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第63話 二人の貴婦人

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 遠征任務から帰還して一月ほど経った頃、アリエラがやってきた。ちょうどリアンが自室ににいる時だったので転移の瞬間は誰にも目撃されずに済んでいる。これまで深く考えてはいなかったが、もし部外者がたくさんいる場所でいきなり姿を現したら大騒ぎになるのではないかとリアンは危惧した。

「一応転移先の情報を探ってから転移しているから心配しなくても大丈夫ですよ、リアン」
「それならいいんだけど」

 ひとしきり再会を喜んでから問うと、アリエラはあっけらかんと答えた。魔獣の森近くの仮設拠点の際も、複数ある天幕の中でリアンがいる天幕にのみ現れている。目標となる人や物が存在する場所を正確に把握している証拠だ。とはいえ、前触れもなく出現されては驚きは回避出来ないのだが。

「アリエラ様、ようこそいらっしゃいました!」

 玄関から入ってこない来客を、ドロテアは大はしゃぎで出迎えた。いつ転移してくるか分からないと聞いていたため、心の準備は済ませていたらしい。

「母様、ドロテアさんは僕をこの家に住まわせてくれてる優しい方なんだ」
「ドロテア様、リアンがお世話になっております」
「いいえ、わたくしのほうこそリアンさんにお世話していただいておりますの!」

 リアンがドロテアの家に転がり込んだ経緯などを話すと、アリエラは頭を抱えた。半月もの間自由を奪われたと聞き、加害者グラニスの身内としては頭を下げずにはいられない。

「兄が失礼な真似を。なんとお詫びしたらいいか」
「リアンさんのおかげで軟禁生活はとても快適に過ごせました。ですから気になさらないでくださいな」
「そうは参りません。ウラガヌス伯爵家の者として、ドロテア様にはお詫びと御礼の品を」 

 アリエラが差し出した銀細工の髪飾りを見て、ドロテアがまた歓喜の声を上げる。

「これは魔導具ですわね! 装飾の紋様からして、ティラヘイアの全盛期に作られたものでしょうか」
「あら、お詳しいのですね」
「わたくし魔導具の修復に関わる仕事をしておりますの」

 話の流れで、客間からドロテアの仕事部屋へと場所を移した。壁際のガラス棚には魔導具が飾られており、アリエラは興味深そうに眺めている。見て回るうちに、一つの魔導具に視線が釘付けとなった。端が欠けたままのブローチだ。

「これは……何年か前にリアンに送ったものかも」
「えっ、どうしてここに」
「兄が壊した挙げ句に売り払ったからでしょうね」

 アリエラからの手紙は一旦グラニスが中身をあらためてからリアンに渡される。その際、添付されていた魔導具が掠め取られていたのだ。最悪、手紙ごと無かったことにされている可能性が高い。

「術式が読み解けなくて修繕出来ず、数年前から保管しているものなのです」
「これは私が自己流で元の術式を改造しております。確かに分かりにくいかもしれませんね」

 棚から件の魔導具を取り出し、あれこれ意見を交わすドロテアとアリエラ。リアンは話に入れず、ただ白熱する二人を見守っていた。だが、疎外感はない。現在の養い親と産みの親が仲良くしている姿に安堵すら覚えている。

「そのまま直してもまた壊れてしまうから、術式は書き換えておきます」

 リアンの元に転移するための起点とする予定だったのだ。単に直しただけでは他人が魔力を通した時点で再び破損してしまう。絶対条件として加えていた『リアン限定』の部分を削除する必要がある。

「リアンには新しい魔導具を渡しておりますし、他はもう必要ありませんからね」

 そう言いながら、アリエラは手をかざした。魔力の流れを見る目を持つドロテアには複雑な術式が書き換えられていく様が映っている。

「転移の起点は残し、魔力の抑制効果を加えておきました。表向きは魔力抑制の魔導具となります。破損箇所周辺からは術式を外しておきましたので、あとは銀細工職人に見た目を修復してもらえば問題なく機能するはずです」
「まああ! 素晴らしいですわアリエラ様!」

 大抵の魔導具には魔力の抑制効果がある。高貴な身分になれば自ら魔法を行使する機会はない。不意に魔法が出てしまうことを防ぐために装飾品を身につけるのだ。

 数年間保管しておくしかなかった魔導具が再び日の目を見られる。感激したドロテアはアリエラに抱き着いた。突然の接触にきょとんと目を丸くするアリエラに、ドロテアが慌てて体を離す。

「も、申し訳ございません。嬉しくて、つい」
「いいえ。自分から私に触れる者が珍しくて」

 そこからアリエラは自身の過去をぽつぽつと話し始めた。

 物心ついた時から魔力量が多く、属性的には弱いはずの土魔法で最強の威力を出して以降は誰からも恐れられていたこと。家族である両親や兄からも遠巻きに接されていたこと。女の身では騎士団には入れず、せっかくの魔法の腕を活かす道がなかったこと。素質だけを買われて王子の婚約者候補に挙げられたこと。顔合わせの茶会ではほとんどの者が恐れて近寄ってこなかったと聞き、リアンは胸が痛くなった。

「母様は辛い思いをしていたんだね」
「無碍にはされませんでしたけれど、周囲から腫れ物扱いをされてきました。男に産まれていればと幾度考えたことか」

 とはいえ、もしアリエラが男だったら別の問題が発生する。優秀な弟に跡継ぎの立場を奪われるのではないかとグラニスが危惧し、蹴落とそうとするだろうと容易に予想できた。

 魔力と魔法の才に恵まれていても必ず幸せになれるわけではない。リアンとは異なる苦悩と苦労を抱えて生きてきたのだ。

「リアン以外から触れていただけるなんて思いませんでしたの。ですから、とても嬉しくて」
「アリエラ様っ!」

 ひし、とアリエラを抱き締めるドロテアの瞳には涙が浮かんでいる。母親が平民で魔力を持たないにも関わらず、ドロテアは家族から愛されて育った。故に、他者に分け与えても有り余るほど愛情に満ち溢れている。リアンにもそうしたように、アリエラにも惜しみなく親愛の情を向け、言葉と行動で示していた。

 はたから見れば母娘に見えるが二人の実年齢はさほど変わらない。同じ三十代後半の貴婦人である。普通に生きていれば接点がなく出会わなかったかもしれない二人が寄り添う姿に、リアンは自分とサイラスの姿を重ねた。

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