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第62話 身辺警護三人組

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 リアンが正式にレイディエーレ隊の一員となって数日が過ぎた。近隣の街道の巡回任務や王都内の警備など通常業務もひと通り経験している。

 剣も魔法も使えないため単独行動は禁じられ、主に隊長のサイラスと共にいることが多い。これはサイラスが我儘を通したわけではなく、魔力が足りないが剣技に長けているサイラスと魔力を付与できるが戦えないリアンを組ませるほうが偏りが少ないからだ。

 もちろん別々に行動をする日もある。サイラスが騎士団の会議に出席する時や指名での任務が割り当てられた時などである。

「リアンさーん! 今日はサイラス隊長いないんで、俺らと鍛錬場に行きましょうよ!」
「是非ご一緒させてください。ステイン様、ダンテ様、セイゲル様」
「そろそろ様付けと敬語やめません? 遠征で寝食を共にした仲じゃないですかぁ」
「いえ、僕は平民の新参者なので」
「んも~。他人行儀っすよぉ」
「意外と頑固なんだよな、リアンさんて」

 サイラスが不在の日、ステインたちに誘われたリアンは騎士団本部に併設された鍛錬場へとやってきた。

 土を踏み固めて作られた広場の片隅には案山子かかしが立てられており、訓練用の剣で斬り付ける者が数人いた。魔法の訓練も可能で、耐久性の高い鉄製の壁で囲われている一角もあり、交代で攻撃魔法を放つ姿が見える。興味深く眺めながら、リアンは勧められるままに訓練用の剣を手にした。ずしりとした金属製の剣は両手で持つだけでやっとの状態だ。

「……重いです」
「本物の剣より分厚くて鈍器みたいだよね」
「訓練っていうより鍛錬用の重石代わりかな~」
「サイラス隊長は片手で振り回してたぞ」

 三人は鍛えているので素振りくらいは出来る。リアンも負けじと柄を握るが、腰より上には上がらない。しばらく奮闘するが、二の腕が小刻みに震え始めたところで断念した。

「まずは体を鍛えるところからっすね」
「リアンさん、走り込みしますか」
「そうします」

 日常的にくわおのを使っていたが、あくまでたまの手伝い程度。元々筋力不足は自覚していた。

 四人で鍛錬場の外周を走り、足腰を鍛えることにした。十周を越えた辺りでステインとダンテが横腹を押さえて棄権リタイアし、残るはリアンとセイゲルの二人となった。並走しながら互いにちらりと相手を観察し、先に足を止めてなるものかと張り合う。

「せ、セイゲル様、お疲れじゃないですか?」
「まだまだ。リアンさんこそ息が上がってますよ」
「僕も、まだ、いけますよッと」

 息を切らせながらも、リアンは走る速度を上げた。セイゲルを追い込み、降参させるためである。負けず嫌いなセイゲルは気合いを入れ直し、リアンの後を猛然と追い掛けていく。

「リアンさん足めっちゃ速いね~」
「セイゲルも負けてないぞ」

 地面に座り込んだ状態でその光景を眺め、ステインとダンテは傍観者を気取っている。瞬発力はあるが持久力では劣るリアンはついに抜かされてしまった。負けじと追い掛けるが、やはりかなわない。疲労で失速するリアンを見て、セイゲルも速度をゆるめた。

「負けました。流石ですね、セイゲル様」
「いや、リアンさんもかなり速かった。体力がつけば隊で一番の俊足になるかもしれないですね」
「次こそ勝てるように頑張ります」

 汗を拭いながら健闘を称え合う二人を場外から見守る人影があった。鮮やかな赤髪を後ろに撫でつけた青年、エルガーは鍛錬場内へ踏み入ると、真っ直ぐリアンの元へと歩み寄ってきた。

「新入り」
「エルガー様!」

 リアンが慌てて姿勢を正して笑顔で応える。隣で青ざめたセイゲルが直立不動の体勢で硬直しているが、エルガーは気にせず話し続けた。

「精が出るな。今日は体力作りか」
「はいっ。以前助言していただいたので走り込みを。皆様に付き合ってもらっておりました」

 答えながら、周りにいる仲間を指すリアン。話題にあげられたステイン、ダンテ、セイゲルは脂汗をかきながら愛想笑いでやり過ごしている。サイラスと仲が悪いからか、彼らはほとんどエルガーと話したことがない。レイディエーレ隊の中ではアシオスだけが遠征以降顔を合わせる度に少し話すようになっている。

「それで、新入り……いや、リアンという名だったな。魔力付与能力を持つと聞いたが」

 リアンの笑顔が固まる。これまでは隠していたが、正式に騎士団所属となったため、隊長位以上の立場の者に情報が解禁されたのだ。

「だからレイディエーレ隊に配属されたのだな。遠征先ではサイラスが普通に魔法を放っていたから疑問に思っていたが、新入りのおかげだったというわけか」

 サイラスは二つの異なる属性の魔法が使えるが魔力量が少ないという話は騎士団内では誰もが知っている。魔法の代わりに剣や指揮官としての才を買われて隊長を務めていることも。そんなサイラスが強力な魔法を連発する場面に居合わせ、当然エルガーは疑問を抱いていた。リアンの情報を知り、ようやく納得したところだ。

「魔力量が足りん騎士は他にもいる。レイディエーレ隊に関わらず別の隊の任務にも参加するべきだと思うが」
「別の隊、ですか」
「現状サイラスの専属のような扱いだろう。一個人のためだけに使うには惜しい能力だ」

 協力者として遠征任務に同行した際も、魔力付与はサイラスにしかしていない。エルガーの言葉は至極当然だとリアンは思った。

「レイディエーレ隊の任務が手隙の時で構わない。試しに我がヒューリオン隊にも──」
「あああああっ!!」

 エルガーの言葉を遮るような大声が鍛錬場内に響き渡った。声の主はダンテである。彼は切羽詰まった表情で隣に立つステインの肩を叩いた。

「やっべえ! 今日提出期限の報告書忘れてたァ!」
「! それはマズいな。早く隊室に戻らねば」

 ダンテに同調したステインが目配せをすると、察したセイゲルがリアンの腕を掴んで引っ張った。何が何やら分からないリアンはただただ呆気に取られている。

「エルガー隊長、すみませんが我々はこれで失礼させていただきます!」
「あ、ああ」

 エルガーに素早く一礼してから、セイゲルはリアンの手を引いて駆け出した。その後ろを「わああ、急げ急げええ」「報告書を出さなくてはー!」などと叫びながらステインとダンテが追いかけてゆく。

 ひとり鍛錬場に残されたエルガーは「よく連携が取れている」と感心した。隊長であるサイラスの意向を汲み、正しく理解した上でリアンが別の隊に奪われないよう警戒している。わざとらしい小芝居ではあったが、エルガーの怒りを買わないために咄嗟に演じたとするならば上出来の部類だ。

 彼らがそうまでして守る理由はサイラスが命じたからではない。リアンが彼らに慕われているからだ。

「波風立てずに我が隊に来てもらう方法は無さそうだな」

 本人を説得して同意させたとしてもサイラスからの反対は確実。もし喧嘩をすればまたリアンに怒られてしまう、とエルガーは肩をすくめた。


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