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第24話 婚約破棄の原因

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 キャリー・ヴァーテイルはリアンがよく知る名前だった。ウラガヌス伯爵家嫡男ゲラートの婚約者であり、彼女との手紙のやり取りは主にリアンが担当していた。季節ごとの挨拶状や誕生日などの贈り物も全てリアンが手配していた。

 格下の男爵家令嬢は結婚するには都合が良くても刺激のある相手ではなかったらしく、ゲラートは別の令嬢との密会を優先してキャリーとの約束を反故にすることが多かった。その度に言い訳を考えて詫び状を送るのもリアンの役目だった。故に、彼女の名前は記憶に深く刻み込まれている。

 しかし、直接顔を合わせたことは一度もない。彼女がなぜ自分宛てに手紙を送ってきたのか皆目見当もつかなかった。

「もしかして恋文かしら?」
「あはは、そんなワケありませんって」

 ワクワクするドロテアを横目に、リアンは手紙を開封した。キャリーからの手紙はいつも甘い香りがする。きっと、婚約者のゲラートを想いながらお気に入りの香水で匂いをつけているのだろう。

 見慣れた可愛らしい筆跡の文字を読み進めると、やはり手紙はリアン宛てで間違いないということが分かった。

「ゲラート様との婚約を破棄……」

 ぽつりとこぼれたリアンの呟きに、ドロテアは訳知り顔で何度も頷く。

「実は、先日の郊外演習での件が貴族の間で噂になっているそうですの。レイディエーレ侯爵様やラドガンたちが触れ回ったわけではなくて、居合わせた隊員の方々が漏らした話が広まってしまったらしくて」

 あの場には他の隊員もおり、加えて馬車の御者や荷運びの人員もいた。特に口止めもされていなかったため、外部に話が漏れてしまったのだ。噂を広めること自体が制裁なのかもしれない。

「レイディエーレ侯爵家とアルカンシェル公爵家を怒らせたと知れば、ウラガヌス伯爵家との繋がりを切ろうと誰しも考えますわよね」
「確かに」

 だが、キャリーからの手紙は少し事情が違った。

 郊外演習の日、ゲラートから翌日に予定しているキャリーとのお茶会の約束を取り止めるから断りを入れておけと言われていたことをリアンは思い出す。あの後始まった断罪劇でリアンの置かれた状況が一変してしまい、詫び状を送れずじまいだった。

「お茶会の時間になってもゲラート様が来なかったから、ウラガヌス伯爵家まで直接迎えに来たみたいで」
「随分と行動的なお嬢さんですこと」
「そこで、ゲラート様からこれまでの手紙も全部僕が書いていたと知らされたみたいで」
「まあ! まさか怒ってらっしゃるのかしら」

 続きを目で追ってから、リアンは便せんをドロテアへと差し出した。これ以上は自分の口からはとても説明できないと判断したからである。

「まあぁ! リアンさんたら隅に置けませんわね!」

 手紙を読み進めたドロテアが目を輝かせた。

「なるほど。キャリー様はお手紙の文面や細やかな気配りがされた贈り物と、実際にお会いした婚約者の態度との違いに日頃から疑問を抱いてらっしゃったのですね」
「そうみたいです」
「で、実際にお手紙を書いていたのがゲラート様ではないと知ってその場で婚約を破棄された、と」

 キャリーが婚約を破棄した理由はウラガヌス伯爵家がレイディエーレ侯爵家とアルカンシェル公爵家の不興を買ったからではない。そもそも、郊外演習の翌日はまだ噂が広まっておらず、キャリーは何も知らなかった。

「直接会うと無愛想で約束を破ることが多くてもお手紙では優しかったから、ゲラート様のことを照れ屋で不器用なかただと思っていらしたわけですね。実際は別人に任せっきりだったと知り、とうとう愛想が尽きたといったところでしょうか」
「すごく我慢されていたと思います。ゲラート様はキャリー様に対して雑な扱いばかりしていたので」

 自分が悪いわけではないが、手紙のやり取りをしている立場から申し訳なさや同情めいた気持ちもあり、リアンは殊更心を込めて手紙を書いていた。

 その結果、キャリーは手紙の向こうにいる相手……リアンに恋をした。

「リアンさんと結婚を前提にお付き合いしたいと熱烈に書いてありますわ」
「困りますよ、だって僕には何もないのに」

 ヴァーテイル男爵家の家格は高くはないが国境に広大な領地を持っており、金銭的にはかなり裕福である。だからこそゲラートも彼女との婚約を受け入れた。まさか格下の男爵家から婚約破棄を申し渡されるとは思ってもみなかっただろう。落ちぶれていくウラガヌス伯爵家の頼みの綱はヴァーテイル男爵家の財力のみだったが、ゲラートの日頃のおこないの悪さでのがす羽目となった。自業自得とはまさにこのことである。

 長々と綴られた恋文を読み、便せんの最後の一枚に目を通したドロテアが「あっ」と驚きの声を上げた。

「リアンさん、最後まで読みまして?」
「いえ。途中で怖くなっちゃって……」
「こちらをご覧くださいまし」

 差し出された最後の一枚を見たリアンが顔色を失った。

「……キャリー様が、僕に会いにくるって」
「しかも日付が今日ですわ」

 騎士団からの手紙と同じで、届いてから既に数日が経過してしまっている。余裕を持って設定されたであろう訪問日の当日に開封されるとは差出人も予想していなかったに違いない。

「ど、どうしましょうドロテアさん」
「年頃のお嬢さんが好みそうなお茶菓子あったかしら」
「おもてなしの心配より僕の心配をしてください!」

 二人で右往左往していると、玄関の呼び鈴が鳴った。


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キャリーは第15話で名前だけ登場しています
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