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第65話 同居話
しおりを挟む最初の訪問以降、アリエラは数日おきにルセインにあるドロテア宅にやってくるようになった。一番最初に修復した銀細工の魔導具を新たな起点にしたらしく、リアンが任務で留守の際にも遊びに来ている。見た目は異なるが年齢が近く変わり者という共通点がある二人はどんどん親睦を深めていった。
ある日騎士団の仕事から帰宅したリアンは、家から上がる黒煙に慌てて中へと駆け込んだ。焦げ臭いにおいが充満する廊下を抜け、現場に急行する。
「あっ、リアン。おかえりなさい」
「リアンさん、お疲れ様です。早かったですね」
煙の発生源は厨房。かまどの周辺が焦げており、大量の水をぶちまけたのか全体的に水浸しとなっていた。かまどに残る焦げた鍋を見てリアンは全てを悟る。二人が料理を作ろうとしたのだ、と。
「ほ、ほら、私って母親らしいこと何一つしてあげられなかったでしょう? 一度くらいリアンに手料理を食べさせてあげたいなって思って」
「アリエラ様がそう仰るので、わたくしはお手伝いを。鍋や調味料の場所を教えて差し上げておりまして、その」
必死に弁解する貴婦人二人に、リアンは盛大な溜め息をついた。後片付けを考えると頭が痛いが、それよりも確認せねばならないことがある。
「母様、ドロテアさん、怪我はない? ヤケドは?」
「私は大丈夫」
「わたくしも」
二人の返答を聞いたリアンが厨房の入り口の床にへたり込む。安心して体の力が抜け、先ほどより大きな溜め息がもれた。
「良かった」
以前ドロテアに厨房出禁を言い渡した理由は火事を起こさせないため。自分の留守中に万が一の事態になったらと想像しただけで恐ろしかった。居候先が無くなるからではない。自分を受け入れてくれたドロテアが怪我をしたり居なくなったらどうしよう、と恐れたからである。黒煙に気付いてから厨房に辿り着くまでの十数秒が永遠に感じられるくらい最悪の事態ばかりが頭に浮かんで泣きそうになっていた。
「すっっごいびっくりした……」
思いのほか心配させてしまったと気付いたアリエラとドロテアが、座り込むリアンの左右に膝をついた。
「ごめんなさい、もう家の中で炎は出さないと誓うわ」
「入るなと言われたのに厨房に入って申し訳ありません。二度としないと約束しますから」
素直に非を認めて謝罪する二人に、リアンは笑顔を見せた。先ほどまでの焦りと心配で青ざめた顔ではなく、にやりと含みのある笑顔。言質を取ったと言わんばかりに畳み掛ける。
「料理を作ろうとしてくれた気持ちはとても嬉しいですけど、それとこれとは話は違いますんで」
改めて厳重注意と厨房出禁ならびに火気厳禁を言い渡した。罰として二人に後片付けをさせようとしたが、どこからともなく公爵家の使用人らしき数人が道具持参でやってきて掃除を始める。小火は初めてではない。恐らく黒煙に気付いて急遽派遣されてきたのだろう。
夕食を近くの店から購入して食堂で食べている時だった。
「今日は王宮に行ってきたのよ」
「は?」
母親からの報告に、リアンは我が耳を疑った。
「な、何しに行ったの母様」
出自が明かされた時にグラニスから「アリエラの懐妊時期が判明すれば王家の怒りを買う」と脅されている。故に、アリエラの存在は隠し通さねばならないものだと思い込んでいたのだが、まさか自分から乗り込むとは予想していなかった。
「先日直した魔導具の一つが王妃様からの依頼の品でしたの。王妃様は貴族学院時代にアリエラ様と仲が良かったと聞きましたので、事前に確認した上で一緒に訪問して参りました」
「転移ではなく、ちゃんと門から入りましたよ」
「えええ」
魔導具は並の貴族では手が出ないほどの高価な品である。つまり、ドロテアの顧客はみな高位貴族または王族ということになる。ドロテアが魔導具を専門に扱う理由は物怖じしない性格と大らかさ、公爵家という後ろ盾があるからだ。
当時の見た目そのままのアリエラを見て国王夫妻はさぞ驚いたことだろう。規格外令嬢ならやりかねない、とすぐに納得されたらしいが。
「お兄様と甥が色々と不祥事を起こしたでしょう? その件で少し頼み事をしてきたのですよ」
「ゲラート様の減刑とかですか」
「いいえ。ウラガヌス伯爵家の領地没収と資産凍結を」
グラニスとセレーネはレイディエーレ侯爵の怒りを買ったばかりでソルトンの屋敷で謹慎中。ゲラートは現在騎士団施設への不法侵入と傷害未遂の罪で投獄されている。てっきり減刑の嘆願をしに行ったのかとリアンは考えたのだが、真逆の返答だった。
「野放しにしておけばまた悪さをしかねません。ゲラートがあんな風に歪んでしまった原因はお兄様です。反省させるには厳罰が必要ですもの」
「それを王妃様に頼みに……?」
「もちろん陛下も同席されておりました」
「王様もいたの!?」
「王妃様と私は同じ婚約者候補でしたの。いえ、私が魔法の才に秀でているからとお父様とお兄様が無理やり私をねじ込んだだけですけれど、一応面識はありましたから」
アリエラ以外の婚約者候補はグラニスたちにとって邪魔な存在。当時最有力候補だった王妃は真っ先に狙われていた。
「王妃様は貴族学院時代から私と親しくしてくれた数少ない友人なのです。だから、彼女だけは守らなくては、と。当時はそればかりを考えておりました」
その結果、アリエラは処女懐胎という荒技で自らを婚約者候補から外し、グラニスたちの野望を根本から打ち砕いたのである。
「ついでにお願いして、ウラガヌス伯爵家が所有していた家を一つリアンの名義に変更してもらいました」
「僕の名義に?」
「王都にある家なの。小さな民家だけれど、とても綺麗なお庭があるのよ」
もうどこに驚けばいいのか分からない。困惑するリアンをよそに、アリエラは話を続けた。
「私が起きている時はその家で暮らしましょう。リアンと一緒に生活してみたいの」
親子ならば当然あるはずの思い出がないことにアリエラも気付いていた。離ればなれの過去はどうしようもないが、未来は自分たち次第で変えられる。親子の時間を取り戻そうと、彼女なりに考えて行動していた。
現在のリアンはドロテアの家に居候の身。ドロテアは本心から歓迎してくれているけれど赤の他人。しかも女性の一人暮らしのお宅に転がり込んでいる状態は普通とは言い難い。王都ならば騎士団本部にも通いやすくなる。それでも、リアンは即答できなかった。
「アリエラ様が眠りについている期間は今まで通りわたくしの家で過ごしてくださいな。王都の家も見させていただきましたが、なかなか良い物件でした。職場である魔法省に顔を出すついでに立ち寄れますし」
「リアン。親孝行だと思って付き合ってちょうだい」
二人の貴婦人に説得され、リアンは小さく頷いた。
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