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第39話 怒らせたら怖い人

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 サイラスとエルガーを仲直りさせるにはどうすべきかとリアンは考えたが、すぐに良い案が浮かぶはずもない。とりあえず事情を教えてくれた二人に礼を言ってから二階の自室へと向かう。

 洗面所から廊下に出ると、なにやら表が騒がしい。様子を見に行くと、玄関ホールに見覚えのある令嬢とヴァーテイル男爵がいた。令嬢はリアンの姿を見つけると満面の笑顔で駆け寄ってきた。

「リアン様ぁ!」
「キャリー様、どうして宿舎ここに」
「わたし、先ほど助けていただいた馬車に乗っていたんです。レイディエーレ隊の皆さまにお礼を言わなくては、と」

 彼女の名はキャリー・ヴァーテイル。ゲラートの元婚約者で、このエクソンの街を治めるヴァーテイル男爵家の娘である。街道で助けた護衛付きの馬車に乗っていたのはキャリーだったようだ。

「魔獣が多い時期に危ないですよ、どうして」
「だって、リアン様がエクソンに滞在している間にお会いしたかったんです」
「そ、そんな理由で……」

 キャリーの言葉にリアンが絶句する。この時期のエクソン周辺地域は魔獣が多いと分かっていながら帰省した理由は自分にあったからだ。例年ならば護衛が付いていれば問題なかっただろうが、今年は異常なほどに魔獣の数が増えている。もしヴェントが気付かなければ最悪の事態になっていたかもしれない。行動力の高さはキャリーの長所だが良いことばかりではない、とリアンは痛感した。

 しかし、この時期に帰省した理由は他にもあった。

「実は、婚約破棄した後からゲラート様がしつこくて。これまでと態度が全然違うし、ホントに困ってるんです。王都にいたら毎日屋敷まで押し掛けられるので、面倒くさくて逃げてきちゃいました」

 キャリーが逃げ出してしまうほど、ゲラートは婚約破棄撤回を求めて執拗に付きまとっていたようだ。今後結婚相手を見つけることは難しくなると考え、なりふり構っていられなくなったのだろう。

「この度は娘を助けていただき誠にありがとうございました。レイディエーレ隊の皆さまには感謝してもしきれません」
「巡回任務の一環だ。礼は必要ない」
「そう仰らずに。心ばかりですが、肉と酒を差し入れさせていただきました。お召し上がりください」

 ヴァーテイル男爵はサイラスに頭を下げる傍ら、差し入れを厨房に運ばせていた。今夜の食事はいつもより豪勢になりそうだ、と見ていた隊員たちは浮き足立っている。

 ひとしきりサイラスに感謝を述べてから、ヴァーテイル男爵は辺りを見回した。そして、キャリーと共にいる翡翠色の髪の青年のそばへと歩み寄る。

「あなたがリアン様ですな。キャリーから話を聞きました。王都で娘がお世話になったようで」
「男爵さま、頭を上げてください!」
「いいえ。後から知って驚きましたが、ゲラート様はかなり素行が悪かったそうで。リアン様のおかげで早くに見切りを付けられ、我が家としても非常に助かっております」
「はあ」

 キャリーがゲラートに婚約破棄を宣言したのは、ウラガヌス伯爵家がレイディエーレ侯爵家とアルカンシェル公爵家の逆鱗に触れたという噂が広まるより前のこと。悪い噂が広まってから婚約破棄したのでは正当な理由があっても不義理な印象を周りから持たれてしまう。ウラガヌス伯爵家と共にヴァーテイル男爵家も共倒れするところだったのだ。この件に関しては、キャリーの即断即決と行動力の高さを褒めるべきだろう。

「それでですね、娘がリアン様を……」

 ヴァーテイル男爵が更に話を続けようとした時、間にサイラスが割り込んだ。男爵とキャリーからリアンの姿を隠すように立ち位置を変えている。

「──申し訳ないが、これから急ぎで魔獣対策を練らねばならない。今回キャリー嬢が危険な目に遭われたのも魔獣の数が例年より増えているからだ。

 笑顔だが目が笑っていない。有無を言わさぬサイラスの空気に飲まれ、ヴァーテイル男爵は仕方なく引き下がった。

「では、引き続き魔獣討伐をお願い致します」
「リアン様、頑張ってくださいね~!」

 男爵親子が帰った後、リアンはその場に座り込んで溜め息を吐き出した。周りからの視線が集まっていることもあり、頭を抱えたまま逃げ出したい衝動に駆られている。

 先ほどのやり取りで、キャリーがリアンに好意を抱いており、父親のヴァーテイル男爵も受け入れていると判明した。もし話を中断させなければ、キャリーとの縁談を持ち掛けられていたことだろう。そう分かった上で、サイラスは間に割り込んで話の邪魔をしたのだ。もちろん、早急に魔獣対策を練るという話も嘘ではないのだが。

 そこへエルガーが声を掛けてきた。

「新入りは随分とキャリー嬢に慕われているようだな」
「そんなんじゃありませんよ、エルガー様」

 彼もまたこの場に居合わせており、一部始終を見ていた。昨夜浴室で話をした新入り騎士が話題の中心になっていたから興味が湧いたのだろう。しかも、サイラスがわざわざ邪魔をして話を妨害したことにも気が付いている。

「部下の色恋に口を挟むなど狭量な男だな」
「関係のない奴は黙っていろ」
「なんだと?」

 またしても睨み合う二人の隊長を、リアンが無理やり引き剥がした。

「もう! いい加減にしてください!」

 居合わせた全員が目を丸くするほどの大音声だいおんじょう。控えめでおとなしいリアンに怒鳴られたショックでサイラスとエルガーは言葉を失った。

「次に僕をケンカの口実に使ったら承知しませんからね!」
「……わ、分かった」
「リィ、すまん」

 これまで誰が諌めても止まらなかった隊長同士のいがみ合いは、リアンによって収まったのである。
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