24 / 84
第24話 婚約破棄の原因
しおりを挟むキャリー・ヴァーテイルはリアンがよく知る名前だった。ウラガヌス伯爵家嫡男ゲラートの婚約者であり、彼女との手紙のやり取りは主にリアンが担当していた。季節ごとの挨拶状や誕生日などの贈り物も全てリアンが手配していた。
格下の男爵家令嬢は結婚するには都合が良くても刺激のある相手ではなかったらしく、ゲラートは別の令嬢との密会を優先してキャリーとの約束を反故にすることが多かった。その度に言い訳を考えて詫び状を送るのもリアンの役目だった。故に、彼女の名前は記憶に深く刻み込まれている。
しかし、直接顔を合わせたことは一度もない。彼女がなぜ自分宛てに手紙を送ってきたのか皆目見当もつかなかった。
「もしかして恋文かしら?」
「あはは、そんなワケありませんって」
ワクワクするドロテアを横目に、リアンは手紙を開封した。キャリーからの手紙はいつも甘い香りがする。きっと、婚約者のゲラートを想いながらお気に入りの香水で匂いをつけているのだろう。
見慣れた可愛らしい筆跡の文字を読み進めると、やはり手紙はリアン宛てで間違いないということが分かった。
「ゲラート様との婚約を破棄……」
ぽつりとこぼれたリアンの呟きに、ドロテアは訳知り顔で何度も頷く。
「実は、先日の郊外演習での件が貴族の間で噂になっているそうですの。レイディエーレ侯爵様やラドガンたちが触れ回ったわけではなくて、居合わせた隊員の方々が漏らした話が広まってしまったらしくて」
あの場には他の隊員もおり、加えて馬車の御者や荷運びの人員もいた。特に口止めもされていなかったため、外部に話が漏れてしまったのだ。噂を広めること自体が制裁なのかもしれない。
「レイディエーレ侯爵家とアルカンシェル公爵家を怒らせたと知れば、ウラガヌス伯爵家との繋がりを切ろうと誰しも考えますわよね」
「確かに」
だが、キャリーからの手紙は少し事情が違った。
郊外演習の日、ゲラートから翌日に予定しているキャリーとのお茶会の約束を取り止めるから断りを入れておけと言われていたことをリアンは思い出す。あの後始まった断罪劇でリアンの置かれた状況が一変してしまい、詫び状を送れず終いだった。
「お茶会の時間になってもゲラート様が来なかったから、ウラガヌス伯爵家まで直接迎えに来たみたいで」
「随分と行動的なお嬢さんですこと」
「そこで、ゲラート様からこれまでの手紙も全部僕が書いていたと知らされたみたいで」
「まあ! まさか怒ってらっしゃるのかしら」
続きを目で追ってから、リアンは便せんをドロテアへと差し出した。これ以上は自分の口からはとても説明できないと判断したからである。
「まあぁ! リアンさんたら隅に置けませんわね!」
手紙を読み進めたドロテアが目を輝かせた。
「なるほど。キャリー様はお手紙の文面や細やかな気配りがされた贈り物と、実際にお会いした婚約者の態度との違いに日頃から疑問を抱いてらっしゃったのですね」
「そうみたいです」
「で、実際にお手紙を書いていたのがゲラート様ではないと知ってその場で婚約を破棄された、と」
キャリーが婚約を破棄した理由はウラガヌス伯爵家がレイディエーレ侯爵家とアルカンシェル公爵家の不興を買ったからではない。そもそも、郊外演習の翌日はまだ噂が広まっておらず、キャリーは何も知らなかった。
「直接会うと無愛想で約束を破ることが多くてもお手紙では優しかったから、ゲラート様のことを照れ屋で不器用なかただと思っていらしたわけですね。実際は別人に任せっきりだったと知り、とうとう愛想が尽きたといったところでしょうか」
「すごく我慢されていたと思います。ゲラート様はキャリー様に対して雑な扱いばかりしていたので」
自分が悪いわけではないが、手紙のやり取りをしている立場から申し訳なさや同情めいた気持ちもあり、リアンは殊更心を込めて手紙を書いていた。
その結果、キャリーは手紙の向こうにいる相手……リアンに恋をした。
「リアンさんと結婚を前提にお付き合いしたいと熱烈に書いてありますわ」
「困りますよ、だって僕には何もないのに」
ヴァーテイル男爵家の家格は高くはないが国境に広大な領地を持っており、金銭的にはかなり裕福である。だからこそゲラートも彼女との婚約を受け入れた。まさか格下の男爵家から婚約破棄を申し渡されるとは思ってもみなかっただろう。落ちぶれていくウラガヌス伯爵家の頼みの綱はヴァーテイル男爵家の財力のみだったが、ゲラートの日頃の行いの悪さで逃す羽目となった。自業自得とはまさにこのことである。
長々と綴られた恋文を読み、便せんの最後の一枚に目を通したドロテアが「あっ」と驚きの声を上げた。
「リアンさん、最後まで読みまして?」
「いえ。途中で怖くなっちゃって……」
「こちらをご覧くださいまし」
差し出された最後の一枚を見たリアンが顔色を失った。
「……キャリー様が、僕に会いにくるって」
「しかも日付が今日ですわ」
騎士団からの手紙と同じで、届いてから既に数日が経過してしまっている。余裕を持って設定されたであろう訪問日の当日に開封されるとは差出人も予想していなかったに違いない。
「ど、どうしましょうドロテアさん」
「年頃のお嬢さんが好みそうなお茶菓子あったかしら」
「おもてなしの心配より僕の心配をしてください!」
二人で右往左往していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼
キャリーは第15話で名前だけ登場しています
53
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
【完結】我が国はもうダメかもしれない。
みやこ嬢
BL
【2024年11月26日 完結、既婚子持ち国王総受BL】
ロトム王国の若き国王ジークヴァルトは死後女神アスティレイアから託宣を受ける。このままでは国が滅んでしまう、と。生き返るためには滅亡の原因を把握せねばならない。
幼馴染みの宰相、人見知り王宮医師、胡散臭い大司教、つらい過去持ち諜報部員、チャラい王宮警備隊員、幽閉中の従兄弟、死んだはずの隣国の王子などなど、その他多数の家臣から異様に慕われている事実に幽霊になってから気付いたジークヴァルトは滅亡回避ルートを求めて奔走する。
既婚子持ち国王総受けBLです。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。
竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。
溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。
みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。
囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。
サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。
真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。
☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正
⭐残酷表現あります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる