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第36話 嫉妬と喧嘩
しおりを挟むリアンが湯船から出て脱衣所に入ると、ちょうどラドガンが服を脱いでいるところだった。彼はこれから風呂に入るらしい。軽く会釈をして自分の脱衣かごを取りに行こうとした時、ラドガンから呼び止められた。
「先ほどエルガー隊長が出ていかれましたけど、もしかして中で会いました?」
「あ、はい。少しお話しました」
危惧していたことが早速起きたと頭を抱えたくなったが、少しも表情に出さずにラドガンは話を続ける。
「あなたの能力は気付かれてはいませんか」
「レイディエーレ隊の新入り騎士だと思われたみたいです。もっと食べろと言われました」
リアンの返答に、ラドガンは苦笑をこぼした。
「ふふ、そのまま勘違いさせておきましょうか」
「はあ」
騙しているようで心苦しいが、相手が勝手に勘違いしているだけならいいか、とリアンも納得した。
話をしているうちに、ラドガンは着ていた服を全て脱ぎ終えていた。背が高くすらりとした細身の体には無駄な肉は一切ついておらず、しなやかな筋肉で覆われている。
ふと、先ほどのエルガーとの会話を思い出す。彼は最初に「魔法特化型か」と尋ねてきた。騎士の中には剣を持たず魔法のみで魔獣と戦う者もいる。細身のリアンを見てそう考えるのは当然だ。帯剣こそしているが、ラドガンが剣を振るう姿は一度も見たことがない。きっとラドガンのような騎士が魔法特化型と呼ばれる存在なのだろうとリアンは察した。
「……あまり見られると恥ずかしいのですが」
「すみません、つい」
珍しく照れた様子のラドガンに謝って、リアンはすぐに視線をそらした。
二階の部屋へと戻ると、サイラスは寝台に腰を下ろして座っていた。リアンが扉を閉めたことを確認してから顔を上げる。その表情は何故か険しい。
「リィ。随分と長風呂だったな」
「お風呂広くて気持ち良かったから、つい」
濡れた髪を手拭いで拭きながら答えると、サイラスが睨みつけてきた。理由が分からず首を傾げるリアンの手首を掴み、サイラスは自分のほうへと引き寄せる。無理やり膝の上に乗せられ、リアンはただただ困惑した。
「なに? どうしたのサイ」
「オレがなんで怒ってると思う?」
「怒ってるの? 僕に? どうして?」
本気で分からないといったリアンの様子に、サイラスは呆れたように深い溜め息をひとつこぼした。そして、恨みがましい目で膝に抱えたリアンを見下ろしながら説明を始める。
「オレとは一緒に入らなかったくせにエルガーと風呂に入ったんだろう。さっき食堂でアイツから言われた」
「僕が入った時にたまたまエルガー様がいただけだよ」
「しかも、体を鍛える相談をしたそうじゃないか」
「それは、その、話の流れというか」
「アイツじゃなくてオレに聞けばいいだろ」
自分の存在のせいでサイラスが悪し様に言われそうだったから話をそらした、とは言えなかった。わざわざ対立の火種を増やすつもりはない。しかし、どうやら思わぬところで別の火種が燃え始めているようだ。だからと言って、悪いことをしたわけでもなく落ち度もないリアンに謝る義務はない。
「エルガー様は親身になって助言してくれただけなんだよ。なんでサイが怒るのさ!」
「オレとエルガーが折り合い悪いって知ってるよな?」
「だからなに? 無視しろっていうの? そんな失礼な真似できるわけないでしょ」
「挨拶はともかく、わざわざ話さなくてもいいだろ」
「なんでそうなるんだよ!」
言い合ううちに腹が立ち、サイラスはリアンを睨み付けた。負けじとリアンも睨み返すが、膝の上に横抱きされている状態では格好がつかない。とりあえず膝から降りようとしたところ、バランスを崩して床に落ちそうになった。
「うわ」
「リィ!」
咄嗟にサイラスが手を伸ばしてリアンの体を抱え込み、その反動で寝台の上に倒れ込んだ。二人は同時に安堵の息を吐き、次の瞬間、自分たちが置かれた状況に気付く。仰向けに倒れたサイラスの上にリアンが乗っかる体勢になっていたのだ。先ほどまで睨み合っていたことなどすっかり頭から吹き飛んでしまった。間近で視線が交わり、しばらく無言の時が流れる。
どれくらい見つめ合っていただろうか。壁越しに隣の部屋から誰かの笑い声が聞こえてきて、二人は我にかえった。
「ご、ごめん。重いよね」
「いや」
サイラスの上から降りたリアンは、今更ながらに距離の近さに気付いて恥ずかしくなった。あまり意識してしまうとまた魔力を生成してしまう。赤い顔を隠すように背を向けて隣の自分の寝台へ向かおうとするが、その手をサイラスが掴んで止めた。
「リィ。さっきは悪かった」
自分の言動を省みて、サイラスは素直に謝罪した。
「オレはたぶん、オレよりエルガーを頼りにされたみたいで嫌だったんだ。おまえは何も悪くない」
「……僕こそ、ごめん」
もともと喧嘩するつもりなどない。リアンも売り言葉に買い言葉で必要以上に突っかかってしまった自覚がある。エルガーと話をしたことではなく、意地を張ったことに関しては反省している。
謝り合う姿がおかしくて、二人は声を上げて笑った。
「僕たち毎回こんなだね」
「なんでだろうな」
「さあ?」
ひとしきり笑った後、サイラスはようやくリアンの手首を掴んでいた手を離した。互いに名残惜しさを感じながらも、それ以上なにも言えずにそれぞれの寝台で眠りについた。
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