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第54話 母子対面
しおりを挟む東の国境付近にある小さな集落。その奥にひっそりと建つユニヴェール家の屋敷は数年前から無人となっている。アリエラの手掛かりを求めて屋敷内を探索していたリアン、サイラス、ラドガン、ヴェントの四人は扉の『向こう側』へと落ちた。
「いてて……」
最初に目を覚ましたヴェントは上半身を起こして周りを見回した。すぐ近くの床にサイラスとラドガンが倒れている。二人とも意識を失っており、驚いたヴェントが体を揺り動かしてようやく目を開けた。
「ここはどこだ?」
「なんだか暗いですね」
意識を取り戻したばかりで頭が働いていないようだ。サイラスもラドガンものんびりした様子で、仰向けに倒れたまま天井を見上げている。
「しっかりしてよ、リアンさんがいなくなってるよ!」
ヴェントの言葉にサイラスが覚醒する。先ほどまでの鈍さが嘘のように素早く立ち上がった。そして、意識を失う直前のことを思い出して青ざめる。
鍵の開かない部屋の前でリアンが立ち止まり、扉に体の一部が飲み込まれていった。すぐに腕や肩を掴んで引っ張ったが三人掛かりでも敵わず、一緒に扉の向こう側へとすり抜けてしまった。
つまり、現在地はユニヴェール家の屋敷の二階にある部屋の中のはずなのだが、他の部屋とは室内の様子がかなり異なっている。薄暗くて妙に広いのだ。屋敷の外観からは考えられないほど、その空間は広く感じた。
「リィ、どこだ!」
入ってきたであろう扉、点々と不規則に置かれた椅子や一人掛けソファー以外に物はない。壁もない。見える範囲にリアンの姿はなかった。
「ヴェント、索敵を」
「分かった」
ヴェントが風魔法で周囲を探ると人の気配があった。だが、一人ではない。三人は足元を確認しながら気配を感じる場所を目指して進んだ。
床は板張りではなく毛足の長い絨毯が敷かれている。薄暗さに目が慣れてくると、その絨毯は毛皮であると分かった。点在する家具も全て革張りで、贅沢というより不気味に感じた。
体感で集落の端から端くらいの距離を歩いたところに二人の人影があった。床にぺたりと座る栗色の髪の少女の膝に頭を乗せて眠るリアンの姿を見て、サイラスが駆け寄った。
「リィ!」
大声で名を呼ぶが、リアンは目を覚まさない。体を丸め、少女の小さな膝にすがりつくように寝転がっている。肩を掴もうと伸ばしたサイラスの手が見えない壁に阻まれた。少女が接触を拒んでいるのだ。
「何故だ、これ以上近付けん」
「サイラス隊長、ここは私に任せてください」
焦るサイラスを後退させ、代わりにラドガンが前に出た。床に片膝をつき、胸に手を当て、最大限の敬意を表す。
「アリエラ様、勝手にお邪魔して申し訳ございません。私たちはヘルダラード王国騎士団レイディエーレ隊の者です。先日魔獣の森近くの拠点でお会いしましたが、覚えておられますか」
丁寧なラドガンの挨拶に、少女が顔を上げて目を瞬かせた。そして、ふっと微笑んだ。
「もちろん覚えていますよ。そして、あなたがたのことも存じております。リアンの大事なお友だちですもの」
初めて少女……アリエラが口を開いた。声は可愛らしいが口調は大人の女性のもので、見た目通りの年齢ではないと感じさせる。アリエラは膝の上で眠るリアンを愛しげに撫でてから、そっと肩を揺り動かした。微かな寝息を立てていたリアンがまぶたを開け、眠い目をこすりながら上半身を起こす。
「え、あれ? 僕どうして」
リアンの意識は扉の前に立った辺りで途切れている。起きたら薄暗い妙な空間にいて、知らない少女に膝枕されていたのだから驚くほかない。間近で顔を合わせ、リアンは目を丸くした。
「あなたは……」
目の前の少女は髪や瞳の色こそ違うが確かに自分に似ていた。事前に話を聞いていなければ他人の空似で済ませていただろう。
「大きくなりましたね、リアン」
優しく微笑みかけられ、名前を呼ばれた途端、リアンは少女が間違いなく自分の母親であると確信した。
「母様、なの?」
震える声で問えば、アリエラは大きく頷いて応えた。嬉しさと困惑が同時に心の中を占め、どう反応したらいいか分からなくなり、リアンはずっと胸に抱えていたモヤモヤした感情を吐き出した。
「どうして一緒にいてくれなかったの。僕、ずっと寂しかったのに。グラニス様に閉じ込められていたわけじゃないのなら、会いに来てくれたって良かったじゃないか」
成人済みの男が母親に訴えるには幼過ぎる言葉だと自覚していても、リアンは口からこぼれだす本音を抑えきれない。
年に数度しかやり取りしない手紙の中では差し障りのない内容しか書けなかった。グラニスの検閲があり、酷い扱いを受けているという話はもちろん、暮らしの不満を書くなど許されなかった。それに、母親に対する苦情を書けば手紙のやり取りすら無くされてしまうのではないかという恐れがあった。
「ごめんなさいね、リアン。あなたをお兄様に託したのは私の意志でもあるのよ」
「えっ……」
アリエラの謝罪に、リアンは自分の耳を疑った。優れた素質を受け継いでいると期待したグラニスに無理やり奪われたのではなく、自らの意志で手放したと言われたからだ。
「なんで? 僕は要らない子だったの?」
みるみるうちにリアンの目に涙が浮かぶ。悲しむリアンを放っておけず、サイラスは手を伸ばす。しかし、まだ母子の周りには見えない壁があり、触れることは出来なかった。
「リィ!」
見えない壁で隔たれていても声は聞こえるようで、サイラスの呼び掛けにリアンが顔だけ振り向いた。翡翠色の瞳は涙に濡れている。今すぐ涙を拭ってやりたいのに触れることすら出来ない状況に、サイラスは奥歯を噛み締めた。
「誤解しないで。あなたを要らないなどと思ったことは一度もありません。出来るならずうっと手元に置いていたいと今でも願っています」
予想以上に悲しまれたからか、アリエラはリアンを抱き締めて頭を何度も撫でながら申し訳なさそうに補足した。ちょうど少女の胸に顔が当たってしまい、涙でドレスを汚しそうで不安になったリアンは体を離し、改めて話をする姿勢を取る。
「じゃあ、教えてよ。母様がどうして僕を手放したのか。それと、どうして若い姿のままなのか」
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