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第37話 甘え
しおりを挟む翌朝、騎士団専用宿舎にヴァーテイル男爵が挨拶しにやってきた。対応は隊長であるエルガーとサイラスが行い、他の隊員たちは身支度を整える。レイディエーレ隊は今日から魔獣討伐任務に入るため、武器や装備の点検を怠るわけにはいかない。
ヴァーテイル男爵といえば、ゲラートの元婚約者キャリーの父親である。護衛一人を伴っての来訪で、他に同行者はいない。もしキャリーがエクソンにいるのなら父親と共に押し掛けてくるだろう。つまり、彼女はまだ王都から帰っていないということだ。魔獣の数が多いという理由から、安全のために帰省時期を遅らせているのかもしれない。また『結婚を前提にお付き合いを!』などと迫られたくはないリアンはキャリーの不在にホッと息をついた。
「さて、では軽く周辺を見回ってくるか」
挨拶も終わり、支度を終えたサイラスがレイディエーレ隊に号令を掛けた。今日は近場の巡回だけの予定のため馬での移動となる。リアンは一人では乗れないため、誰かに相乗りさせてもらわねばならない。
「ヴェント様、またお願いできますか」
「いいよ~」
「待て待て待て」
リアンに頼まれたヴェントが二人乗り用の鞍を手に取ったあたりでサイラスが割って入った。
「おまえはこの前一緒に乗っただろう。今日はオレだ」
「ええ~? 本人からのご指名なんですけどぉ」
二人乗り用の鞍を引っ張り合いながら、サイラスとヴェントが睨み合う。ヴェントはリアンと一緒に馬に乗りたいのではなくサイラスで遊んでいるだけ。普段とは違う焦りや苛立ちを露わにした顔を見ると楽しくて仕方がないのだ。
「いつまで遊んでいるんです。どちらも反省なさい」
「あっ、鞍が!」
「ちょっと待てラドガン!」
膠着状態をぶち壊したのはラドガンである。彼は二人乗り用の鞍を奪い、さっさと自分の馬へと取り付けた。そして、ぽかんと立ち尽くしているリアンを手招きする。
「今日は私と相乗りしましょう」
「は、はい。お願いします、ラドガン様」
横から掻っ攫われたサイラスはやや不機嫌になったが、他の隊員たちの手前、これ以上揉めないよう己を律した。
宿舎の敷地はエクソンの街を囲む土塀のすぐそばにあった。街を囲む土塀は魔獣の侵入を阻むために背の高い塀が作られている。出入り出来る場所は東西南北に設置された通用門のみ。常時見張りがおり、夜間は安全のため閉ざされている。
「王都近郊は木製の柵だけで仕切られた集落がほとんどですが、国境付近の集落はどこもしっかりとした塀でかこまれておりますね」
「それだけ魔獣の脅威にさらされているってことですか」
「ええ。国境には魔獣の住処がありますから」
馬に相乗りした状態でラドガンが進行方向の先を指差した。リアンが目を凝らすと遥か遠くに森らしき場所が見える。
「あれは『魔獣の森』と呼ばれている場所です。様々な魔獣が森に棲みついているようで、付近の住民は近寄りません」
魔獣の森は国境を跨いで広がっており、勝手に焼き払うといった手段が使えない。こちら側の木々を伐採して範囲を狭めるか、湧き出る魔獣を倒して地道に数を減らしていくしかないという。
「この辺りの人はどうやって暮らしているんでしょう」
「他の地域のような小規模な集落や農村はないですね。出来るだけ一箇所に固まって、周囲を頑丈な壁で囲むなどの対策を取っています。 大人が十人以上いれば滅多に襲われないという理由から、毎日決められた時刻にまとめて街道を行き来して、用事がない者は外出を控えるようにと領主から通達が出されております」
話しながら、「そういえば」とラドガンが続ける。
「あなたの母親が数年前まで住んでいた屋敷はそういった集落のひとつにあるんですよ」
「えっ?」
「元はユニヴェール家の屋敷でしたが、跡継ぎ不在を理由に爵位を返上してからは無人になっていたはずです。ウラガヌス伯爵が妹の身を隠すために利用したのでしょうね」
ユニヴェール家は母方の祖母の生家で、ウラガヌス伯爵家とは遠縁に当たる。未婚で妊娠したアリエラを持て余した当時のウラガヌス伯爵が所有していた空き家に閉じ込めたのだ。
ラドガンが周辺地域の事情に詳しい理由は毎年遠征任務に来ているというだけではない。アルカンシェル公爵家の者が情報収集のためにこの地域を探索しているからだ。
「調べて下さっているかたは危なくありませんか?」
「気配を消す能力に長けた者たちです。心配しなくても問題ありませんよ」
話を聞いている間も魔獣が現れ、その都度周りにいる隊員たちが片付けていく。あまりにも手際が良いので、リアンは驚く暇もなかった。
「リィ。魔力を頼む」
「分かりました」
しばらく進んだ頃、先頭を走っていたサイラスがラドガンの隣まで自分の馬を下げて並走させてきた。額には汗がにじみ、やや息が上がっている。
ここまでの道中、既に十数匹の魔獣を倒していた。魔力量が少ないため、他の隊員と同じように魔法を使うとすぐに魔力がなくなってしまう。いつもは魔力の消費を抑えるために剣を使うが、今回はリアンが同行しているから魔法を多用しているようだ。
「リアンさん、馬から降りたほうがいいですか?」
「いえ。止まっていただくだけで大丈夫です」
リアンは馬に跨がったまま手綱から手を離した。先日ヴェントから教わったように両の脚に力を入れて馬体を挟み、上体を安定させる。次に手のひらを上に向けて魔力の生成を始めた。一度にたくさんの魔力を与えれば制御しづらくなるため、生成する量は調整している。
「サイラス様、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
生み出された魔力の塊を移すと、サイラスは嬉しそうに目を細めて笑い、隊列の一番前へと戻っていった。その姿を見送ってから、ラドガンが肩を揺らして笑う。相乗りしているリアンにも背中越しに揺れが伝わり、彼が心底愉快そうに笑っているのだと分かった。
「ラドガン様?」
「すみません。サイラス隊長は本当にあなたに甘えているのだな、と」
「甘えてます?」
「ええ。普段は隊員たちの前で弱い姿を見せたがらない人なのに、あんな風に魔力をねだりにくるなんて」
リアンからすればいつもと変わらない様子としか思えないが、他の者から見れば違うらしい。
「サイラス隊長は魔力量を気にして剣ばかりを使っていましたからね。今日は魔法をよく使う」
そう言う間にも、サイラスが放つ雷魔法が一番足が早い魔獣を貫いた。怯んで動きを止めた他の魔獣は隊員たちが数人掛かりで仕留めている。熟練度が低いと動く標的に魔法を当てること自体が難しい。離れた位置から見ていると、サイラスは隊員たちが戦いやすいよう立ち回っているのだとよく分かる。
「……カッコいいな」
ぽつりとリアンが呟くと、また体が揺れる。ラドガンが笑ったのだとすぐに気付いた。
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