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第57話 選択肢の向こう側

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 ユニヴェール家の屋敷から出て隊員たちと合流し、エクソンへと帰還した。この日は結局一匹も魔獣を見掛けず、周辺をぐるりと見回っただけで終わった。

「魔獣は出なくなったが、いつまでこの状態が続くか不明だ。故に予定通りの期間エクソンに滞在して巡回任務につく」

 隊長の決定に反対する者はいない。魔獣の姿が消えたとはいえ繁殖期の真っ只中。魔獣の森は国境を跨いでおり、隣国から入り込まれる可能性もあるからだ。それに、魔獣が減ったことで野盗が増える恐れもある。治安維持のため、レイディエーレ隊は目を光らせ続けねばならない。

 毎日巡回と鍛錬をし、予定の一ヶ月間をエクソンで過ごした。その間、何度かヴァーテイル男爵とキャリーが差し入れを持参して宿舎に訪ねてきたが、サイラスはリアンと二人きりにさせないよう常にそばにいた。おかげでキャリーから決定的な言葉が出ることはなかった。

 だが、遠征任務を終えて王都に帰還するとなれば流石に動かないわけにはいかない。即決即断、行動力の塊のような令嬢キャリーは最後の機会とばかりに改めてリアンに話を持ち掛けた。周りに人がいようが気にすることもなく、彼女は宿舎の食堂のど真ん中でリアンに求婚したのである。

「リアン様、わたしと結婚してください!」
「お気持ちは嬉しいですが、僕は身分のない平民です。キャリー様を幸せには出来ません」
「お言葉ですが、わたしは殿方に幸せにしてもらわなくても平気です。何故なら、リアン様と一緒にいるだけで勝手に幸せになるのですから!」

 やんわりと断るリアンに、キャリーが詰め寄る。

「リアン様は身一つでエクソンに来ていただければ良いのです。お父様も、わたしが選んだ殿方なら構わないと認めてくれました。あとはリアン様が『うん』と言ってくださるだけです!」

 エクソンに滞在している一ヶ月の間にキャリーは父親の説得に成功していた。ヴァーテイル男爵は最初から反対はしていなかったので、恐らく具体的な生活基盤の計画を立てていたのだろう。

 ヴァーテイル男爵家は爵位は低いが領地が広大で金銭的にはかなり余裕がある。遠巻きに成り行きを見守っていた隊員たちからすれば、リアンが何故断るのか理解出来なかった。レイディエーレ隊のヒラ隊員たちは下級貴族の次男か三男で、中には婚約者が決まっていない者もいる。令嬢側から熱烈に求婚プロポーズされるなど男の夢と言っても過言ではない羨ましい状況である。

 普段は邪魔しかしないサイラスも、一世一代の求婚を妨害するほど野暮ではなかった。

 しかし、両想いになったとはいえ恋人同士になれたわけではない。リアンからは『結婚は別の女性としろ』とまで言われている。つまり、リアンはサイラスを縛るつもりはないし、自身も縛られるつもりはないということ。

 更に言えば、ヴァーテイル男爵領に住めばアリエラと会う機会が増える。男爵は愛娘が選んだ相手ならばと反対はしていない。むしろ娘婿のために幾つかの集落の管理を任せるなどして生活に困らぬよう差配するだろう。

 キャリーとの結婚はリアンにとって良い条件が揃い過ぎている。サイラスにはリアンがどう返事をするか分からなかった。

「……ごめんなさい。僕には心に決めた人がいて」
「えっ」

 だから、この言葉にはキャリーより早く反応してしまった。つい漏れた驚きの声を咳払いで誤魔化し、サイラスは死ぬ気で動揺を抑え込みつつ傍観者へと戻る。

「リアン様には既に好きな人がいらっしゃるのね。そのかたと結婚なさるのですか?」
「いえ。無理だと思います」
「でしたら、」
「結ばれることがなくても僕の気持ちは変わりません。他の人への想いを抱えたままキャリー様と一緒になるなんて不誠実な真似は出来ません」

 食い下がるキャリーを笑顔で黙らせ、リアンは続けた。

「キャリー様は素敵な女性です。あなたには僕より相応しい相手が必ずいます。あなたを一番に考え、あなたを一番愛してくれる人を選んでください」
「リアン様……っ!」

 元婚約者ゲラートに雑に扱われても全く折れず、前向きな性格と類稀なる行動力で乗り切ってきた。ゲラートの代わりに手紙のやり取りを任され、彼女の人柄に触れ、好ましいと感じた。幸せになってほしいと心から願うが、隣に立つべき男は自分ではないとリアンは思う。

 失意のキャリーが帰った後、ざわめきが残る食堂内でサイラスがテーブルに突っ伏していた。あれこれ詮索されたくないリアンはとっくに二階の部屋に戻っている。珍しくぎゃあぎゃあ騒がない隊長を不審に思ったラドガンとヴェントが左右の席に座り、サイラスの肩に手を置いた。

「どうしましたサイラス隊長」
「リアンさんが断ってくれて良かったねえ」

 声を掛けられたサイラスが顔を上げる。瞳は潤み、今にも涙がこぼれそうになっていた。まさかの状態に思わず身を引く二人の腕をサイラスが掴む。

「……キャリー嬢を選んだほうがリィが幸せになるって分かってるのに、彼女の手を取らずに断ってくれて安心してしまった。オレは愚かなんだろうか」

 サイラスがキャリーに勝てる点は高位貴族の跡取りという身分しかない。サイラス自身が培ったものではない上に、リアンと交際、結婚する場合に真っ先に挙げられる最も厄介な障害でもある。

 茨の道であると分かった上でサイラスを選び、サイラスには自分を選ばせない。ただそばにいたいのだとリアンは言う。

「……オレにはそんな価値ないのに」

 秀でた才がない彼は足りないものを補うために頭を使って立ち回ってきた。魔力不足は剣の腕で。最前線で戦えない代わりに効率の良い作戦を立て。リアンの前では考えるより先に動いてばかりだが、本来のサイラスは思慮深い。考え過ぎて身動きが取れなくなることも過去に何度かあった。

 幼馴染の友人であるラドガンとヴェントは、サイラスの性格も置かれた環境も抱える事情も全て知っている。頼られた二人は顔を見合わせ、ふっと笑った。

「なあにぃ? 元気ないならサイラス隊長の武勇伝を語ってあげよっか? それとも笑える失敗談のほうがいい?」
「面倒ですし、強めのお酒を飲ませて寝かせましょう」
「おまえらなあ!」

 こればかりは自分で乗り越えてもらうしかないと判断した悪友たちに遊ばれ、サイラスの気持ちはとりあえず紛れたようだった。


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