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第23話 二通の手紙
しおりを挟む騎士団からの手紙はやはりドロテア宛ての手紙の束の中に紛れていた。上質な厚手の封筒に獅子の紋章の封蝋が押されており、表には確かに『リアン・ユニヴェール殿』と書いてある。ドロテアに届く王都の魔法省やアルカンシェル公爵家からの手紙も上質な封筒ばかりで見分けがつかず、ろくに宛名を確認していなかったのだ。
「まあ、騎士団からの要請ですか」
「そうみたいです」
早速開封してみれば、一枚の通達文書が同封されていた。騎士団長の署名入りの正式な要請状である。レイディエーレ隊の遠征任務に同行し、魔力付与能力で支援してほしい、と。
「先日の郊外演習の際に他の方々にもリアンさんが魔力付与能力をお持ちだと判明してしまいましたものね」
「でも、騎士団の遠征についてこいだなんて」
騎士団の任務には危険が伴う。しかも、王都近郊の街道巡回ではなく国境周辺の魔獣討伐である。先に別の隊が遠征していたはずだが、魔獣はまだ狩り尽くせていないらしい。そんな場所に剣すら握ったことがないリアンが行って良いものか甚だ疑問だった。
「リアンさんに求められていることは魔力供給のみでしょう。魔獣相手に戦い続ければ、いずれは魔力が底をついて魔法が発動できなくなりますもの。そういった心配が少しでも減らせるのでしたら、リアンさんに同行してもらいたいと誰もが望むと思いますわ」
「そうでしょうか」
「騎士団が一個人に要請を出すほど稀有な能力なのですよ。もっと自信をお持ちくださいな」
ドロテアは我が事のように誇らしげに胸を張っているが、当のリアンの心境は複雑だった。
誰かの役に立つのなら、必要とされるのなら何だって協力したいとは思う。しかし、自分の立場を考えると、騎士団の人々に混ざって行動するなんて畏れ多くて仕方ないのだ。騎士団に所属する資格があるのは貴族の男子のみ。つまり全員貴族なのである。貴族学院に通ったことすらなく、魔法の知識も書物から得た情報しかない。頼みの魔力付与能力は最近目覚めたばかりで完全に使いこなせているとは言い難い。そんな自分が果たして期待に応えられるのか、と不安ばかりが押し寄せる。
「悩んだところでお断りできる状況ではございませんよね?」
「ウッ……」
そう。手紙の発見と開封が遅れてしまったため、『万が一都合が悪い場合は○日までに連絡を』という期日がとっくに過ぎているのだ。既に騎士団側はリアンの参加ありきで遠征計画を立てていることだろう。今さら『やっぱり行けません』などと言えるはずもない。
「せっかくリアンさんとの暮らしに慣れてきたところですのに、しばらく離れ離れになってしまいますのね」
騎士団からの文書を手に、ドロテアが物憂げに溜め息をついた。
最近は三食リアンの手料理を食べ、すっかり胃袋を掴まれている。加えて、共に暮らすにはリアンはとても適した相手と言えた。
元々気ままな一人暮らしをしていたドロテアは、同居人が増えたからといって何かを変えるつもりがなかった。だが、リアンの控えめながらも細やかで的確な家事や手伝いをしてもらっているうちに居心地の良さを感じてしまったのである。誰かが家のどこかにいて、自分のために何かをしてくれている。そう思うと生活に張り合いが出て、溜まっていた仕事も順調に片付けることが出来た。
リアンもまた自分を虐げず、個人として尊重してくれるドロテアとの暮らしが楽しくて仕方がなかった。母親と住んだらこんな感じだろうか、などと夢想することもあった。騎士団からの要請に対し、迷いが出たのはそのためだ。
出会ってからまだ一ヶ月と少ししか経っていないというのに、ドロテアとリアンは家族のような関係になっていた。
「そういえば、他にもリアンさん宛ての手紙が混ざっておりましたよ。一旦ウラガヌス伯爵家に届けられてからこちらに送り直されたものですけど」
現在ウラガヌス伯爵家にはアルカンシェル公爵家から派遣された見張りが常駐しており、グラニスたちが使用人に無体を強いてはいないか、酷い扱いをしていないか監視している。使用人から希望があれば別の勤め先を紹介したり退職手続きの代行してくれている。その見張りがリアン宛ての手紙を見つけ、現住所であるドロテア宅に送るよう使者に伝えたのだろう。
「僕宛てなんて母からの手紙くらいですけど」
もしかしたら年に数回しか届かない母親からの手紙かもしれない、と淡い期待を抱きながら封筒の差出人を確認する。しかし、そこには全く違う名前が記載されていた。
「お母様からのお手紙でした?」
「……いえ。でも、女性からです」
差出人の名前は『キャリー・ヴァーテイル』。ヴァーテイル男爵家の令嬢で、ゲラートの婚約者である。
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