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第48話 もやもや
しおりを挟む熱が下がった後もリアンは眠り続けている。肉体が受けた損傷がすぐに回復するわけではないと理解してはいるものの、サイラスは気が気ではない。そのまま小さな天幕を借り、寝かせたリアンに寄り添っていた。
日が暮れる頃、魔獣の森からヒューリオン隊とレイディエーレ隊の隊員たちが仮設拠点へと戻ってきた。あれから魔獣が数匹出たくらいで特に異常はなかったらしい。代わりに報告を受けたラドガンから伝言され、サイラスは胸を撫で下ろした。
リアンの一大事に慌てて放り出してきてしまったが、本来ならばサイラスは現場に残るべきだった。隊長という立場でありながら私情を優先させたことは申し訳なく思うが、何度繰り返してもあの状態のリアンから離れるなんて選択は出来ないだろうと確信していた。
「それで、エルガー隊長がリアンさんを探しているのですが、どうしましょうか」
「なんだと?」
ラドガンの言葉に、サイラスが眉間にしわを寄せる。
「魔獣に襲われかけた時、リアンさんの呼ぶ声で気付けたから御礼を言いたいそうですよ」
「……」
リアンが魔力付与能力者という事実はレイディエーレ隊以外には意図的に伏せている。故に、リアンが魔獣から魔力を奪って危機を救ったとまではエルガーは知らない。だが、いち早く危険を察知して周知してくれたことだけは理解しているらしい。
サイラスの心情は複雑だった。意識を失ってもなおエルガーの身を案じ続けていたリアンを見て、ドス黒い感情に支配され掛けたことを思い出したからだ。アリエラの出現によって冷静さを取り戻した今となってはもう怒りや憎しみは湧いてこないが、嫉妬はする。
「リィが目を覚ますまでは、駄目だ」
「そう仰ると思って、今は体調を崩して寝ているとだけ伝えておきました」
予想していたと言わんばかりのラドガンに対し、サイラスはムスッとした顔で睨みつけた。
「……おまえ、オレの反応みて遊んでるだろ」
「まさか! サイラス隊長で遊ぶなんて」
けらけらと楽しげに笑う悪友につられ、表情をゆるめる。色々あったが、リアンは助かった。ラドガンとヴェントがいてくれて心強かったのも事実。一人では狼狽えるばかりで何も出来なかっただろうとサイラスは思う。
「リアンさんのそばには私がついてますから食事をしてきてください。ヴェントが焚き火の近くであなたのぶんを確保して待っていますよ」
「ああ、分かった。ありがとう」
ラドガンからの申し出をありがたく受け、サイラスは天幕の外に出た。空はすっかり暗くなり、地平線の向こうにわずかな赤が名残を残すだけとなっている。仮設拠点の中心部に向かうと、大きな焚き火を囲むようにして隊員たちが食事をとっていた。
「隊長、お疲れ様でーす」
「リアンさん大丈夫っすか?」
リアンが倒れた時に近くにいた隊員が尋ねてくるが、サイラスは「大丈夫だ」と笑顔で返した。
「サイラス隊長、こっちこっちー!」
焚き火の真ん前を陣取るヴェントに手招きされ、空けられていた場所に座る。すぐにサイラスの手に串焼き肉が持たされた。待っている間に焚き火で炙っていたらしい。
熱々の肉にかぶりつくと、焼き過ぎて少し硬くなった表面からじゅわりと脂が口に広がった。そこで初めてサイラスは自分が朝食の後から今まで飲まず食わずだったことに気が付いた。ヴェントから差し出された茶を受け取り、一気に飲み干す。渇いた体に水分と栄養が染み渡るような心地だった。
「サイラス」
「……エルガーか」
食事をとるサイラスのそばにエルガーがやってきた。焚き火に照らされた二人の髪は紅蓮の炎のような鮮やかな赤で、並ぶと兄弟のようにも見える。それを嫌い、サイラスは極力エルガーには近付かないようにしていたが、食べている最中に席を立つわけにもいかずにその場に留まった。
「悪かったな、途中から指揮を任せて」
「いや。特に変わったことはなかったから問題ない」
先にサイラスが現場から抜けた件を謝罪すると、エルガーは首を横に振った。基本的に仲は悪いが、任務に関しては分別をつけている。サイラスが現場から抜けた理由も、エルガーはきちんと把握していた。
「新入りが倒れたと聞いたが」
また苦言を呈されるのかとサイラスは身構えたが、エルガーからは純粋にリアンを心配する言葉が続く。
「仮設拠点では満足に治療も出来ん。体調が思わしくないようならエクソンの宿舎に送って医者に見せたほうが良いのではないか?」
「もう熱は下がった。明日には起きられると思う」
「そうか? なら良いが」
エルガーはホッと表情をゆるめた。
普段ならば『戦えない者を連れてくるな』『これだからレイディエーレ侯爵家の奴は』と難癖をつけてくるはずなのに、エルガーの口からはリアンに対する気遣いしか出てこない。やけに気に掛けているなと不審に思いながらも、サイラスは早々に話を切り上げた。串焼き肉とパンを食べ終えたからだ。
「明日もう一度作戦を実行したらエクソンに帰還する」
「了解した」
軽く明日の打ち合わせを済ませ、天幕へと戻っていくサイラスの背を目で追いながら、エルガーは手にしていた串焼き肉をひと口齧った。炙り過ぎて端が炭化しかけた硬い肉を無理やり咀嚼しながら、先日リアンが振る舞ってくれた野営料理を思い出す。焼いただけの肉という点は同じはずなのに全く異なる味と食感に、エルガーは「やはり我が隊に是非とも欲しい人材だ」と再確認した。
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