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第32話 あふれる気持ち
しおりを挟む目的地に着くまで日中は移動、夜は野営となる。野営地は街道沿い且つ井戸または川があるなど、あらかじめ予定されている場所で行う。特に、エクソンへの遠征任務は毎年の恒例行事のため、野営地にはかまどや馬繋場などが設置されている。
持参した天幕を張り、食事を終えれば見張り役以外は就寝して体を休める。戦えないリアンには見張りは務まらないため、当たり前のように就寝組に決められた。
天幕は三つ。サイラス、リアンで一つ。ラドガン、フィニス、ステイン、ダンテで一つ。ヴェント、エルネスト、セイゲル、アシオス、エズラで一つという割り振りになる。
「僕、天幕で寝るの初めて!」
「そうなのか」
「遠出したことないもん」
ウラガヌス伯爵家に引き取られてから、リアンは泊まりで外出した経験がない。宿屋に泊まったことすらない。立てば天井に頭が付きそうな、決して広くはない天幕が、リアンにとっては新鮮な空間だった。
並んで毛布にくるまった辺りで、リアンはようやくサイラスと二人きりなのだと気付いた。初めての天幕と野営に浮かれていたから、割り振りを聞いた時に何も思わなかったのである。
行きの馬車内も二人きりではあったが、車窓の外を見れば他の隊員の姿も見えるし、色々な話をしていたから平気だった。
でも、天幕の中は薄暗い。枕元に小さなランプがあるだけで、見えるのは互いの顔とランプが照らす天幕の天井くらいなもの。寝るのだから、自然と会話は減って静かになる。薄暗くて静かな場所で二人きりという状況がリアンを緊張させた。
大したことはしていないが、慣れない馬車移動で疲れている。早く眠らなくては、と思えば思うほど目が冴えてくる。仰向けに寝転がった状態で視線だけを横へ向けると、サイラスはリアンのほうに体を向けていた。一瞬目が合うが、すぐにそらして再び天井を見上げる。
「リィ」
「え゚っ」
急に名前を呼ばれ、リアンの声が裏返った。取りつくろうために軽く咳払いをして、何事もなかったかのように「なに?」と訊ねる。サイラスは無言で口元を押さえて笑いを押し殺しており、失礼な反応にリアンが眉間にしわを寄せた。
「なんで笑うんだよ!」
「はは、悪い悪い」
謝りながらも、サイラスはまだ肩を震わせている。
「無理やり遠征任務に連れ出しちまったからリィがどう思うか心配してたんだが、意外と楽しそうで安心した」
「……楽しいよ。最近はずっとそうかも」
いつもなら言葉尻を捉えて反発するところだが、リアンは素直に頷いた。口元をほころばせると、サイラスもニッと笑う。
その時、獣の遠吠えが聞こえた。リアンは体をこわばらせ、思わずサイラスにすがりつく。
「な、なに?」
「魔獣だろう。見張りが対処するから心配ない」
「対処って」
「倒すんだよ」
サイラスの言葉が終わる前に、少し離れた場所からドンッと大きな音が鳴った。隊員の誰かが魔法を用いて魔獣に攻撃したのだ。
幼少期から今まで魔獣を見たことがないリアンにとって、初めて魔獣の存在を実感した出来事となった。田舎街とはいえソルトンは衛星都市ルセインとアルタンに挟まれた位置にある。故に街道警備も行き届いており、馬車での移動時に魔獣に遭遇した経験はなかった。
騎士団の遠征任務に同行するということは危険な場所に赴くということなのだとようやく理解した。
恐怖と緊張で震えるリアンの肩をサイラスが抱える。胸板に顔を埋めると、守られているようで安心できた。が、ホッと安堵して冷静な思考を取り戻した途端、リアンは腕を突っぱねてサイラスから体を離した。
「ご、ごめん。つい」
「怖いなら朝まで抱きかかえてやろうか」
「いい。いらない!」
赤くなった顔を見られたくなくて、リアンはサイラスに背を向ける。
平然としている彼に比べ、遠吠えを聞いただけで怯えている自分が情けなく思えた。目的地が近くなれば魔獣との遭遇率は更に高くなる。その度にビクビクしていては他の隊員にも心配を掛けてしまう。ただの魔力補充要員の自分が気を使われるわけにはいかない、とリアンは思った。
「リィ。大丈夫だ。ちゃんと守るから」
「……ッ」
背を向けたリアンに覆い被さるように、サイラスが腕を回した。首の下にもう片方の腕を差し込まれ、がっちりと固定される。リアンがどんなに暴れても、サイラスはびくともしない。
孤児院で過ごした時にもこんなに密着したことはなかった。服越しに伝わる体温と耳元にかかる息、腕の重さと感触全てがリアンから冷静さを奪っていく。
「サイ、離して」
「嫌だ」
身動きが取れない状況に置かれて焦るリアン。我慢していても、耳のそばで囁かれるサイラスの少し低い声が理性を溶かしてゆく。
「ほんとに駄目、早く」
「なんで?」
「なんでって……!」
次の瞬間、ぶわりと濃い魔力が発生した。二人の天幕だけでなく、他二つの天幕や馬が繋がれている場所にまで及ぶ広範囲高濃度の煌めく魔力。
「ちょ、なんだこれは。リィ!」
「だから言ったのに……」
一番近くにいたサイラスは受け取った魔力が最も多かったらしく、寝ているどころではなくなった。見張りを差し置いて馬に乗り、魔獣を探し出しては次々に倒していく。遠く離れた場所から大きな火柱が上がるたび、この騒ぎで起こされた隊員たちから歓声が上がった。
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