に招待しましょう。私、お話してみたいわ」
「ま、待って。そういう関係じゃないから!」
盛り上がるアリエラに、リアンが慌てて補足した。
「サイラス隊長は魔力が少ないから僕をそばに置いてるだけなんだよ。彼に足りないものを僕が補っているから、多分勘違いしちゃったんだと思う」
リアンがサイラスとの交際に踏み切れない理由は身分差や性別だけではない。肝心の気持ち自体が錯覚や思い違いではないかと疑っている。
あまりにも卑屈で後ろ向きな我が子の思考回路に、アリエラは愕然とした。成長する過程で何度も絶望してきた経験が他人に過度な期待をしないようにしていると気付いたからだ。リアンがこうなってしまった原因はアリエラにある。
責任を感じたアリエラは記憶の中のサイラスを思い浮かべた。リアンのために憤り、直接意見してきた時の真剣な眼差しをよく覚えている。
「隊長さん、確かに魔力が少なかったわね。でも、本来の彼はとても優れた素質を持っているのよ。魔力が少ないのは、恐らく自分で抑え込んでしまっているからだと思うわ」
リアンには思い当たる節があった。見合いの場で初めて魔力を付与した時、サイラスは雷ではなく炎の魔法を暴走させ、レイディエーレ侯爵はやり直しを要求してきた。院長やラドガンたちから断片的に聞いた家庭の事情。サイラスの中で炎と雷の血が反発し合い、本来の能力が発揮出来ていないのかもしれない。
「リアン、指輪を通している鎖を貸して」
「う、うん」
リアンは首から銀の鎖を外して手渡した。両の手のひらで大事そうに受け取ったアリエラが指輪と鎖を見つめる。
「この鎖、隊長さんが下さったのでしょう? 彼の魔力がわずかに残っているわ。あなたが肌身離さず身につけられるものをと考えて決めたのね」
言いながら、転移の起点として渡す魔導具に指輪を選んでしまった自分の落ち度を感じていた。折を見て別の魔導具に変えなくてはとアリエラは考える。
「隊長さんの気持ちが信じられないのなら、彼の抱える悩みを解消して能力を解放してあげるといいわ。それでもリアンを好きだと言うのなら、きちんと受け入れてあげて」
「う、うん、分かった」
中途半端な状況が続けば互いに離れ難くなる。早くカタをつけてしまいたい、とリアンは考えていた。
アリエラは長く起きていられない。頑張って耐えていたが、三日ほどで限界が来た。
「ごめんなさい、リアン。しばらく眠ってくるわね」
「寝室に行く?」
「長い眠りの時はユニヴェール家の屋敷にもどらなくてはならないの。あそこなら食事をとらなくても済むし、何より安全ですから」
ユニヴェール家の屋敷にある時間と空間が歪められた部屋でなければ長期間眠り続けられない。アリエラの見た目が若いまま保たれている理由は起きている時間より眠っている時間のほうが長いからだ。
「おやすみなさいリアン。また来るわね」
「おやすみなさい母様」
眠い目を擦りながら挨拶を交わしたアリエラは、次の瞬間姿を消した。王都から東の国境にある集落まで転移したのだ。先ほどまで目の前にいた母親がいなくなり、リアンは急に寂しくなった。
新しい家は小さいが一人では広い。ルセインにあるドロテアの家に戻ろうかと考えたが、明朝は騎士団本部に出勤せねばならないし、作り置きしておいた料理が半端に余っている。二日間ほど一人で過ごすことにした。
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